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銀龍の風⑦

 フェルメンと呼ばれた少女が、セネトの胸元へ高速で頭を擦り付ける。


 https://51629.mitemin.net/i1288637/


 ごしごし。


 ごしごしごしごし。


「ちょっと煙出始めてるんですけど……止めたほうが良くないですか?」


 チャミナが恐る恐るミリアへ尋ねる。


「いやー……どうですかね」


「いや、どうですかねじゃなくて!」


 ごしごしごしごしごし。


「マスター! 今日はね! デッカイトカゲとね! デッカイ蜘蛛とね! デッカイハリネズミ倒してきたの!」


 少女――フェルメンは満面の笑みで叫ぶ。


「誉めて誉めて誉めて誉めて誉めて誉めて誉めてぇ!」


「よーしよし、よくやったぞー」


 セネトがフェルメンの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「でも、そろそろ止めよなー」


「はい!」


 ピタッ。


「止まるんだ……」


 チャミナが呆然と呟く。


「マスター! 明日はお休みだよね!」


「んー?」


「一緒に遊びに行こ!」


 フェルメンが勢いよく顔を上げる。


「街に行くのもいいかなー! 海に行くのもいいかなー!」


「おー」


「あ! でもマスターと一緒ならどこでもいいよ!」


「そっかー」


「なんならマスターのお部屋で一日ゆっくりするのもいいかなー!」


「おー……?」


「夜にはマスターと――」


 フェルメンの顔が一気に赤くなる。


「キャーーーーーーーーー!!!!!」


 バシバシバシバシバシ!!!


「ハッハッハ……」


 セネトが頭を叩かれながら苦笑する。


「そろそろ死ぬよー? オレが」


「あの……」


 チャミナがミリアを見る。


「止めないと死ぬみたいですけど、セネトさん」


「☆5相手を止めるのは骨が折れるんですよ」


「えっ?」


 チャミナが固まる。


「あの人、☆5なの?」


「はい」


 ミリアは何でもないことのように答えた。


「現在、『銀龍の風』には六名の☆5クラスが在籍しております」


「ろ、六人……?」


「そして、そのうちの五名は国外で活動中ですので」


 ミリアはフェルメンを見る。


「今のところ、このギルド拠点では彼女がトップの立場にありますね」


「…………」


 チャミナはフェルメンを見る。


 先ほどまでセネトに頭を擦り付け。


 今は嬉しそうに尻尾でも生えていそうな勢いで甘えている。


「…………」


 これが。


 ☆5。


 世界でも滅多に見ることのできない、頂点級の冒険者。


 そして現在、このギルドで最強。


「…………あれで?」


「あれでです」


「…………」


 その時。


「マスター!」


 フェルメンが再び声を上げた。


「そう言えばこの前ね!」


「うん?」


「とっても可愛いバッチ見つけたの!」


 フェルメンがポケットから小さなバッジを取り出す。


「見てみてみてみて!」


「おー、可愛いね」


「でしょ!」


 フェルメンが嬉しそうに笑う。


「それでね! マスターにもお揃いの付けて欲しいから、今度一緒に買いに行こ!」


「うんうん」


「何なら明日一緒に買いに行こ!」


「明日はなー……」


「…………」


 フェルメンが期待に満ちた目でセネトを見る。


「……あー、ごめんなフェル」


「えー……」


「ちょっと三日ほど、新人研修に付きっきりになってな」


「新人……?」


「買い物はまた今度な」


「新人……?」


 フェルメンの笑顔が止まった。


 ゆっくり。


 ゆっくりと。


 その首が――。


 ぐりん!


「ひっ!?」


 チャミナのほうへ向いた。


「あなた……」


「え?」


「マスターとひっつく新人さん……」


「ふぇっ!?」


 次の瞬間。


 フェルメンの姿が消えた。


「えっ?」


 そして。


「…………」


 音もなく。


 チャミナの懐に入り込んでいた。


「ふぇっ!?」


 いつの間に。


 どうやって。


 何が起きたのか。


 まるで理解できない。


「あ、はい……そうですけど……」


 チャミナは引きつった笑顔を浮かべる。


「っていうか今、首……」


 フェルメンの首が、あり得ない角度で傾いている。


「……百八十度くらい回ってません?」


「…………」


 フェルメンは答えない。


「スンスンスンスンスンスンスン」


「えっ!?」


 フェルメンがチャミナの周囲を嗅ぎ始めた。


「ちょっ、なんで嗅いで!?」


「…………」


 フェルメンの鼻が、チャミナの匂いを探る。


 そして。


「この……」


 ゆっくりと顔を上げる。


 緑色の瞳が。


 ギョロリ。


「泥棒猫が……」


(ええええええええええええええええええ!?)


