銀龍の風⑦
フェルメンと呼ばれた少女が、セネトの胸元へ高速で頭を擦り付ける。
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ごしごし。
ごしごしごしごし。
「ちょっと煙出始めてるんですけど……止めたほうが良くないですか?」
チャミナが恐る恐るミリアへ尋ねる。
「いやー……どうですかね」
「いや、どうですかねじゃなくて!」
ごしごしごしごしごし。
「マスター! 今日はね! デッカイトカゲとね! デッカイ蜘蛛とね! デッカイハリネズミ倒してきたの!」
少女――フェルメンは満面の笑みで叫ぶ。
「誉めて誉めて誉めて誉めて誉めて誉めて誉めてぇ!」
「よーしよし、よくやったぞー」
セネトがフェルメンの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「でも、そろそろ止めよなー」
「はい!」
ピタッ。
「止まるんだ……」
チャミナが呆然と呟く。
「マスター! 明日はお休みだよね!」
「んー?」
「一緒に遊びに行こ!」
フェルメンが勢いよく顔を上げる。
「街に行くのもいいかなー! 海に行くのもいいかなー!」
「おー」
「あ! でもマスターと一緒ならどこでもいいよ!」
「そっかー」
「なんならマスターのお部屋で一日ゆっくりするのもいいかなー!」
「おー……?」
「夜にはマスターと――」
フェルメンの顔が一気に赤くなる。
「キャーーーーーーーーー!!!!!」
バシバシバシバシバシ!!!
「ハッハッハ……」
セネトが頭を叩かれながら苦笑する。
「そろそろ死ぬよー? オレが」
「あの……」
チャミナがミリアを見る。
「止めないと死ぬみたいですけど、セネトさん」
「☆5相手を止めるのは骨が折れるんですよ」
「えっ?」
チャミナが固まる。
「あの人、☆5なの?」
「はい」
ミリアは何でもないことのように答えた。
「現在、『銀龍の風』には六名の☆5クラスが在籍しております」
「ろ、六人……?」
「そして、そのうちの五名は国外で活動中ですので」
ミリアはフェルメンを見る。
「今のところ、このギルド拠点では彼女がトップの立場にありますね」
「…………」
チャミナはフェルメンを見る。
先ほどまでセネトに頭を擦り付け。
今は嬉しそうに尻尾でも生えていそうな勢いで甘えている。
「…………」
これが。
☆5。
世界でも滅多に見ることのできない、頂点級の冒険者。
そして現在、このギルドで最強。
「…………あれで?」
「あれでです」
「…………」
その時。
「マスター!」
フェルメンが再び声を上げた。
「そう言えばこの前ね!」
「うん?」
「とっても可愛いバッチ見つけたの!」
フェルメンがポケットから小さなバッジを取り出す。
「見てみてみてみて!」
「おー、可愛いね」
「でしょ!」
フェルメンが嬉しそうに笑う。
「それでね! マスターにもお揃いの付けて欲しいから、今度一緒に買いに行こ!」
「うんうん」
「何なら明日一緒に買いに行こ!」
「明日はなー……」
「…………」
フェルメンが期待に満ちた目でセネトを見る。
「……あー、ごめんなフェル」
「えー……」
「ちょっと三日ほど、新人研修に付きっきりになってな」
「新人……?」
「買い物はまた今度な」
「新人……?」
フェルメンの笑顔が止まった。
ゆっくり。
ゆっくりと。
その首が――。
ぐりん!
「ひっ!?」
チャミナのほうへ向いた。
「あなた……」
「え?」
「マスターとひっつく新人さん……」
「ふぇっ!?」
次の瞬間。
フェルメンの姿が消えた。
「えっ?」
そして。
「…………」
音もなく。
チャミナの懐に入り込んでいた。
「ふぇっ!?」
いつの間に。
どうやって。
何が起きたのか。
まるで理解できない。
「あ、はい……そうですけど……」
チャミナは引きつった笑顔を浮かべる。
「っていうか今、首……」
フェルメンの首が、あり得ない角度で傾いている。
「……百八十度くらい回ってません?」
「…………」
フェルメンは答えない。
「スンスンスンスンスンスンスン」
「えっ!?」
フェルメンがチャミナの周囲を嗅ぎ始めた。
「ちょっ、なんで嗅いで!?」
「…………」
フェルメンの鼻が、チャミナの匂いを探る。
そして。
「この……」
ゆっくりと顔を上げる。
緑色の瞳が。
ギョロリ。
「泥棒猫が……」
(ええええええええええええええええええ!?)
