ヌウノさん①
その日は。
寮へ帰ると風呂に案内され。
チャミナは泥のように眠りについた。
◆
――そして翌朝。
「……ん?」
目を覚ました時。
窓から差し込む光は。
すでに高い位置まで昇っていた。
「…………」
時計を見る。
「…………」
「…………」
「…………って」
「遅刻じゃないですかぁぁぁぁぁ!?」
よほど疲れていたとはいえ。
とんだ失態である。
チャミナは慌てて支度を整える。
「おー、おはよう。昨日はよく眠れたみたいだね」
ギルドへ着くや否や。
「新人の分際で、とんだ無様を……!」
地面に頭を擦り付けんばかりに。
深々とひれ伏した。
「いやいや、いいよいいよー」
セネトは。
いつも通りの調子だった。
「今日は明日に備えて、軽めに行くつもりだったしね」
「明日……」
チャミナが顔を上げる。
――そう。
ギルドの入団試験で大騒ぎしたあの日から。
二日。
そして。
格闘王との決闘の約束は、明日に迫っていた……!
「そうそう」
「なおさらのんびりしてる場合じゃないじゃないですかぁ!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「落ち着けるかぁ!」
セネトは。
そんなチャミナを眺めながら。
指を一本立てる。
「昨日の段階では、君の勝てる可能性は限りなくゼロだった」
「…………」
「しかし!」
今度は。
妙に溜める。
「クエストを乗り越え、クラスライズを果たした今の君なら――なんと!」
「なんと!?」
チャミナが食いつく。
「いくつですか!?」
「…………」
セネトは。
少しだけ考え。
「……一パーセントか二パーセントくらい……?」
「殺すぞ!」
「わー、情緒がどっか行ってるー」
アハハハハ!
「笑ってる場合かぁ!」
「まぁまぁ」
セネトが手を叩く。
「とりあえず、今日やることは二つ」
「二つ……?」
「一つ目はすぐに終わるから、今から行くよ」
そう言って。
セネトは部屋を出ていく。
「あっ、ちょっと待って下さいよー!」
チャミナも慌てて後を追った。
◆
セネトは。
ギルドの受注場を抜け。
そのまま寮の方角へ歩いていく。
「あれ?」
チャミナが首を傾げる。
「こっちって、寮しか無いんじゃ……」
「用事があるのは、その隣だねー」
「隣?」
寮の横。
そこには。
大きな建物が併設されていた。
「ここは?」
「ギルドメンバー専用の工房」
セネトが。
建物を見上げる。
「この工房では、ギルド内で使う色んなものが作られていてねー」
「防具やポーション、装飾品や食料まで」
「それぞれ色んな作業場に分かれてるんだ」
「…………」
チャミナの脳裏に。
昨日見た光景が蘇る。
爆発する腕輪。
止まれない飛行マント。
魂を削る薬。
そして。
何でもない顔で紹介していたセネト。
「あのトンチキアイテム達が、ここで……」
「トンチキって、間違ってないけどー!」
アハハハハ!
「笑ってる場合じゃないでしょう!」
「まぁまぁ」
チャミナは。
工房を見回す。
「あのグラムでしたっけ?」
「あれも、ここで作られたんですか?」
「あー」
セネトが首を横に振る。
「いやー、あれは別物」
「今、職人が国外に出かけていてね」
「ここよりもいい環境で武器を作っては、ちょくちょく送られてきてるよ」
「国外……」
「っと」
セネトが足を止める。
「着いたね」
「おーい!」
工房の扉を開け。
「ヌウノさん居るー?」
「げっ」
中から。
露骨に嫌そうな声が返ってきた。
「何しに来たんですか、マスター」
「なんで嫌そうな顔するの」
「嫌そうではないです」
「嫌なんです」
「アハハハハ!」
セネトが腹を抱える。
「アトリエ提供してるのに、この扱いー!」
「そういうところです」
「はぁー、もういいですよ。それで、なんの用ですか?」
ヌウノが。
心底うんざりした顔でセネトを見る。
「あー、それなんだけど」
セネトは。
チャミナの方へ振り返った。
「見てもらった方が早いかな」
「セネトさーん、もう入っていいんですかー?」
「いいよー」
「じゃ、お邪魔します」
チャミナが。
工房の中へと足を踏み入れる。
その瞬間だった。
「――――」
ヌウノの身体が。
ビクンッ!!
まるで全身に電撃でも走ったかのように痙攣した。
「…………」
ヌウノは。
チャミナを見つめる。
じっ……。
「嘘でしょ……」
「?」
チャミナが首を傾げる。
次の瞬間。
「……逸材!」
シュバッ!!
