36話 〈血染みの桜〉
草木も眠る丑三つ時。桜の花びらがロビーに舞い込んで渦を巻いていた。駐車場には桜を植えていないし、ましてやもう初夏だ。
どうしようか、と考えていると――とりあえず桜は綺麗なので記念にチェキで撮ってみる事にした。
「ああ、やだ。例の桜だわあ」
いきなり背後から声をかけられびっくりしたが、そこにいたのは遅くに帰って来た広田さんが、渋い顔でそれを見下ろしている。
「えっ、桜っておめでたいものじゃないんですか?」
記憶喪失のユルカには桜とは美しく儚い代名詞としか情報がない。だが、彼女はまた曖昧な顔で言う。
「この桜、貴方が来る前から毎年、この日になるとこうなるの。近くに桜の木はないし、花びらなんて不気味でしょう? それに」
「それに?」
「次の日、血の染みになっているなんて。いやよ」
「血のシミ?!? 桜の木って血が流れてるんですか??」
広田は一転して笑うと、それもそれで粋かもね、と呟いた。
「ユルカちゃん。桜はもっと儚く妖しいのよ、夜桜なんて特に。いつか見せてあげたいわ」
「え〜〜夜桜とか憧れます」
「7階より本当に魅力的よ、ユルカちゃん」
「え? ま、まあ」
肩をポンと叩かれ、広田さんは階段を上がっていった。
「7階と桜……? 似ても似つかないけど」
とりあえずチェキで桜吹雪の跡を撮ってみた。




