E-①
――ミリアに案内され、二つのベッドが部屋の端に並べられた相部屋へと通される。
「とりあえず、ニージェさんはベッドに転がしておきますので」
ミリアが、担いできたニージェをベッドへぽすんと寝かせる。
「また明日の朝、ギルドの受付まで来てください」
「あっ、はい! 分かりました!」
「それでは、ゆっくり休んでください」
「はい!」
ミリアが部屋を出ていく。
扉が閉まり。
やがて、廊下を遠ざかっていく足音も聞こえなくなった。
「……ふぅー」
チャミナは大きく息を吐いた。
「なんか……色々あった一日だったな……」
大男に絡まれ。
中年のおっさん――もとい、ギルドマスターに絡まれ。
しまいには☆5の冒険者に絡まれ。
「これから先、やっていけるんだろうか……」
ふと、疑問が浮かぶ。
「そう言えば、ご飯とかお風呂とかどうするんだろ……」
だが。
「……いや、今はいいや」
もう頭が回らない。
「疲れたし……」
ベッドへ身体を預ける。
今日一日の出来事が、次々と脳裏に浮かんでは消えていく。
思考の海に浸りながら。
チャミナはゆっくりと瞼を閉じた。
その意識は。
ゆっくりと。
暗闇の底へ沈んでいった。
――――
〜翌朝〜
「ん……」
チャミナは身体を伸ばす。
「んーっ……」
ぐぐっと背筋を反らし。
「……疲れは取れたけど」
ぐぅぅぅ。
「お腹空いたなぁ……」
腹を押さえる。
そして。
「んすぅぅぅ……」
隣のベッドから間の抜けた寝息が聞こえてくる。
「……」
ちらり。
ニージェを見る。
「ぷくー」
鼻提灯。
「……こいつはまだ寝てるし」
チャミナは苦笑する。
(起こすのも悪いし……こっそり出ようかな)
そっとベッドを降りる。
音を立てないように扉を開け。
静かに部屋を出た。
目指すは、昨日のギルド受付。
そして――。
パチン!
「敵襲ですか!?」
「…………」
ドアの向こうから聞こえてきた声。
「…………」
チャミナは無言で歩き続ける。
(なんか騒いでるけど……)
(もうめんどいので聞かなかったことにしよう)
朝から巻き込まれるのは御免だった。
そしてギルドの受付へ辿り着くと。
「あ」
昨日のセネトとミリアが、見知らぬ男と何やら話をしていた。
「おっ、来たか」
セネトがチャミナに気付く。
「おー!」
見知らぬ男が、チャミナへ顔を向けた。
「あんたが噂の新人さん!?」
「え?」
「フェルメンに喧嘩売ったんだって~?」
「…………」
(なんか誤解が広まってるーーー!?)
「いや、喧嘩売ってるつもりはなかったんですけど……」
「黙れよこの売女ぁって啖呵切ったんだって?」
「言ってません!!」
「……あれ?」
セネトが首を傾げる。
「そうだったっけ」
ボリボリ。
「お前が捏造してんのかーーー!!!」
「アッハッハ!」
セネトが笑う。
「自己紹介よろしくー」
男が手を差し出す。
「俺はライオネル」
「このギルドで活動続けてたら、一緒にクエスト行くこともあるかもな」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
「それじゃ、俺はこれでー」
ライオネルが軽く手を上げる。
「お気をつけてー」
セネトが見送る。
そのままギルドを出ていくライオネル。
ふと。
チャミナは、その手に握られているものへ目を向けた。
「…………」
一枚の依頼書。
そこに書かれている文字を見て、チャミナの目が輝く。
「おー……」
「ん?」
「なんか……かっこいいですねー……」
これから冒険へ旅立つ冒険者。
その手には――。
**Sランク依頼**
と記された依頼書。
「おっ?」
ライオネルが振り返る。
「同じ依頼、行っちゃう?」
「えっ、いいんですか!?」
「馬鹿なこと言ってないで」
ミリアが即座に遮った。
「チャミナさんには、こちらです」
「え?」
ミリアから一枚の紙を渡される。
「…………」
チャミナは依頼書へ視線を落とす。
そこに書かれていたのは――。
【E-ランク】
【ワイルドボアの狩猟】
「…………」
Sランク。
E-ランク。
あまりにも違いすぎる。
「えっと……」
チャミナが顔を上げる。
「これ……私が?」
「そうですよ」
ミリアがにっこり笑う。
そして。
「これに、オレと行ってもらうよ」
セネトが、ひょいと依頼書を指差した。
「……え?」
チャミナはセネトを見る。
ギルドマスター。
昨日、☆3の格闘王に殴られて吹っ飛んでいた中年男性。
そして。
今日から自分の新人研修を担当する男。
「…………」
チャミナは、もう一度依頼書を見る。
【E-ランク】
【ワイルドボアの狩猟】
「…………」
