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公家

天文一八年(一五四九年)十月 山城国葛野・愛宕郡 洛中


 馬に揺られながら、中天で輝く太陽を睨みつけた。じりじりと照りつけてくる日差しはうんざりするほど暑く、遮るもののない大路には行き交う人の姿もまばらだ。

 父上から命じられた御役目を果たすため、私は京の都までやって来ていた。

 御役目というのは前左府、今出川公彦様と会見し、六角弾正少弼定頼殿に和睦の仲介役となってもらうための口添えを願うこと。失敗しても構わないとは言われているが、やるからには成し遂げたいものだ。

 意気込みは十分なのだが、意気込みだけで会えるような御方ではない……という現実がまず目の前に横たわっていた。評定の結果が出たと連絡を受けた私は、以前烏丸(からすま)小路に住んでいたという長左衛門に伝手を辿らせた。すると話はとんとん拍子に進み、慌ただしく旅支度を済ませた私達は、駆け込むように京の都へと入ったのだった。


「それにしても、これほど早く会談の段取りをつけられるとは思わなかったな」


「昨今の公卿様方はどなたも貧困に喘いでおられますからな。多少礼物を弾めばこれこの通り、という寸法にございます」


 長左衛門の開け透けな物言いに、普段なら笑いながら釘を刺したことだろう。だが、今日に限ってはそれが出来ない事情があった。


「長左衛門、流石に言い方というものがだな……」


「ほほほ、構わぬ構わぬ。楠枝公(なんしこう)の言うことは事実だからの。眉を顰める者もおろうが、麿は気にはしておらぬ」


「そうは仰いますが……」


 輿の中で上機嫌に笑ったのは、今回の会談に段取りをつけてくれた権大納言(ごんだいなごん)(亜相)三条西(さんじょうにし)実枝(さねき)様。世尊寺流の当代一流の書家である長左衛門に師事していたそうで、今回の件を相談したところ、快く引き受けてくれたというわけだ。

 ちなみに楠枝公というのは、長左衛門の渾名のようなものらしい。なんでも大饗氏は、南北朝時代の名将楠木正成の三男、楠木正儀(まさのり)の子孫だそうで、楠の枝流、そして大楠公にあやかった命名とのことだ。洒落た渾名ではないかと褒めてやると、いつも飄々としている長左衛門には珍しく、照れたように笑っていた。


「それにしても、そなたは聞きしに勝る美男よの。父御(ててご)の筑前守とは似ておらぬが、母方の血かの?」


「いえ、母とも祖父とも似てはおりませぬ。そのせいで随分と騒ぎになったと聞いたことはございますが。……ところで、聞きしに勝るとは?」


 私の訝しげな顔が面白かったのだろう。亜相(ごんだいなごん)様が上品に笑う。


「若年の上に庶弟であるにもかかわらず、長子を差し置いて元服した子供が居るとなればの、京童達は面白可笑しく言い立てるというものじゃ。それが絶世の美少年ともなれば尚の事というもの」


 つまらぬ邪推だ。私は顔を顰めながらそう思った。

 私の顔立ちは父上とも母上とも、そして何方の祖父母とも似ていないらしい。それもそうだ、と思う。私の顔はどういうわけか、前世の自分と瓜二つなのだから。

 どういった絡繰りがあるのかは分からないが、そのせいで周囲が随分と大騒ぎをしたらしい。私の耳にはついぞ入ってこなかったが、それが原因で未だに私を白眼視する女中が居るほどだ。


「その容貌なれば、頑童(がんどう)としても引く手数多であったであろうな」


 眉が動きそうになるのを堪え、笑顔を浮かべる。頑童というのは、つまるところ男色の相手を務める男児のことだ。日本では稚児と言ったほうが通りがいいだろう。

 長左衛門が顔を引き攣らせているところを見るに、日本では通らない表現を敢えて使ったというわけでもないようだ。となれば、私には分からないと見たか。

 単純な味方ではないと見るべきなのか、それとも前左府様の邸に着く前に私を試しておこうとしたのか。さて、どちらであろうか。


「それはそれは。……仮にそうなるとしても、弥子瑕(びしか)董賢(とうけん)ではなく、安陵君(あんりょうくん)龍陽君(りゅうようくん)のように身を処したいところでございますな」


「ほう。……ほほほ、それはその通りよな。そなたの申す通りじゃ」


 輿の中から上機嫌な笑い声が聞こえる。どうやら私を試したようだ。それにしても頑童とは、相手が相手なら激昂していただろう。……いや、そこまで織り込み済みでの発言だったのかもしれない。それで怒る程度ならば与するに値せず、ということだ。


「差し支えなければお聞かせいただきたいのですが、亜相様はなにゆえ私共に手を貸してくださったのでしょうか?」


 今ならば多少突っ込んだことも聞けるかもしれない。そう思って話を振ると、予想通り亜相様は笑いながら答えてくれた。


「一つは楠枝公が申した通り、麿に実利があったからよ。このご時世、公家は程度の差こそあれど、皆貧に苦しんでおる。そこに利益があるのならば、己の不利にならぬ限りは依頼を断れぬということじゃ」


