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8/21

E-①

 ――ミリアに案内され、二つのベッドが部屋の端に並べられた相部屋へと通される。


「とりあえず、ニージェさんはベッドに転がしておきますので」


 ミリアが、担いできたニージェをベッドへぽすんと寝かせる。


「また明日の朝、ギルドの受付まで来てください」


「あっ、はい! 分かりました!」


「それでは、ゆっくり休んでください」


「はい!」


 ミリアが部屋を出ていく。


 扉が閉まり。


 やがて、廊下を遠ざかっていく足音も聞こえなくなった。


「……ふぅー」


 チャミナは大きく息を吐いた。


「なんか……色々あった一日だったな……」


 大男に絡まれ。


 中年のおっさん――もとい、ギルドマスターに絡まれ。


 しまいには☆5の冒険者に絡まれ。


「これから先、やっていけるんだろうか……」


 ふと、疑問が浮かぶ。


「そう言えば、ご飯とかお風呂とかどうするんだろ……」


 だが。


「……いや、今はいいや」


 もう頭が回らない。


「疲れたし……」


 ベッドへ身体を預ける。


 今日一日の出来事が、次々と脳裏に浮かんでは消えていく。


 思考の海に浸りながら。


 チャミナはゆっくりと瞼を閉じた。


 その意識は。


 ゆっくりと。


 暗闇の底へ沈んでいった。


 ――――


 〜翌朝〜


「ん……」


 チャミナは身体を伸ばす。


「んーっ……」


 ぐぐっと背筋を反らし。


「……疲れは取れたけど」


 ぐぅぅぅ。


「お腹空いたなぁ……」


 腹を押さえる。


 そして。


「んすぅぅぅ……」


 隣のベッドから間の抜けた寝息が聞こえてくる。


「……」


 ちらり。


 ニージェを見る。


「ぷくー」


 鼻提灯。


「……こいつはまだ寝てるし」


 チャミナは苦笑する。


(起こすのも悪いし……こっそり出ようかな)


 そっとベッドを降りる。


 音を立てないように扉を開け。


 静かに部屋を出た。


 目指すは、昨日のギルド受付。


 そして――。


 パチン!


「敵襲ですか!?」


「…………」


 ドアの向こうから聞こえてきた声。


「…………」


 チャミナは無言で歩き続ける。


(なんか騒いでるけど……)


(もうめんどいので聞かなかったことにしよう)


 朝から巻き込まれるのは御免だった。


 そしてギルドの受付へ辿り着くと。


「あ」


 昨日のセネトとミリアが、見知らぬ男と何やら話をしていた。


「おっ、来たか」


 セネトがチャミナに気付く。


「おー!」


 見知らぬ男が、チャミナへ顔を向けた。


「あんたが噂の新人さん!?」


「え?」


「フェルメンに喧嘩売ったんだって~?」


「…………」


(なんか誤解が広まってるーーー!?)


「いや、喧嘩売ってるつもりはなかったんですけど……」


「黙れよこの売女ぁって啖呵切ったんだって?」


「言ってません!!」


「……あれ?」


 セネトが首を傾げる。


「そうだったっけ」


 ボリボリ。


「お前が捏造してんのかーーー!!!」


「アッハッハ!」


 セネトが笑う。


「自己紹介よろしくー」


 男が手を差し出す。


「俺はライオネル」


「このギルドで活動続けてたら、一緒にクエスト行くこともあるかもな」


「あ、はい! よろしくお願いします!」


「それじゃ、俺はこれでー」


 ライオネルが軽く手を上げる。


「お気をつけてー」


 セネトが見送る。


 そのままギルドを出ていくライオネル。


 ふと。


 チャミナは、その手に握られているものへ目を向けた。


「…………」


 一枚の依頼書。


 そこに書かれている文字を見て、チャミナの目が輝く。


「おー……」


「ん?」


「なんか……かっこいいですねー……」


 これから冒険へ旅立つ冒険者。


 その手には――。


 **Sランク依頼**


 と記された依頼書。


「おっ?」


 ライオネルが振り返る。


「同じ依頼、行っちゃう?」


「えっ、いいんですか!?」


「馬鹿なこと言ってないで」


 ミリアが即座に遮った。


「チャミナさんには、こちらです」


「え?」


 ミリアから一枚の紙を渡される。


「…………」


 チャミナは依頼書へ視線を落とす。


 そこに書かれていたのは――。


【E-ランク】


【ワイルドボアの狩猟】


「…………」


 Sランク。


 E-ランク。


 あまりにも違いすぎる。


「えっと……」


 チャミナが顔を上げる。


「これ……私が?」


「そうですよ」


 ミリアがにっこり笑う。


 そして。


「これに、オレと行ってもらうよ」


 セネトが、ひょいと依頼書を指差した。


「……え?」


 チャミナはセネトを見る。


 ギルドマスター。


 昨日、☆3の格闘王に殴られて吹っ飛んでいた中年男性。


 そして。


 今日から自分の新人研修を担当する男。


「…………」


 チャミナは、もう一度依頼書を見る。


【E-ランク】


【ワイルドボアの狩猟】


「…………」


(……まあ)


