銀龍の風④
「それで……さっきの、本気で言ってるんですか?」
ミリアが呆れたように尋ねる。
「えっ? あー、うん。今回はこの二人だけでいいよ」
「そうですか……」
ミリアは小さく息を吐き出すと、受験者たちへ向き直った。
「それでは、お集まりの皆様方」
「今回はご縁が無かったということで、誠に申し訳ありませんがお引き取りを――」
「むがむがむがむがむがむがむがむがむがむがむがむがむがむが!」
「……」
ミリアの言葉を遮る、くぐもった怒声。
見れば、先ほど顔面を掴まれたままの格闘王が、両手をばたつかせている。
「あっ、失礼」
ミリアはようやく気づいたように手を離した。
ドサッ。
「それじゃ納得出来ねぇって言ってんだろがぁん!!?」
解放された大男が、鼻息を荒くしながらミリアへ詰め寄る。
「オレは☆☆☆の格闘王だぞ!?」
「それが何か?」
「なにぃ!?」
「では」
ミリアは静かに言った。
それだけだった。
構えもしない。
拳も握らない。
ただ、右足を――ほんの少しだけ引いた。
「……あ?」
格闘王が怪訝そうに眉をひそめる。
次の瞬間。
――消えた。
チャミナの目には、そうとしか見えなかった。
「――ッ!?」
ミリアの身体が一瞬で踏み込み、その右足が大男の懐へ潜り込む。
そして――。
ズドォォォォォォンッ!!!!
爆発したような衝撃音が、狭いギルド内を震わせた。
「ごっ――!?」
格闘王の巨体が、びくんと跳ねる。
ミリアの右足が――深々と鳩尾へ突き刺さっていた。
蹴り飛ばしたわけではない。
まるで巨大な杭を打ち込むかのように。
大男の身体はその場から一歩も動かない。
ただ、衝撃だけが全身を駆け抜けた。
「おっ……ご……」
口から声にならない声が漏れる。
顔がみるみる青ざめていく。
そして――。
「お、おおおお……」
力が抜けた。
ミリアが足を引き抜く。
支えを失った大男の身体が、そのまま床へ崩れ落ちた。
ドォン!!
床板が大きく軋む。
「…………」
静寂。
先ほどまで騒がしかったギルド内が、嘘のように静まり返っていた。
ミリアは倒れた男を一瞥すると、何事もなかったかのようにスカートの裾を整える。
「それで……まだ文句のある方はいらっしゃいますか?」
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「……」
「…………」
「………………」
誰も答えない。
返事どころか、呼吸する音すら聞こえそうな静けさだった。
(ええー……)
チャミナは引きつった笑顔を浮かべる。
(何なの、このギルド……)
世界最強のギルド。
その意味を、チャミナはこの時初めて理解した。
……いや。
たぶん、まだ全然理解できていない。
やがて受験者たちは、我先にとギルドを飛び出していった。
ぞろぞろ。
ぞろぞろ。
先ほどまで人で埋め尽くされていた部屋から、あっという間に人の波が引いていく。
そして――。
残されたのは、たった四人。
「いやー、はっはっはっ」
中年の男性が、床に転がった格闘王を眺めながら呑気に笑う。
「若者は元気でいいねー」
「少しは反省してください」
ミリアが呆れたように言う。
「そんなんだから悪評が絶えないんですよ」
「いやー、でも元気なのはいいことだよ」
「そういうところです」
「ははは」
「笑い事ではありません」
「ZZZ……」
「……」
「…………」
「まだ寝てるー!?」
窓際では、最初から最後まで一切起きることなく、少年が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
その寝顔だけが、この騒動の中で唯一平和だった。
――今にして思えば。
ここで帰っていった一団に紛れていたほうが、私も平和な日常を享受できていたのかもしれない。
世界最強のギルドなんてものに関わらず。
冒険者なんて夢を追いかけず。
田舎で大人しく暮らしていれば――。
少なくとも。
こんな人たちに囲まれることはなかっただろう。
でも。
この時の私は、まだ知らなかった。
この日が――。
私の地獄のような冒険の日々の、幕開けだったことを。




