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ヌウノさん②

「フムフム……なるほど」


 ヌウノのメジャーが。


 チャミナの身体を隅々まで測っていく。


「こちらも……おお……」


「そして、こっちが……」


「あの……」


 チャミナが。


 恐る恐る口を開く。


「なんか……長くないですか?」


「ああ、すいません」


 ヌウノは。


 メジャーを持ったまま、真剣な顔で答えた。


「こんな芸術品を、どう仕上げたらいいかと悩んでしまいまして……」


「もう恐怖しかないんだけど」


「ふーむ……」


 ヌウノが。


 顎に手を当てる。


 そして。


 ついつい。


「――ちょっ!」


 チャミナが飛び退く。


「どこ触ってるんですか!?」


「いえ、この金の刺繍……」


 ヌウノが指差したのは。


 チャミナが服につけていた、小さな金糸の刺繍だった。


「これは、どなたが?」


「あっ、これですか?」


 チャミナが。


 自分の胸元に目を落とす。


「これはお母さんが、お守りにって編んでくれたもので」


「ふむ……」


 ヌウノが。


 刺繍をじっと見つめる。


「微弱ながら、加護が宿っていますね」


「えっ?」


「技術的なものではありません」


 ヌウノは。


 今度は真面目な顔で言った。


「おそらく……心を込めて、縫い上げたものなのでしょう」


「…………」


「愛されていたんですね、チャミナさん」


「お母さん……」


 チャミナは。


 そっと刺繍に触れる。


「そっか……」


「…………」


 少しだけ。


 工房に静かな時間が流れた。


「ふぅむ」


 そして。


「こちらもなかなか」


「ムギュムギュ」


「…………」


「…………」


「…………」


「ケツを揉むな」膝蹴り


「ありがとうございます!」鼻血!


 ヌウノは。


 全く懲りていなかった。


「いやー、いいインスピレーション湧いてきたー!」


 ダダダダダダダッ!!


「捗る! 筆が捗るぞー!!!」


 どこからともなく取り出したスケッチブック。


 そこへ。


 猛烈な勢いで何かを書き込んでいく。


「ガリガリガリガリガリガリ!!」


「速っ!?」


「できました!」


 バッ!!


 ヌウノが。


 勢いよくスケッチブックを掲げる。


「デザインが出来ました! これで如何でしょうか!!!」


「えー、どれどれ」


 チャミナが覗き込もうとする。


 その瞬間。


「あっ、チャミナさん」


 セネトが。


 スッと前に出た。


「ちょっと待って。オレが先にチェックするね」


「え?」


「トラウマになるといけないから」


「過去に何があった?」


 チャミナが。


 若干引きながら呟く。


「ふむふむ……なるほどねー」


 セネトは。


 スケッチブックを眺める。


 そして。


「…………」


「いかがでしょうか! セネトさん!」


「ヌウノさん」


「はい!」


「これはね」


 セネトは。


 スケッチブックを指差して。


「服じゃなくて、紐って言うんだよ」


「…………」


 チャミナの顔が。


 引きつった。


(何着せられそうになってたのーーー!?)


「良いじゃないですか!」


 ヌウノが叫ぶ。


「紐でも!」


「良くないよ!」


「むしろメンバー全員、紐にしましょう!?」


「なんで!?」


「そうしたら誰も恥ずかしがらなくて済むじゃないですか!!!」


「理屈がおかしい!!」


「…………」


 チャミナが。


 ふと。


 あることに気づいた。


「あの……」


「んー?」


「ミリアさんとかも……この人の服、着てたんですか?」


「ミリアさんがーーーーーー!!!」


 ヌウノの顔が。


 絶望に染まった。


「私の理想がーーーー!!!」


「あー」


 セネトが。


 遠い目をする。


「地雷踏んじゃった」


「ミリアさんは特にお気に入りだったらしくてね」


 ヌウノが。


 悔しそうに拳を握る。


「気合入れまくって作ってたんだけど……」


「受付嬢になってからは、外注するようになったんだよねー」


「乳首までは見せてなかったじゃないですかー!!!」


「それ以外は見せてたの!?」


 チャミナが叫ぶ。


「そんなことより!」


 セネトが。


 スケッチブックを閉じる。


「まぁ、とりあえずこのデザインはボツで」


「えっ」


 ゴオオオオオオオオオッ!!


