57話 〈沼底の世界〉
「あっ」
沼と言うからには濁っているとばかり思っていたが、あるのは暗がりだけだった。底無しの闇とわずかに水面からの光。
たくさんの人が水底で括り付けられ、逃げ出そうとこちらへ助けを求めている。
中にはあの子どもたちもいて、老若男女、幅広い時代の人たちがこちらを仰いでいる。ホテルマンの制服の者も、そうして見慣れた住人の人たちや7階の住人も。
「お七さん! お七さんはどこ!」
お七さんの姿が見当たらない。いや、端から彼女の容姿を知らないのだから見当がつかない。
浮遊する世界で唯一がんじがらめになったモノを見つけた。着物姿の男や他にワイシャツをきた男もギッチリ詰め込まれ、白目をむき、死んでいるかの如く漂っていた。
――さあ、殺めろ。殺めろ。その男を。
脳内に女性の声音がして、あの人たちは歴代の管理人だと悟る。
「お七さん! オーナーは?」
答えはない。現管理人を手放すと、腰に括り付けていたマジナイ付きのナイフを手に取った。
塊の根源にある湖底へさらにもぐり、幾重にも絡みついた紐をナイフで千切ろうとする。とてつもなく硬い紐だ。ユルカは全身の力をナイフに込めて、きり裂こうとした。
ザシュッ。
手応えがあった。紐がちぎれて、彼らが上に上がっていく。
「何をする!」
いきなり沼の底から手が出てきて、足をつかまれ引きずり込まれそうになった。だが手を止めない。
極悪非道の管理人たちを救う義理はない。だが、この連鎖を止めなければ延々と沼が穢れていく。
紐が完全にちぎれ、彼らは解放された。ユルカはオーナーと思わしき男に沼の泥に沈められた。





