決戦④
〜時は遡りチャミナ視点〜
目の前で。
ガンガの爆撃が、さらに速度を増していく。
ドドドドドドドドドドッ!!
後ろには下がれない。
もう闘技台の隅まで追い詰められている。
格闘王の拳が迫る。
(右腕……力、入らないな……)
チャミナは弓を左手から右手へ持ち替えた。
そして。
左手で弦を引き絞る。
(こんな持ち方……したことない)
まともに狙える自信はない。
それでも。
極限まで高まった集中力が、次々と襲い来る拳撃の隙を捉えていく。
(あの左腕……もう毒が回ってる)
(ちゃんと技が出てない)
ラッシュそのものは速い。
だが。
チャミナには見えていた。
拳が振るわれるたび、その起点となる左肩。
そこだけは――
ほとんど動いていない。
(ラッシュ自体は速い)
(狙えない)
(でも……)
(その起点となる肩は、前進しかしていない)
チャミナは走り出した。
後ろへではない。
前へ。
(後ろに下がれないなら――)
(活路は前だ!)
狙いを定める。
正確に狙うなんて、とてもできない。
だから。
(せめて……当てる!)
対角線上。
ガンガの左肩へ。
(外したら……)
次の瞬間には、あの爆撃が自分を捉える。
無事では済まない。
怖い。
足が震えそうになる。
それでも。
(怖いよ……でも!)
脳裏に、セネトの言葉が蘇る。
【恐怖を知らぬものではない】
【恐怖を知って尚、立ち向かう勇気を持つものこそが――】
(私は……!)
弦を。
限界まで引き絞る。
そして――
放つ。
ビュシュッ!!
矢が。
ラッシュの隙間を縫うように飛んでいく。
狙いは――
左肩。
ズドッ!!
「ぐっ!?」
矢が深々と突き刺さった。
一瞬。
ガンガの動きが止まる。
「なにっ!?」
爆撃が途切れる。
だが――
「うおおおおお!!」
それでもガンガは止まらない。
左肩を射抜かれたまま、チャミナへと踏み込んでくる。
(まだ来る!?)
チャミナは咄嗟に身を低くした。
そして。
ガンガの左側へ。
頭から滑り込む。
「ぐっ!」
背中に。
灼けるような痛みが走った。
拳の余波が掠めたのだ。
だが――
(直撃は……避けた!)
確信する。
チャミナはそのまま転がり、すぐに距離を取った。
弓を構え直す。
舞い上がった土煙が、ゆっくりと晴れていく。
そして。
その向こうに見えたのは――
闘技台の一角で膝をつくガンガ。
そして、その左肩に深々と突き刺さった一本の矢。
それが。
チャミナの作戦が成功したことを告げていた。
(何が起きやがった……?)
(オレの必殺の奥義、確かに繰り出した)
(なのに……なんでまだ立ってやがんだよ!)
闘技台の中央で。
弓を構えるチャミナを睨みつけながら、ガンガは思考を巡らせる。
(左肩……あのタイミングで撃ち込みやがったのか!)
(構わず振り切ったつもりだったのに……一発分の隙を作られた)
そうこう考えている間にも。
両腕から毒が回っていく。
「ぐっ……! がぁぁぁぁ!!!」
ガンガは。
左肩に刺さった矢を、強引に引き抜いた。
そして。
「うあっ! うおおおお!!!!」
チャミナへと殴りかかる。
(あと一発!)
(一発まともに当てりゃあ、倒せるんだ!)
構えも何もない。
ただ大振りに。
拳を振り回す。
しかし。
その攻撃も。
チャミナに見切られ、空を切るばかりだった。
(畜生……!)
(なんでこうなりやがった……!)
(オレは……!!!)
拳を振るう。
そのたびに。
何もない空間を殴る。
――昔も。
そうだった。
地元じゃ。
喧嘩で誰にも負けたことはなかった。
戦うたび。
勝つたび。
周りから持て囃された。
天才だと。
選ばれしものだと。
拳で勝てば。
みんなが自分を認めてくれた。
啓示の神殿で☆3の格闘王に認められてからは――
悪党からも。
魔物からも。
周りの人間を守ってきた。
拳を振るえば。
誰かを助けられた。
拳を振るえば。
みんなが自分を必要としてくれた。
だから。
ガンガは。
拳を振るうことを疑わなかった。
……でも。
いつからか。
その拳が。
人を救うためのものではなくなっていった。
俺が戦う姿が。
周りから恐れられるようになった。
助けてやったのに。
礼も言わねぇ。
自分が悪い癖に。
謝りもしねぇで。
恨み言ばかり言う奴もいた。
気に食わねぇ奴らは。
みんな拳で黙らせた。
拳で黙らせれば。
それ以上、何も言われなくなった。
それでも。
戦えば勝てる。
勝てば。
自分は強い。
強ければ。
まだ自分には価値がある。
そう思っていた。
そんなことを続けているうちに。
誰も。
俺には近づかなくなっていた。
「何の用だよ、オヤジ」
【また苦情が来てるぞ】
「言わせとけ。文句あるなら直接ぶっ飛ばしてやる」
【……お前には、この村は狭すぎるのかも知れんな】
【世界一のギルドが、新入団員を募集してる】
【お前はこれを受けてこい】
【二度と帰ってくるんじゃねぇぞ】
あの日。
初めて。
拳でどうにもならないものを突きつけられた。
「うあっ!!! うわぁ!!!!」
ガンガが拳を振るう。
目の前のチャミナへ。
届かない拳を。
何度も。
何度も。
(負けたくねぇ!)
(負けられねぇんだ!)
あの日から。
ずっと。
ガンガは戦ってきた。
ここで勝てば。
また自分の居場所ができる。
ここで勝てば。
自分は必要とされる。
そう信じて。
ガンガの闘気が。
右腕へと集まっていく。
(俺には……帰る場所もねぇんだ!)
右拳が。
大きく振り上げられる。
(ここで負けちまったら……!)
ドゴォン!!
大きな爆発を生みながら。
ガンガが右拳を振り下ろす。
爆風が。
チャミナの姿を覆い隠す。
「どこだぁぁぁ!!」
次の瞬間。
「ぐっ……!?」
右足に。
鋭い痛みが走った。
ガンガが。
咄嗟に足元へ視線を落とす。
そこには――
右膝へ。
深々と突き刺さった一本の矢。
「ぐ、あ……!」
右膝が。
ガクンと崩れる。
もう。
まともに走ることすらできない。
拳だけじゃない。
脚まで。
自分の力まで。
少しずつ。
奪われていく。
ガンガの脳裏に。
あの日の言葉が蘇る。
【二度と帰ってくるんじゃねぇぞ】
そして。
今の自分を見つめる。
ここで負ければ。
また。
何もなくなる。
格闘王の脳裏に。
二文字の言葉がよぎった。
(負けるのか……?)
(イヤだ……)
(イヤだイヤだイヤだイヤだ!)
(ここで負けちまったら……)
(俺には……)
(なんも残らねぇじゃねぇかよぉ……)