「え?」
音すら置き去りにして。
ヌウノがチャミナの目の前まで迫っていた。
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「初めましてミッシェル=ヌウヌーノっていいます!」
「えっ、あ、はい!?」
「ご趣味はなんですか!?」
「えっ!?」
「職業は!」
「えっと…」
「弓使いですね、わかります!」
「わかるんですか!?」
ヌウノが。
チャミナの手を両手で包み込む。
「ああ……!」
その瞳が。
キラキラと輝いていた。
「手を握っただけで伝わる、この感覚……!」
「な、何が!?」
「一日も欠かさず弓を鍛錬していたんですね!」
「えっ」
「無駄なく鍛えられた、その身体!」
「ちょっと待ってください!?」
「すいません!」
ヌウノが頭を下げる。
「測っていいですか!?」
「何を!?」
「色々と!」
「何を色々と!?」
「いいですよね!?」
「いや全然――」
「測らせてもらいます!!!!」
「聞いてないですよね!?」
言うが早いか。
ヌウノは。
どこからともなくメジャーを取り出した。
「えっ?」
シュルッ。
「えっ?」
シュルシュルッ。
「えっ、ええっ!?」
メジャーを片手に。
ものすごい勢いで迫ってくるヌウノ。
「大丈夫です……」
「何が!?」
「痛くしませんから……」
「何をする気なんですか!?」
「すぐ済みますから……」
「絶対ロクなことじゃないですよね!?」
ヌウノの息が。
次第に荒くなる。
「なぁに……くすぐったいのは最初だけですよ……」
「怖い怖い怖い!!」
「すぐ気持ちよく――」ハァハァハァハァ
「なんなのこの人ーーー!?」
チャミナが悲鳴を上げる。
その横で。
セネトは。
「いやー、相変わらずだねー」
「感心してないで助けてください!!」
「まあ、腕は確かだから」
「そういう問題じゃない!!」
セネトは。
工房の中を見回す。
そこには。
大量の布。
魔力を帯びた糸。
色とりどりの宝石。
そして、見たこともない形状の防具が並んでいた。
これこそ。
銀龍の風が誇る生産部門。
その防具作りの中心人物。
ミッシェル=ヌウヌーノ。
通称――ヌウノ。
ノーム族の若い女性。
ユニークジョブ。
『縫職屋』。
星は――無い。
それでも。
セネトの指導を受けたことで。
衣服や装飾品に関する技能は。
すでに人類の限界を超えている。
彼女が作る防具には。
魔法耐性。
身体能力強化。
状態異常耐性。
その他。
様々な加護が施されている。
銀龍の風のメンバーが。
各地で無茶苦茶な戦いをしても生きて帰ってくる理由の一つ。
それが。
彼女の作る装備だった。
ただし。
「チャミナさん!」
「はい!?」
「貴女には特別な衣装を用意しましょう!」
「特別?」
「ええ!」
ヌウノが。
満面の笑みを浮かべる。
「絶対に似合うと思うんですよ!」
「何がですか!?」
「際どいやつが!」
「なんで!?」
「女性には――」
ヌウノが。
胸を張る。
「ギリギリを攻める!」
「攻めなくていいです!!」
「それこそが私の至上命題です!!」
「そんな命題捨ててください!!」
「性能は保証します!」
ちなみに。
男性用の防具は。
実にまともだ。
防御性能も高い。
デザインも普通。
文句の付けようがない。
女性用になると。
何故か。
露出が増える。
布地が減る。
装飾が増える。
そして。
性能まで上がる。
「だからー」
セネトが。
ヌウノを指差す。
「毎回言ってるけど、もうちょっと普通の服にしなさいって」
「嫌です」
「即答!?」
「マスターが私の芸術を理解してくれないからです」
「芸術じゃなくて防具だからね?」
「防具だからこそです」
ヌウノが。
ジトッとセネトを見る。
「そもそも、私のことを何度注意したと思ってるんですか?」
「五回くらい?」
「三十七回です」
「そんなに!?」
「全部覚えています」
「怖っ!」
「それでもここに残ってるのは?」
「…………」
ヌウノが。
少しだけ頬を膨らませる。
「そこがまた腹立つんですよねぇ……」
「なんで!?」
「私がここを出ていけない理由を、私自身が一番よく知ってるからです」
そう言って。
ヌウノは。
再びチャミナへ向き直る。
「さて……」
メジャーを。
シャキンッ。
伸ばした。
「採寸しましょうか」
「嫌です!!」
「絶対に似合う服を作りますから!」
「嫌です!!」
「性能も盛ります!」
「…………」
チャミナが。
少しだけ考える。
「……本当に?」
「はい!」
「死なない?」
「もちろん!」
「じゃあ……」
チャミナが。
恐る恐る。
ヌウノへ近づく。
「…………お願いします」
「はい、喜んで!!」
ヌウノの目が。
ギラァッ!!
「ひぃっ!?」
「さあ、最高傑作を作りましょう!!」
「やっぱり帰りたい!!」
セネトは。
そんな二人を眺めながら。
「いやー、いい新人を連れてきたなー」
「セネトさん!!」
「助けてください!!」
「頑張ってねー」
「薄情者ーーーー!!」
銀龍の風。
工房部門。
その第一印象は。
最悪だった。