「燃やした!」


「あーーーー!!!」


 ヌウノが悲鳴を上げる。


「他にもアイデアいっぱい書いてたのにーーー!!!」


「明日までに防具一式、揃えておいてね」


「明日ァ!?」


「うん」


「決闘は明日なので…」


「いや……服一着作るのに、どれだけかかると思ってるんですか……」


 ヌウノが。


 珍しく弱々しい声を漏らす。


「…………」


 チャミナが。


 そっとヌウノを見る。


「ダメ……ですか?」


「…………」


「明日の決闘、負けると……」


 チャミナは。


 少しだけ俯く。


「このギルドに居られなくなるかもしれないんだよね」


「…………」


 ヌウノが。


 しばらく黙り込む。


「うーーーーーー!!!!」


 頭を抱え。


 髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。


「やってやりますよ!」


「本当!?」


「但し!」


 ヌウノが。


 チャミナをビシッと指差す。


「絶対勝ってくださいね!」


「はい!」


「負けたら許しませんからね!」


「頑張ります!」


「よし!」


 ヌウノは。


 再びスケッチブックを開いた。


「それでは早速、デザインを――」


「今度はちゃんと服にしてね」


「……善処します」


「そこは断言して」


 こうして。


 チャミナたちは。


 銀龍の風の工房を後にした。


「これで……防御面はなんとかなりますかね……?」


 工房を出たあと。


 チャミナが。


 新しく用意される防具について尋ねる。


「いやー、どうだろうねー」


「えっ!?」


 チャミナの顔が青ざめる。


「ダメなんですか!?」


「例えば昨日のワイルドボア」


 セネトが。


 歩きながら言う。


「あの格闘王が戦えば、ほぼ間違いなくあの男が勝つよ」


「真正面から殴り倒してね」


「…………っ」


 ゾクッ。


 昨日。


 森で見た。


 あの巨体。


 あの突進。


 そして。


 自分がまともに戦えば、まず勝てないと思わせられた圧力。


「だから防具は保険だね」


 セネトは。


 淡々と続ける。


「基本的には、一発食らったらKOされると思っておいたほうがいい」


「そんな……」


 チャミナが。


 頭を抱える。


「無茶言わないで下さいよ……」


「なぁに」


 セネトが。


 ニヤッと笑う。


「当たらなければどうということは無い」


「それが無茶だって言ってるんです!」


「アハハハハ!」


「笑い事じゃないですよ!」


 チャミナが。


 ぷくーっと頬を膨らませる。


「そもそも……」


 セネトが。


 少しだけ真面目な顔になる。


「問題なのは、防具じゃない」


「え?」


「どうやって倒すか」


「…………」


「そこだよね」


 チャミナが。


 弓を背負った自分の肩を見る。


「えっ? それは……」


「言っておくけど」


 セネトが。


 指を一本立てる。


「弓を番えて撃っても、当たってくれないよ」


「…………」


「そもそも」


 もう一本。


「撃たせてくれるかも分からないしね」


「むぅ……」


 チャミナが唸る。


 昨日の戦いを思い返す。


 ワイルドボアですら。


 あれだけ苦戦した。


 相手は。


 それよりも強い。


「……だったら!」


 チャミナが顔を上げる。


「あっ!」


「んー?」


「昨日のあれ!」


「昨日の?」


「あのゴブリン倒した時に、ブワーッて出てきたやつ!」


「ああ」


 セネトが。


 少しだけ目を細める。


「エクスペリエンスブーストね」


「そう、それです!」


 チャミナが。


 期待に満ちた目を向ける。


「もう一回、やって下さいよ!」


「悪いけど」


 セネトは。


 首を横に振った。


「あれは暫く使わないよ」


「えー!?」


「なんでですかぁ!」


「力を付けると言ってもね」


 セネトが。


 前を向いたまま言う。


「どこまで行っても、力は力でしかない」


「…………」


「そして」


 一歩。


「振るうものによって」


 また一歩。


「それは正義にも、暴力にもなる」


「…………」


「特に――」


 セネトの声が。


 少しだけ低くなる。


「分不相応なものが振るう力は、誰かを傷つけるもんだ」


「…………」


「あの男みたいにね」


「あっ……」


 チャミナの脳裏に。


 一昨日の格闘王の姿が浮かぶ。


 圧倒的な力。


 その力を。


 迷いなく他人へ向ける姿。


「力を付けることは、悪いことじゃない」


 セネトが。


 チャミナを見る。


「でも、それより大事なのは――」


「その力を振るうに値する心を育てることだと、オレは思ってる」


「…………」


 チャミナは。


 黙ってセネトの言葉を聞いていた。


「だから」


 セネトが。


 いつもの笑顔に戻る。


「慌てなくていい」


「君は君の速度で、成長していけばいいのさ」


「…………」


 チャミナが。


 小さく頷く。


「……はい」


 けれど。


「でも……」


 チャミナが。


 恐る恐る顔を上げる。


「決闘は、明日なんですよね……?」


「うん」


「…………」


「だから」


 セネトが。


 ニッと笑った。


「そのために、今日の最後のミッション」


「え?」


「スキルを一つだけ」


 セネトが。


 チャミナの肩を軽く叩く。


「君に教えよう」


「…………!」


 チャミナの目が。


 大きく見開かれた。


◇   ◇   ◇


 そして――。


 翌朝。


「オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ!!!」


「よくもまぁ!」


「逃げ出さずに顔見せれたもんだなぁ!!!」


「泣いて謝るなら今の内だずぇ!!?」


 銀龍の風。


 決闘場。


 その中央で。


 格闘王が。


 朝っぱらから大声を張り上げていた。


「謝るなら、そっちでしょ」


「恥かいても知らないよ」


「何だってぇぇぇぇ!!?」


 格闘王の顔が。


 みるみる赤くなる。


「この俺様に向かって――!」


 怒鳴り声が響く。


 観客のざわめき。


 見物に集まったギルドメンバー。


 その視線が。


 一斉にチャミナへ向けられる。


「…………」


 チャミナは。


 弓を握りしめる。


(大丈夫)


 昨日とは違う。


 昨日までとは。


 もう違う。


(大丈夫……)


 胸の奥で。


 何度も言い聞かせる。


(もうビビるな!)


 そして。


 ゆっくりと。


 前を向いた。



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