「待って下さい!」


 その時。


 床に沈んでいたニージェが、むくりと起き上がった。


「チャミナさんが泥棒猫かどうか、ボクの頭脳で――」


「黙れ」


 ドスッ。


「のふん」


 ニージェが再び床に沈んだ。


「ニージェくーーーん!」


 チャミナが頭を抱える。


「何回目だよ!」


「そっかそっかそっかそっかそっかそっかそっか」


 フェルメンが笑顔でチャミナへ歩み寄る。


「貴方がマスターとくっつく新人さんなんだぁー」


「ひっ……」


 にこにこ。


 にこにこにこ。


 笑っている。


 笑っているのに。


(無理無理無理無理!)


(なんなのこの人ーーー!?)


 チャミナは後ずさる。


「わ、私は試験を通って、このギルドの一員となったんです!」


「へぇー」


「そこに文句があるなら……」


 チャミナは震えながらも、なんとか言葉を続ける。


「マスターに逆らうことになりますよ」


 ――瞬間。


 フェルメンの表情から、笑みが消えた。


「…………」


 次の瞬間。


 ドンッ!!


 フェルメンの身体から、漆黒の闘気が噴き出した。


「――ッ!?」


 黒い圧が一気に広がり、ギルド内を包み込む。


 空気が重い。


 息が苦しい。


 まるで身体そのものを押し潰されているような感覚。


「口応え?」


「新人が?」


「私に?」


 フェルメンが一歩、踏み出す。


「どうせ大した実力も無いのに?」


 さらに一歩。


「命知らずにも程があるよねぇ!!!」


「ひっ……!」


 チャミナの全身から冷や汗が噴き出す。


(こ、この人……!)


(さっきの男の人より、やばいのではぁ!?)


 その時だった。


 ポン。


「……?」


 頭に何かが触れた。


 セネトの手だった。


「その辺にしとけよー」


「…………」


 フェルメンが固まる。


 そして。


「あっ♡」


 先ほどまでの殺気が。


 嘘のように消えた。


「マスター、わかりましたー♡」


「よしよし」


 セネトが頭を撫でる。


「もっと撫でて撫でて撫でて撫でてー!」


「はいはい」


 わしゃわしゃ。


 わしゃわしゃわしゃ。


 フェルメンはすっかりご満悦だった。


「…………」


 チャミナは呆然と、その光景を見つめる。


「……え?」


「ね?」


 ミリアが何でもないように呟く。


「怖いでしょう?」


「いや、怖いっていうか……」


 チャミナはフェルメンを見る。


 ついさっきまで自分を殺しそうな目で睨んでいた少女が。


「きゃっきゃっ♡」


 セネトに撫でられて喜んでいる。


「……どうなってるの?」


「いつものことです」


「いつものことなんだ……」


 セネトがチャミナを見る。


「あー、チャミナ」


「はい?」


「歓迎会は、また今度にしようか」


「えっ?」


「新人の片方もこんなだしねー」


 セネトが床を見る。


「…………」


 そこには。


「……」


 チーン。


 またしても気絶しているニージェ。


「なんか……」


 チャミナが遠い目をする。


「ニージェ君、意識保ってる時間のほうが短くない……?」


「否定はしません」


 ミリアがゆっくりと外へ足を向ける。


「それでは、寮の方へご案内しますね」


「あ、はい!」


「ちょうど相部屋が一つ空いておりましたので」


 ミリアは床に転がるニージェをひょいと担ぎ上げる。


「二人で使ってください」


「えっ、二人で?」


「はい」


 ミリアがニージェを担いだまま、壊れた扉を跨いで外へ出ていく。


「では、行きましょう」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 チャミナも慌てて後を追おうとする。


 その背後から。


「あっ、チャミナ!」


 セネトの声。


「明日は朝から出かけるから、またここに来てねー」


 ポンポン。


 チャミナの頭を撫でる。


「はい!」


 チャミナが振り返る。


 そして。


「…………」


 フェルメンが、セネトの隣で固まっていた。


「…………」


「…………」


 ゆっくり。


 ゆっくりと。


 フェルメンの首が――。


「おでかけ?」


 ぐりん。


「マスターと?」


「ひえっ」


 チャミナの背筋に、冷たいものが走った。



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