E-②
森の中を進む。
チャミナは周囲を見回しながら歩いていた。
――普段通っていた森とは、明らかに違う。
小型の魔物もいたにはいた。
だが。
ここは森そのものが、濃密な魔力に満たされているようだった。
木々。
草。
土。
空気。
その全てから、異様な気配が漂っている。
「せ、セネトさん……ここって……」
「ぎしゃー!」
「きゃぁぁーー!」
突然。
頭上から叫び声が響いた。
「な、なに!?」
チャミナが顔を上げる。
木に絡みついていた蔦。
その一部が、ぐにゃりと動いた。
まるで生き物のように蠢いたかと思うと。
――ガパッ!
大きな口が開く。
鋭い牙がずらりと並んでいた。
「ひっ!?」
チャミナの身体が硬直する。
(やられる……!)
そう思った瞬間。
ドッ!
一本の小型ナイフが、植物型の魔物へ突き刺さった。
「ぎしゃぁ……」
魔物が力なくうなだれる。
そのまま。
ぼとっ。
実のような形へと縮み、地面へ落ちた。
「…………」
チャミナは呆然とそれを見つめる。
そして。
「ここはすでに魔族の領域だよ」
セネトが、静かに告げる。
「少しでも気を抜いたら――」
チャミナを見る。
「死ぬよ」
ガブッ。
「…………」
ガブガブガブガブ。
「…………」
ガブガブガブガブガブガブ。
「…………」
「めっちゃ噛まれてますセネトさん!!!!」
「痛いぃぃぃ!!!!」
「めっちゃ痛がってる!?」
チャミナが叫ぶ。
「さっきあんなにカッコつけてたのに!」
「い、いや! こいつ予想以上にしぶと――」
ガブッ!
「痛ぁっ!!」
「もういいから離してくださいよ!」
「オレだって離れたいよ!」
「じゃあ引っ張ります!」
「お願い!」
「せーのっ!」
ぐいっ。
「ぬぉぉぉぉ……!」
ぐぐぐぐぐ……。
スポンッ!
「抜けた!」
「はぁ……はぁ……」
セネトが噛みつかれていた腕をさする。
「まぁ、こんな感じでね」
「どんな感じですか」
「油断してたら、あっという間にお陀仏だから」
「反面教師も命懸けなんですね」
「ハッハッハ」
セネトが笑う。
「目線が冷たい」
「当然です」
チャミナはじとーっとセネトを見る。
「さて」
何事もなかったかのようにセネトが歩き出す。
「とりあえず、チャミナさんの得意武器は弓でいいんだよね?」
「あっ、はい!」
チャミナも慌てて後を追う。
「狩りではいつも使ってたので、それなりに自信はあります!」
「なら、最初のターゲットは決まりかな」
「おっ?」
セネトが前方へ目を向ける。
「丁度いいところに」
「え?」
森を掻き分け。
二人が進んだ先。
そこには、木々が途切れた小さな開けた場所があった。
頭上から差し込む陽光。
その中心に――。
「……あ」
二匹の鬼小人。
ゴブリンがいた。
「ぎゃきゃぎゃきゃー、ぎゃぎゃ」
「ぎゃーぎゃきゃきゃー、ぎゃきゃ」
何やら楽しそうに話している。
「なにか……話してるんですかね?」
「さぁ?」
セネトは肩をすくめる。
「魔物の言葉は分からんし」
――ちなみに。
彼らの会話を人間の言葉に訳すと。
【ゴブ子さん見てご覧。とても綺麗な花があるよ、君の美しさには負けるけどね。】
【ゴブ夫さんってば……今日のあなたこそ、とっても素敵よ……】
実に仲睦まじい。
なお。
当然ながら二人には、そんな会話は一切聞こえていない。
「じゃ」
セネトが指差す。
「あそこにいる奴ら、狩ろうか」
「はい!」
チャミナが弓を構える。
「なんだか殺る気が漲ってきました!」
その瞳には。
新人冒険者としての、確かな闘志が宿っていた。
――その頃。
銀龍の風では。
「それでは!」
ニージェが元気よく敬礼していた。
「新人研修のクエストに行ってまいります!」
「はーい」
受付のミリアが手を振る。
「ニージェ君には付き添い居ないけど、気を付けてね~」
「大丈夫ですよ!」
ニージェは胸を張った。
「たかがGランクのクエストなんですから!」
ミリアは笑顔のまま。
その手に持った依頼書へ視線を落とす。
――Gランク。
新人向けの、ごく簡単な依頼。
危険性も低い。
普通なら、新人はここから始める。
「…………」
ミリアは、昨日のセネトの顔を思い浮かべる。
(マスターがチャミナさんに選んだのは、四つ上のクエスト……)
E-ランク。
Gランクより、遥かに上。
(相変わらず、スパルタだな……あの人は)
ミリアは小さく苦笑した。
――一方。
その頃チャミナは。
「……」
弓を引き絞っていた。
狙う先には。
二匹のゴブリン。
そして。
そのゴブリンたちは。
【ゴブ子さん……】
【ゴブ夫さん……】
今日も仲睦まじく。
お互いの瞳を見つめていた。
セネトは、静かにチャミナを見つめていた。
弓を構える姿勢。
呼吸。
視線。
獲物との距離。
(……いい集中力だ)
チャミナは一切、ゴブリンから目を逸らしていない。
その表情から先ほどまでの怯えは消えていた。
(それじゃ、始めましょうかね)
セネトが、ほんの少しだけ目を細める。
(ここからが――オレの本分だ)
育成師。
戦う者ではない。
人を育てる者。
そして。
(育成師の固有スキル――)
(経験増収!!)
