43話 〈広田さんは知っていた〉
「広田さん、何でこの場所が旅館だって言ってくれないんですかっ」
夜中に帰ってきた広田 晴子にユルカは詰め寄る。彼女は一瞬びっくりしたようだが、いつもの疲れ果てた笑みに変わる。
「……。聞かれなかったからよ」
「は、えーっ。だって私は何も知らないんですよお」
――そうねえ。昔はここ、駐車場あたりに池があったのよ。ホテルには庭がつきものでしょ?
――日本庭園みたいな。周りも田んぼだったらしいからこの季節になると、カエルの大合唱ですごかったみたいよ〜。
彼女は駐車場に池があったのも存じていた。本当はすべて知っているのではないか。
「――それに危険人物に一番近いから」
「え」
危険人物……るるみがくちにしていた、管理人さんの事だろうか。
「このマンションは……土地は鎮める側と管理する側で成たつの。けれどね、管理する側が善とは限らない」
「広田さんは物知りですね」
「旅館を営んでいた家の者だもの」
彼女は旅館の名前だけは教えてくれた。旅館の名前は『丹君旅館』。
「丹君旅館……丹君……」
ユルカはさっそく、管理室の書類に歴史に関するものがないかを漁った。すると一冊のノートが出てきた。
『藤野 秀和の日記』
今の管理人の筆記体ではない。丁寧な文字がマーカーで書かれている。
――私はどうやら、このマンションに囚われたようだ。
1ページはそうつづられていた。




