決戦②
一歩。
二歩。
チャミナが距離を取る。
しかし。
それよりも早く。
「逃がすかよぉ!」
ガンガが鋭く踏み込む。
瞬く間に距離が縮まり――
拳の射程。
ガンガが右腕を振り上げた。
その瞬間。
ビュシュイイイ!!!
「!!! っぐ!」
矢が。
ガンガの右頬を掠めた。
「…………」
ガンガの足が止まる。
頬から。
一筋の血が流れた。
(こいつ……鋭くなってやがる!)
ガンガが。
ゆっくりとチャミナを見る。
闘技台の中央に立つガンガ。
その先。
端を背にして弓を構えるチャミナ。
(こういう弱っちい奴らは、大抵なんか仕込んでやがる……)
ガンガが。
頬の血を指で拭う。
(まともに食らうのだけは避けねぇとな……)
チャミナは。
弓を引き絞ったまま。
じっと隙を探っている。
(撃ち込んで来ねぇか……)
ガンガは。
一歩も動かない。
(射撃の隙を突きてぇけど……)
互いに。
動かない。
張り詰めた空気だけが。
闘技場を支配する。
「ええい!」
痺れを切らしたガンガが吠える。
「まどろっこしいことしてんじゃねぇ!」
その瞬間。
ガンガの身体から――
ブワァッ!
橙色の闘気が噴き出した。
「結局よぉ!」
右拳を。
強く握り込む。
「まとめて殴り飛ばせば、おなじだろぉがぁ!」
噴き出した闘気が。
右拳へ集中していく。
「喰らいやがれぇ!!」
「爆砕拳!!」
ズドォォォォォ!!!
巨大な爆発が。
チャミナの目の前で炸裂した。
「――っ!」
石の床が。
大きく抉れる。
土煙が舞い上がり。
一瞬。
チャミナの姿が完全に消えた。
「ハッ!」
ガンガが笑う。
「どうだぁ!」
しかし――
キラッ!
「!! うおっとぉ!」
ガンガが。
咄嗟に身体を捻る。
鋭い矢が。
足元を掠めて飛んでいった。
「ちぃ!」
ガンガが舌打ちする。
「ちょこまかと逃げやがって!」
土煙の向こうから。
チャミナが姿を現す。
弓を構えたまま。
「やる気あんなら!」
ガンガが吠える。
「真正面からガンガン来いやぁ!!」
「…………」
チャミナは答えない。
ただ。
静かに息を吐く。
「……ふーっ」
(ちっ……)
ガンガが目を細める。
(焦りもビビりもしてねぇ)
(やりづらいな……)
さっきまでなら。
逃げ回る相手など。
追い詰めればすぐに崩れると思っていた。
だが。
(んで……)
ガンガが。
自分の拳を見る。
(攻撃が当たってねぇのに、この落ち着きよう……)
再び。
チャミナへ視線を戻す。
(やっぱなんか隠してやがんな……)
「てめぇが何狙ってるか知らねぇけどよぉ……」
ガンガが。
拳を握り締める。
「隠してあんのが、オメェだけと思ってんじゃねぇぞぉ!!」
再び。
ガンガの身体から――
ブワァッ!
橙色の闘気が噴き出した。
「スキル二つ目?」
観客席から。
セネトが少し驚いたように呟く。
「あの若さでそこまでとは……」
「やっぱり相当鍛えてるね」
「飛び道具がねぇと思ってんじゃねぇぞぉ!!」
ガンガが叫ぶ。
そして。
右拳を振り抜いた。
ブォンッ!!
