決戦③
ガンガの右腕に、凄まじい闘気が集中していく。
「これで決める……!」
橙色の闘気を纏った拳を構え、チャミナへと迫る。
それを迎え撃つように、チャミナも短剣を構えた。
(やっぱそっちで来るか)
ガンガは左腕をちらりと見る。
先程、短剣で斬られた傷。
そこから広がった毒が、少しずつ身体へ回り始めている。
(もう時間はかけられねぇ)
(コイツで……決める!!!)
ガンガが地面を蹴った。
神速の踏み込み。
一瞬でチャミナの懐へ入り込む。
(狙いは……こっちだ!)
ガンガが狙ったのは、短剣を握る右腕。
「!!!」
チャミナが咄嗟に短剣を突き出す。
しかし――
ガギィン!!
それよりも早く、ガンガの拳が短剣の刃を捉えた。
刃が粉々に砕け散る。
「なっ……!」
砕けた短剣から、紫色の闘気が消えていく。
(毒は封じた……!)
(もう逆転の目は残ってねぇ……!)
拳を振り抜いたガンガが、勝ちを確信する。
――その瞬間。
「……ッ!?」
右腕に。
鋭い痛みが走った。
(なん……だとぉ……!?)
脇を見る。
そこには――
短剣を失ったチャミナが立っていた。
右手に握られていたのは。
一本の矢。
いや。
矢尻だけだった。
~昨日~
「ポイズンダガーは、刃物を持った時に発動できるスキルだよ」
セネトがチャミナの手を取る。
「もし短剣がない時は、この持ち方を試してみて」
チャミナの指先に、小さな矢尻を握らせる。
「……これでもいいんですか?」
「うん」
「じゃあ、弓で撃ったら?」
「それは無理」
「なんで!?」
「ポイズンダガーだから」
「名前!?」
~現在~
チャミナの指の間で。
紫毒色の闘気が、静かに揺らめいていた。
その矢尻が。
ガンガの右腕へ、深々と食い込んでいる。
「…………」
ガンガの顔から。
余裕が消えた。
そして――
右腕に、紫色の波紋が広がっていく。
「な……」
毒が。
今度は。
右腕へと回り始めた。
「ぐっ……うおぉぉ!!」
雄叫びとともに、ガンガが右腕を大きく振り抜く。
チャミナは咄嗟に身を引いた。
体は振り払われたものの――
ズボォッ!
突き刺さっていた矢尻を強引に引き抜く。
「やってくれやがったな……てめぇぇぇ!」
ガンガが矢尻を睨みつける。
左腕の毒は、すでに肩の付け根まで広がっていた。
(思ってたより進行がはえぇ……)
(チンタラしてらんねぇな)
右腕を見る。
まだ動く。
なら――
(動かなくても関係ねぇ)
(こんなところで……負けられねぇんだよ!)
ドンッ!
ガンガがチャミナへ踏み込む。
しかし――
「……!」
先ほどまでの速度がない。
チャミナはすぐさま弓を構え、迫ってくるガンガへ矢を放った。
「そいつは見切ったって言って――」
矢の軌道は見えている。
だが。
「くっ……!」
右腕が思うように動かない。
ガンガは紙一重で矢をかわした。
その隙に、チャミナが距離を取る。
(速くなってやがる……!?)
いや。
(違う……)
ガンガの足が止まる。
身体が、妙に重い。
(オレが……遅くなってんだ……)
毒が。
確実に身体を蝕んでいる。
視界が、わずかにぼやけた。
足に力が入らない。
(このままじゃ……追いつけねぇ)
(どうする……?)
(どうすれば、勝てる……?)
その時。
ガンガの脳裏に、一つの光景が浮かんだ。
まだ若かった頃。
自分より遥かに速い相手を、何度殴っても捕まえられなかった。
「遅ぉい!おそい!」
笑いながら、相手が背後へ回る。
ガンガが振り返る。
だが、もうそこにはいない。
何度追っても。
何度拳を振っても。
空を切るばかりだった。
そして――
ガンガは相手を追うのをやめた。
「…………」
相手ではなく。
逃げる先を見た。
その瞬間。
ガンガの口元が、わずかに吊り上がった。
――今と同じだ。
ガンガは、ゆっくりと歩き出した。
ズン……。
ズン……。
ズン……。
先ほどまでとは比べものにならないほど遅い。
それでも。
一歩ずつ。
確実に。
チャミナとの距離を詰めていく。
「……?」
チャミナが矢を放つ。
ビュシュッ!
ガンガは身体を僅かに傾ける。
矢が頬を掠める。
さらに一歩。
チャミナが後ろへ下がる。
また一歩。
逃げる方向を探す。
右。
左。
だが――
ガンガはチャミナの動きに合わせ、先回りするように身体を寄せてくる。
(くっ……!)
左へ抜けようとする。
だが、ガンガも左へ。
右へ逃げようとすれば、右へ。
弓を構える暇すら与えない。
(逃げ道を……読まれてる!?)
気付けば。
チャミナの背中には、もう闘技台の隅しかなかった。
ガンガが足を止める。
「ここまでてめぇがやれるとはな……」
息を荒くしながらも、その目には揺るぎない闘志が宿っている。
「……恨むんじゃねぇぞ」
ガンガが拳を握る。
両腕に走る毒の痛みすら無視して。
残った力を。
すべて。
闘気へと変える。
ドンッ!!
膨れ上がった闘気が、闘技台全体を包み込む。
チャミナの視界が、オレンジ色の闘気で染まった。
「…………」
(まずい……)
初めて。
チャミナの胸に、明確な恐怖が生まれた。
(これ……避けられない……!)
迸る闘気に包まれたガンガが、右腕を大きく振るう。
ドォン!!
拳から放たれた闘気が爆発する。
その勢いのまま、左腕を振り抜く。
ドゴォン!!
さらに右。
左。
右。
左。
振るうたびに、拳速が増していく。
やがて――
両腕による高速のラッシュへと変わった。
「これで……終わりだぁ!!」
一撃。
また一撃。
その一発一発が、必殺の威力を伴ってチャミナへと迫る。
「覇王爆砕弾!!!!」
ドドドドドドドドドドドドドドッ!!
闘気を纏った拳の嵐が、闘技台を削りながら突き進む。
避ける場所がない。
チャミナは闘技台の隅まで追い詰められていた。
「チャミナ! 逃げろぉ!!」
観客席から、セネトの叫び声が響く。
しかし――
間に合わない。
次の瞬間。
ドォォォォォォォォォォン!!!
格闘王の猛撃が、闘技台の一角を根こそぎ吹き飛ばした。
凄まじい爆発の光が、視界を白く染め上げる。
「――――」
静寂。
やがて。
舞い上がった土煙が、ゆっくりと晴れていく。
「…………」
誰も。
声を発さない。
煙の向こうに、二つの人影が浮かび上がる。
徐々に。
徐々に。
その姿が見えてくる。
「…………なっ」
闘技台の一角。
そこには――
片膝をついたガンガがいた。
「はぁ……はぁ……」
肩で荒く息をしている。
両腕は力なく垂れ下がり、身体には毒が回り始めていた。
そして。
闘技台の中央。
そこに立っていたのは――
チャミナ。
弓を構え。
真っ直ぐに。
ガンガへと狙いを定めている。
「…………」
ガンガが目を見開く。
「てめぇ……」
なぜだ。
どうやって。
あの攻撃を――
チャミナは何も答えない。
ただ。
1つ深く息をつき。
弓を引き絞る。
ギリィ……。
矢尻が、ガンガへ向けられた。
戦いは。
まだ終わっていなかった。