(……まあ)
(昨日よりは、平和そうかな……)
――この時のチャミナは。
まだ知らなかった。
このギルドにおいて。
「E-ランクだから安全」などという常識が、一切通用しないことを。
ガタンガタン――。
車輪が街道を駆け、馬車が大きく揺れる。
E-ランク依頼。
【ワイルドボアの狩猟】
その目的地であるラレッゾの森へ向かう馬車の中で、二人は会話を続けていた。
「今回はワイルドボアを狩って貰うよー」
「もっしゃもっしゃもっしゃ」
「ただ、こいつが狩猟対象ってだけで、森の中には他にも大勢の魔物がいる」
「ゴキュゴキュ。もぐもぐ」
「先に何体か狩って、魔物との戦闘に慣れてきてからボアを狙うわけだけど」
「ングっ!?」
チャミナの動きが止まる。
「ふぅー……もぐもぐもぐもぐ」
「……」
「もぐもぐ」
「……」
「もぐもぐもぐ」
「……」
セネトはじっとチャミナを見る。
「……食べ終わってからでいいよ?」
「ごくんっ!」
チャミナはようやく飲み込む。
「ふぅー……」
「制限時間は日没まで。それ以降は危険だからね」
「ふぉふほぉふぁいふぁふぁふぁほぉふぉふぁふぉーふぉーへふほんふぇ」
「飲み込んでから喋ろうね」
「ふぅー……ごちそうさまでした」
「うん」
セネトが頷く。
「オレの分も美味しかった?」
「はい!」
「うーん」
セネトが腕を組む。
「殴りたい、この笑顔」
「なんで!?」
理不尽だった。
チャミナは空になった容器を横へ置く。
「さて」
セネトが改めて口を開く。
「今日からのプランを説明するよ」
「はい!」
「現在の最終目標は――」
セネトが指を2本立てる。
「明後日の格闘王とのタイマンで勝つこと」
「ええ」
チャミナは頷く。
「貴方が勝手に組んでくれましたね」
「そして」
セネトはさらりと続けた。
「現状、勝率は――」
「はい」
「ほぼ0%に近い」
「へぇっ!?」
チャミナの声が馬車内に響く。
「だったらなんで勝負受けたんですかー!?」
「いやぁ」
「絶対おかしいですよね!?」
チャミナは頭を抱える。
「はっ!?」
そして、突然顔を上げた。
「まさか……」
「ん?」
「私を陥れるための舞台なのでは……」
「こっちを疑われたら話進められないなー」
「いや、すいません」
チャミナは即座に頭を下げた。
「勝ちたいです。助けてください。一儲けしたいんです」
「素直でよろしい」
セネトが頷く。
「素直すぎる気もするけど」
「だってお金欲しいですし!」
「うん、実に新人らしいね」
セネトは満足そうに頷く。
「さて」
そして。
「あと二日で勝てるようになるまで持っていくには――」
セネトの目が、少しだけ真剣になる。
「クラスライズとスキル習得を行なって貰うよ」
「クラスライズ……?」
聞き慣れない言葉に、チャミナが首を傾げる。
「それって――」
ガタンッ!!
「わっ!?」
馬車が一際大きく揺れた。
続いて。
「ヒヒーン!」
馬の嘶き。
ガラガラガラ……。
車輪が止まる。
「おっと」
セネトが窓の外を見る。
「着いたようだね」
「え?」
チャミナも慌てて身を乗り出す。
「ここが――」
馬車の扉が開く。
「ラレッゾの森だよ」
「!」
チャミナは外へ降りる。
「任せて下さい!」
目の前に広がる森を見て、胸を張った。
「森なら通い慣れてますから! こう見えて、私、森は得意なんです!」
「だといいけどねー?」
「えっ?」
セネトの返事に。
チャミナは眉を寄せる。
そして。
改めて。
森を見る。
「…………」
何かがおかしい。
木々は、ただ鬱蒼と茂っているだけではない。
幹を這う蔦。
地面から突き出した根。
木々の隙間を漂う、淡い紫色の霧。
そして。
森の奥から漏れ出してくる、異様な魔力。
空気そのものが重い。
肌にまとわりつくような感覚。
「……え?」
チャミナの顔から、先ほどまでの自信が少しずつ消えていく。
セネトはそんな彼女の横で。
いつもの調子で笑っていた。
「じゃ、行こうか」
「…………」
チャミナはもう一度、森を見る。
そこに聳え立つのは。
ただの森ではなかった。
森そのものが魔力を纏い。
異界と化した領域。
まるで。
――魔族の領域。
「……これ」
チャミナの喉が、ごくりと鳴る。
「本当に……E-ランク依頼……?」
セネトは答えなかった。
ただ。
「さーて」
楽しそうに森へ向かって歩き出す。
「新人研修、始めようか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいセネトさーん!?」
チャミナの叫び声が。
ラレッゾの森へと吸い込まれていった。