拳に纏った闘気が。
塊となって飛び出す。
「裂空拳!!!」
「くっ!」
チャミナが。
咄嗟に弓をしまう。
回避に集中する。
しかし。
意表を突かれた。
「――っ!」
身体が。
大きく傾く。
体勢を崩した。
「これで……」
ガンガの姿が。
一瞬で消える。
「終いだぁ!!」
次の瞬間。
チャミナの目の前に。
ガンガがいた。
左拳が。
振り上げられる。
その時。
チャミナの脳裏に――
昨日のセネトとのやり取りが蘇った。
~昨日の出来事~
「君には一つだけ、スキルを覚えてもらう」
「一つだけ……?」
チャミナが。
不安そうな顔をする。
「で、本当に勝てるんですか?」
「まぁ……三割くらいは……」
「低くない!?」
「アーチャーの方なら、ほとんど勝ててたんだけどね」
「専用スキルで『必中』と『早撃ち』があるから」
「そういうことは先に言え!」
「それであちゃ~、みたいな顔してたのか!!」
「アーチャーだけにね!」
ブハハハハ!
「…………」
チャミナが。
無言で腹を殴る。
「ごふぇ」
「真面目にやれ」
「はい……」
「この新人怖ぇ……」
「んで、スキルなんだけど」
セネトが。
腹を押さえながら続ける。
「先に見てもらいたいものがあるんだ」
「ちょっと目を閉じて」
「えっ?」
「何するんですか?」
チャミナが。
恐る恐る目を閉じる。
すると。
セネトが。
そっとチャミナの頭に手を触れた。
その瞬間。
チャミナの脳裏に――
複数の円が連なった。
まるで。
樹形図のようなものが浮かび上がる。
「え!?」
「これなんですか!?」
「スキルツリー」
「今見てるのは、狩人のクラスで覚えられるスキルを視覚化したものだよ」
「一番下の方だけ、淡く光ってるのが見えるかい?」
「あっ……はい」
「ぼんやりと……」
「基本的に一番下から上へ向かう」
「木が育つようにしか、スキルは習得できないんだけどね」
セネトが。
ニヤリと笑う。
「オレの前では――」
「順番なんて関係ない」
「育成師のスキルの一つ」
「掟の反証」
その言葉と同時に。
スキルツリーの全てが――
淡い光に包まれていく。
「えっ!?」
「えっ!? えっ!?」
「どうなってるんですか、これ!?」
「はい」
セネトが。
あっさりと言う。
「これで、どっからでも習得可能になったよ」
「ええ!?」
「許されていいんですか、そんなの!?」
「オレには、それしか出来ないからね~」
「…………」
「……他に、どんだけやれることあるんですか?」
「まだナイショ♡」
「ムカつく」
「でも」
チャミナが。
スキルツリーを見る。
「どこからでも取れるって言われても……」
「どれを取ればいいか分かりませんよ」
「それも考えてあるよ」
セネトが。
スキルツリーの一箇所を指差す。
「君が勝つために必要なのは――」
「これだ」
~現在~
ガンガの左拳が。
チャミナを捉える。
――そのはずだった。
「…………?」
拳に。
違和感が走る。
当たる。
確かに。
そう思った。
だが。
左拳が。
何かに止められた。
否。
止められたのではない。
「……なに?」
左拳が。
切り裂かれていた。
「なっ――」
ガンガが。
後ろから感じた気配に振り向く。
そこには。
弓ではなく――
短剣を構えたチャミナが立っていた。
「…………」
「……それが」
ガンガが。
切り裂かれた左拳を見る。
「てめぇの隠し玉か?」
「そんなショボい武器で、このオレが――」
その瞬間。
「……っ!?」
左腕に。
鋭い痛みが走った。
「ぐっ……!」
ガンガが。
腕を見る。
切り裂かれた傷口から。
ジュクジュクと。
紫色の何かが広がっていく。
「…………!」
(当たった……)
チャミナが。
短剣を握り締める。
(昨日、セネトさんに教えてもらった……このスキル)
刃から。
紫毒色の闘気が立ちこめる。
「ハンタースキル――」
「短剣用技能」
「【ポイズンダガー】」
「てめぇぇぇ……」
(当たった……)
(これで、あとは毒が回るまで逃げ続ければ――)
「逃げ続けりゃいいと思ってんじゃねぇだろうな?」
「!!」
ガンガが。
左拳を握る。
そして。
開く。
また。
握る。
「…………」
ビリィ!