「待って下さい!」
その時。
床に沈んでいたニージェが、むくりと起き上がった。
「チャミナさんが泥棒猫かどうか、ボクの頭脳で――」
「黙れ」
ドスッ。
「のふん」
ニージェが再び床に沈んだ。
「ニージェくーーーん!」
チャミナが頭を抱える。
「何回目だよ!」
「そっかそっかそっかそっかそっかそっかそっか」
フェルメンが笑顔でチャミナへ歩み寄る。
「貴方がマスターとくっつく新人さんなんだぁー」
「ひっ……」
にこにこ。
にこにこにこ。
笑っている。
笑っているのに。
(無理無理無理無理!)
(なんなのこの人ーーー!?)
チャミナは後ずさる。
「わ、私は試験を通って、このギルドの一員となったんです!」
「へぇー」
「そこに文句があるなら……」
チャミナは震えながらも、なんとか言葉を続ける。
「マスターに逆らうことになりますよ」
――瞬間。
フェルメンの表情から、笑みが消えた。
「…………」
次の瞬間。
ドンッ!!
フェルメンの身体から、漆黒の闘気が噴き出した。
「――ッ!?」
黒い圧が一気に広がり、ギルド内を包み込む。
空気が重い。
息が苦しい。
まるで身体そのものを押し潰されているような感覚。
「口応え?」
「新人が?」
「私に?」
フェルメンが一歩、踏み出す。
「どうせ大した実力も無いのに?」
さらに一歩。
「命知らずにも程があるよねぇ!!!」
「ひっ……!」
チャミナの全身から冷や汗が噴き出す。
(こ、この人……!)
(さっきの男の人より、やばいのではぁ!?)
その時だった。
ポン。
「……?」
頭に何かが触れた。
セネトの手だった。
「その辺にしとけよー」
「…………」
フェルメンが固まる。
そして。
「あっ♡」
先ほどまでの殺気が。
嘘のように消えた。
「マスター、わかりましたー♡」
「よしよし」
セネトが頭を撫でる。
「もっと撫でて撫でて撫でて撫でてー!」
「はいはい」
わしゃわしゃ。
わしゃわしゃわしゃ。
フェルメンはすっかりご満悦だった。
「…………」
チャミナは呆然と、その光景を見つめる。
「……え?」
「ね?」
ミリアが何でもないように呟く。
「怖いでしょう?」
「いや、怖いっていうか……」
チャミナはフェルメンを見る。
ついさっきまで自分を殺しそうな目で睨んでいた少女が。
「きゃっきゃっ♡」
セネトに撫でられて喜んでいる。
「……どうなってるの?」
「いつものことです」
「いつものことなんだ……」
セネトがチャミナを見る。
「あー、チャミナ」
「はい?」
「歓迎会は、また今度にしようか」
「えっ?」
「新人の片方もこんなだしねー」
セネトが床を見る。
「…………」
そこには。
「……」
チーン。
またしても気絶しているニージェ。
「なんか……」
チャミナが遠い目をする。
「ニージェ君、意識保ってる時間のほうが短くない……?」
「否定はしません」
ミリアがゆっくりと外へ足を向ける。
「それでは、寮の方へご案内しますね」
「あ、はい!」
「ちょうど相部屋が一つ空いておりましたので」
ミリアは床に転がるニージェをひょいと担ぎ上げる。
「二人で使ってください」
「えっ、二人で?」
「はい」
ミリアがニージェを担いだまま、壊れた扉を跨いで外へ出ていく。
「では、行きましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
チャミナも慌てて後を追おうとする。
その背後から。
「あっ、チャミナ!」
セネトの声。
「明日は朝から出かけるから、またここに来てねー」
ポンポン。
チャミナの頭を撫でる。
「はい!」
チャミナが振り返る。
そして。
「…………」
フェルメンが、セネトの隣で固まっていた。
「…………」
「…………」
ゆっくり。
ゆっくりと。
フェルメンの首が――。
「おでかけ?」
ぐりん。
「マスターと?」
「ひえっ」
チャミナの背筋に、冷たいものが走った。