 亜相様の言葉には遣る瀬無さが籠もっている。理想とする公家の生活と現実との差異にうんざりしているのかもしれない。


「もう一つは朝廷の、そして帝の恩為じゃ。今上の帝は戦の絶えぬ日ノ本の現状を嘆き、民に手を差し伸べられぬことに苦しんでおられる。その嘆き、苦しみは和睦が成ることで多少なりとも和らぐはず」


 和睦が永遠に続くという保証は無い。だが、確かに成立さえすれば畿内一円に平和が齎されはするだろう。


「それにの、畿内に強力な大名が現れれば朝廷の貧窮も多少は解消されよう。特に和議の成立に寄与すること大なりとなればの」


「確かに、父上としても配慮せざるを得ないとは思います」


「うむ。……そうなれば、公家達が地方に下向する必要も無くなる。戦火に巻き込まれて死ぬ公家を減らすことにも繋がるというものよ。(さき)徳大寺(とくだいじ)家当主は無残な最期を遂げたからの、それも帝の御心を悩ませていることなのじゃ」


 徳大寺家?首を傾げていると、亜相様があらましを教えてくれた。前右大将徳大寺実通(さねみち)様は、戦乱を逃れ荘園のある越中へ逃れたが、そこで現地の国人に殺害されたという。

 騒乱が起きなければ地方へ逃れる必要もなくなるうえ、朝廷の歳費を稼ぐために地方へ下向する必要もなくなるというのが亜相様のお考えらしい。これも道理といえるだろう。


「この辺りはの、前左府様も同様のご意見をお持ちのようであった。だからの、首尾を案ずる必要は無いぞ」


 ほほほ、と上機嫌に笑う亜相様。連絡を受けてからのごく短期間でここまで考えていたと思うと、ただただ頭が下がる思いだった。




天文一八年(一五四九年)十月 山城国葛野・愛宕郡 今出川邸


「初めて御意を得ます。三好筑前守が家臣、瓦林甚五郎元堯でございます」


「うむ、今出川公彦である」


 座に畏まって頭を下げると、上座にいる前左府様が鷹揚に頷いた。年の頃は四十を少し過ぎたくらいだろうか。細面で武張ったところなど微塵もない、如何にも権門の出といった風体の男だ。


「筑前守の息子が直々に麿を訪ねてくるとはの。嬉しいことではあるが、一体如何なる用向きかな?」


 亜相様から聞いていない筈もないだろうが、三好家の代表として訪れている私から直接確認したいということだろう。


「我ら三好家は、近江は坂本におわす公方様との和睦を結びたいと考えております。そのためにも、まずは近江を治めている六角弾正少弼殿の諒解を得、願わくば和睦の仲立ちをしていただきたいのです。前左府様は弾正少弼殿にとっては甥にあたると聞き及びますれば、是非とも弾正少弼殿の説得にお力添えを頂きたいのでございます」


 頭を下げると、前左府様が考えるそぶりを見せた。手の内にある扇子を閉じ、開く乾いた音だけが響く。


「そなたの願いについては承知した。麿とて此度の戦が一刻も早く終結し、あるべき姿に戻ることを願っておるし、それは伯父上も恐らくは同じであろう。……和睦についてだが、朝廷の御扱いとすることを筑前守は望んでおるのか?」


 声が掛かったのは、扇子の立てる音が二十を超えた頃のことだった。朝廷の御扱い、などという話は出ていなかった筈だ。そのことを伝えると、前左府様は首を僅かに捻った。


「筑前守は細川次郎を立てて洛中の政を取り仕切っておる。これは幕政の実というべきであろう。であれば、和睦も朝廷を前に立てて進めた方が早いと考えるのは然程おかしな話ではあるまい?形式としてはそちらの方が通りが良いのだからの」


「……なるほど、確かにそうかもしれませぬ。しかし、それをすれば公方様は、実権のみならず朝廷さえも三好に抑えられたと、不安や恐れを抱きかねませぬ。そうなれば、弾正少弼殿に訴えて兵を挙げさせ、武力にて山城を取り返すという方針に転換する可能性もございます。それに、三好家は朝廷を思うままに操ろうとした……などというあらぬ風聞まで立ちかねませぬ。流石に危険すぎるのではありませぬか?」


 私の言葉に、亜相様たちが成程といった表情で頷いた。言葉にして改めて思うが、やはり御扱いは簡単に見えるだけの危険な手段だろう。


「父上がそこまでお考えの上で御扱いとするには及ばず、とお決めになられたのかは生来不敏ゆえに分かりかねます。しかしながら、左様な危険を冒すよりは、あくまで前左府様が個人的に気を回した……という格好にした方が軋轢は少なく済むのではないかと愚考する次第でございます」


「よく分かった、そなたの申す通りじゃ。……幼いというのに見事なものよ。筑前守が早うに元服させて使おうと考えるはずじゃの」


「まことにおじゃりまするな。長じれば立派な御大将として、三好家を更に盛り立てることでしょう。楽しみでおじゃります」


 前左府様、亜相様の言葉に私は黙って頭を下げた。その点に関しては余り言葉にしない方が後々の禍根にならない筈だ。ただ父上の命を果たしただけ。今回はそれで終わりだ。


「説得の儀、改めてお願いいたします」


「うむ、麿に出来る限りのことは致そう。すべては洛中、ひいては畿内静謐の為じゃ」


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