(昨日よりは、平和そうかな……)


 ――この時のチャミナは。


 まだ知らなかった。


 このギルドにおいて。


 「E-ランクだから安全」などという常識が、一切通用しないことを。


 ガタンガタン――。


 車輪が街道を駆け、馬車が大きく揺れる。


 E-ランク依頼。


【ワイルドボアの狩猟】


 その目的地であるラレッゾの森へ向かう馬車の中で、二人は会話を続けていた。


「今回はワイルドボアを狩って貰うよー」


「もっしゃもっしゃもっしゃ」


「ただ、こいつが狩猟対象ってだけで、森の中には他にも大勢の魔物がいる」


「ゴキュゴキュ。もぐもぐ」


「先に何体か狩って、魔物との戦闘に慣れてきてからボアを狙うわけだけど」


「ングっ!?」


 チャミナの動きが止まる。


「ふぅー……もぐもぐもぐもぐ」


「……」


「もぐもぐ」


「……」


「もぐもぐもぐ」


「……」


 セネトはじっとチャミナを見る。


「……食べ終わってからでいいよ?」


「ごくんっ!」


 チャミナはようやく飲み込む。


「ふぅー……」


「制限時間は日没まで。それ以降は危険だからね」


「ふぉふほぉふぁいふぁふぁふぁほぉふぉふぁふぉーふぉーへふほんふぇ」


「飲み込んでから喋ろうね」


「ふぅー……ごちそうさまでした」


「うん」


 セネトが頷く。


「オレの分も美味しかった?」


「はい!」


「うーん」


 セネトが腕を組む。


「殴りたい、この笑顔」


「なんで!?」


 理不尽だった。


 チャミナは空になった容器を横へ置く。


「さて」


 セネトが改めて口を開く。


「今日からのプランを説明するよ」


「はい!」


「現在の最終目標は――」


 セネトが指を2本立てる。


「明後日の格闘王とのタイマンで勝つこと」


「ええ」


 チャミナは頷く。


「貴方が勝手に組んでくれましたね」


「そして」


 セネトはさらりと続けた。


「現状、勝率は――」


「はい」


「ほぼ0%に近い」


「へぇっ!?」


 チャミナの声が馬車内に響く。


「だったらなんで勝負受けたんですかー!?」


「いやぁ」


「絶対おかしいですよね!?」


 チャミナは頭を抱える。


「はっ!?」


 そして、突然顔を上げた。


「まさか……」


「ん?」


「私を陥れるための舞台なのでは……」


「こっちを疑われたら話進められないなー」


「いや、すいません」


 チャミナは即座に頭を下げた。


「勝ちたいです。助けてください。一儲けしたいんです」


「素直でよろしい」


 セネトが頷く。


「素直すぎる気もするけど」


「だってお金欲しいですし!」


「うん、実に新人らしいね」


 セネトは満足そうに頷く。


「さて」


 そして。


「あと二日で勝てるようになるまで持っていくには――」


 セネトの目が、少しだけ真剣になる。


「クラスライズとスキル習得を行なって貰うよ」


「クラスライズ……?」


 聞き慣れない言葉に、チャミナが首を傾げる。


「それって――」


 ガタンッ!!


「わっ!?」


 馬車が一際大きく揺れた。


 続いて。


「ヒヒーン!」


 馬の嘶き。


 ガラガラガラ……。


 車輪が止まる。


「おっと」


 セネトが窓の外を見る。


「着いたようだね」


「え?」


 チャミナも慌てて身を乗り出す。


「ここが――」


 馬車の扉が開く。


「ラレッゾの森だよ」


「!」


 チャミナは外へ降りる。


「任せて下さい!」


 目の前に広がる森を見て、胸を張った。


「森なら通い慣れてますから! こう見えて、私、森は得意なんです!」


「だといいけどねー?」


「えっ?」


 セネトの返事に。


 チャミナは眉を寄せる。


 そして。


 改めて。


 森を見る。


「…………」


 何かがおかしい。


 木々は、ただ鬱蒼と茂っているだけではない。


 幹を這う蔦。


 地面から突き出した根。


 木々の隙間を漂う、淡い紫色の霧。


 そして。


 森の奥から漏れ出してくる、異様な魔力。


 空気そのものが重い。


 肌にまとわりつくような感覚。


「……え?」


 チャミナの顔から、先ほどまでの自信が少しずつ消えていく。


 セネトはそんな彼女の横で。


 いつもの調子で笑っていた。


「じゃ、行こうか」


「…………」


 チャミナはもう一度、森を見る。


 そこに聳え立つのは。


 ただの森ではなかった。


 森そのものが魔力を纏い。


 異界と化した領域。


 まるで。


 ――魔族の領域。


「……これ」


 チャミナの喉が、ごくりと鳴る。


「本当に……E-ランク依頼……?」


 セネトは答えなかった。


 ただ。


「さーて」


 楽しそうに森へ向かって歩き出す。


「新人研修、始めようか」


「ちょ、ちょっと待ってくださいセネトさーん!?」


 チャミナの叫び声が。


 ラレッゾの森へと吸い込まれていった。



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