ギュッ!
拳は。
しっかりと握れている。
「拳は握れる」
ガンガが。
左腕を見ながら笑う。
「なら問題ねぇ」
ビリッ!
服の一部を切り裂き。
左腕に巻きつける。
「毒が回る前に――」
「叩き込めばいいだけだ」
「…………!」
チャミナが。
息を呑む。
「こっからは……」
ガンガが。
拳を握り締める。
「マジで行くぜ」
ドンッ!!
瞬間。
格闘王の闘気が。
先程とは比べものにならない勢いで噴き出した。
「――っ!」
速い。
チャミナがそう認識した時には。
もう。
ガンガは目の前にいた。
ヒュッ!
「――!」
ズドォォォォ!!
右拳が。
チャミナの腹部へ突き刺さる。
「がっ!!」
身体が。
宙へ浮いた。
そのまま。
闘技台の端まで吹き飛ばされる。
ドゴォン!!
「っ……!」
チャミナが。
床を転がる。
(ギリギリで防いだか……)
ガンガが。
拳を引きながら呟く。
(いい反応しやがる)
「だが!」
チャミナが。
すぐに身体を起こす。
弓を構え。
矢を番える。
――しかし。
「…………!」
そこに。
ガンガの姿はなかった。
「上だ!」
「!?」
声。
咄嗟に顔を上げる。
その瞬間。
上空から。
巨大な影が落ちてくる。
「オラァ!!」
ガンガの蹴りが。
真上から振り下ろされた。
「くっ!」
チャミナが。
咄嗟に前へ転がる。
ドゴォォン!!
蹴りが。
石床を砕く。
「まだまだぁ!」
「くぅっ!」
チャミナが。
転がった勢いのまま弓を引く。
そして。
放つ。
ビュシュッ!
「そいつは――」
ガンガが。
飛んできた矢へ拳を振るう。
バシィ!!
「もう見慣れてんだよ!!」
矢が。
弾き落とされる。
そのまま。
ガンガが地面を蹴った。
闘気が。
脚へ集中していく。
「風牙滅襲脚!!」
ドォン!!
蹴りが。
嵐を巻き起こす。
「――っ!」
チャミナが。
必死に身体を捻る。
直撃だけは。
なんとか避けた。
だが。
「きゃあっ!」
吹き荒れる風圧に。
身体を持っていかれる。
ドシャッ!
そのまま。
地面へ叩きつけられた。
「んあぁっ……!」
チャミナが。
痛みに顔を歪める。
ガンガは。
ゆっくりと歩み寄る。
「これでもう、解っただろ?」
「…………」
「実力の差がよぉ」
ガンガが。
拳を握る。
「とっとと降参しろ」
「これ以上怪我する前に、帰んな」
「…………」
チャミナが。
震える腕で。
ゆっくりと身体を起こす。
「まだ……」
膝に手をつく。
「まだ……」
ヨロ……
それでも。
立ち上がる。
「……なんでそこまでするんだよ」
ガンガが。
怪訝そうに眉をひそめる。
「ここじゃなくても稼げるギルドなんて、いくらでもあるだろうがよ」
「…………」
チャミナが。
ゆっくりと顔を上げる。
「……約束したんだ」
「約束?」
「どんなことがあっても……」
チャミナが。
拳を握る。
「自分を曲げないって」
「どんなに辛くても……」
息を整える。
「自分の選んだ道を、信じ抜くって」
そして。
真っ直ぐに。
ガンガを見る。
「だから私は――」
「貴方からも逃げない」
「…………」
「世界にも」
「自分にも」
「負けたくないから!」
「…………」
ガンガが。
しばらく黙る。
「そうかい……」
やがて。
ゆっくりと拳を構えた。
「なら――」
「後悔すんじゃねぇぞ」
ガンガの目から。
先程までの余裕が消える。
(もう、あの短剣は食らわねぇ)
毒が回る前に。
終わらせる。
(せめて――)
拳に。
再び闘気が集まっていく。
(――一発で楽にしてやる)