瞬間。
セネトの周囲を、淡い光が走った。
この世界の魔物は。
倒されると、その身体から魔力の塊――**経験結晶**を残す。
それを倒した者が取り込むことで。
魔力。
身体能力。
そして、戦闘に必要な様々な能力が強化されていく。
いわゆる――。
レベルアップ。
そして。
育成師であるセネトには。
その経験結晶の量そのものを増幅させる力がある。
その名も。
――経験増収。
その増幅量は――。
「…………」
チャミナが弦を引き絞る。
ギリギリギリ……。
狙いは。
ゴブリンの頭部。
「……」
一瞬。
チャミナの呼吸が止まる。
そして。
ドスッ!!
「ぎゃっ!?」
放たれた矢が。
正確にゴブリンの頭を撃ち抜いた。
「ゴブ子ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
残されたゴブリンが絶叫する。
ゴブリン。
低級の魔物。
そこから得られる経験結晶など、本来ならたかが知れている。
だが――。
(オレにかかれば)
ぶわぁっ!!
「えっ!?」
倒れたゴブリンの身体から。
大量の光が溢れ出した。
小さな魔物の身体には到底収まりきらないほどの。
経験結晶。
それが。
通常の――。
数十倍。
いや。
それ以上にまで膨れ上がる!
「な、なにこれ……!?」
溢れ出した経験結晶が。
まるで吸い込まれるように。
チャミナの身体へと飛び込んでいく。
「――っ!」
チャミナの身体が震えた。
「これ……すごい……!」
身体の内側から。
熱い何かが湧き上がる。
「……!」
先ほどまでよりも。
視界が広い。
遠くの木々まで、はっきり見える。
握っている弓。
その感触すら違う。
弦を引く指に込められる力が。
まるで別人のものになったようだった。
「これが……」
チャミナが、自分の手を見る。
「クラスライズ……!?」
「いや」
セネトは首を横に振る。
「これはまだ、その前段階だよ」
「え?」
「さて」
セネトが、残ったゴブリンへ視線を向ける。
「もう一匹、狩ってみようか」
「……はい!」
チャミナが再び弓を構える。
その視線の先で。
「ゴブ子ぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
残されたゴブリンが泣き叫んでいた。
「嘘だとぉぉぉぉぉ!!!!!」
「……」
「言ってくれよぉぉぉぉぉ!!!!!」
「……」
「目を開けてくれよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「……なんか、めっちゃ叫んでますけど」
チャミナが困ったように呟く。
「仲良しだったのかもね」
セネトは遠い目をした。
「……」
「……」
「じゃ、次いこうか」
「はい」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
森に。
ゴブリンの悲痛な叫びが響き渡った。
Topics
## 冒険者クエストの難易度ランク
冒険者ギルドで取り扱うクエストは、難易度に応じて全22段階に分類されている。
最下位はGランク、最上位はSSSランク。
Gランクは、モンスターの討伐を伴わない薬草や鉱石の採取など、比較的危険の少ない依頼に分類される。
FランクからAランクまでは、それぞれ三段階に細分化されており、難易度の低い順に「-」「無印」「+」が付けられる。
例えば、FランクであればF-、F、F+の三段階となる。
### クエストランク一覧
| ランク | 難易度の目安 |
| :-: | :------------- |
| SSS | 最上位の最高難度 |
| SS | 超高難度 |
| S | 極めて高難度 |
| A+ | Aランク最上位 |
| A | Aランク標準 |
| A- | Aランク下位 |
| B+ | Bランク最上位 |
| B | Bランク標準 |
| B- | Bランク下位 |
| C+ | Cランク最上位 |
| C | Cランク標準 |
| C- | Cランク下位 |
| D+ | Dランク最上位 |
| D | Dランク標準 |
| D- | Dランク下位 |
| E+ | Eランク最上位 |
| E | Eランク標準 |
| E- | Eランク下位 |
| F+ | Fランク最上位 |
| F | Fランク標準 |
| F- | Fランク下位 |
| G | 採取など、討伐を伴わない依頼 |
A~Fランクが各三段階で計18段階。そこにG・S・SS・SSSの四段階を加え、合計22段階となる。
なお、ランクはあくまでクエストそのものの難易度を示すものであり、冒険者個人の強さを直接表すものではない。




