クラスライズ①
夕陽が。
馬車の窓から差し込んでいた。
オレンジ色の光が。
疲れ切ったチャミナの身体を、ゆっくりと包んでいく。
「もっしゃもっしゃもっしゃもっしゃ」
「よっぽど疲れてたんだろうね〜。よく食べる」
「がっふがふがふがふがふ」
チャミナは。
ひたすら食べていた。
肉を。
パンを。
野菜を。
セネトが用意していた昼食を。
片っ端から胃袋へ放り込んでいく。
「このあとは一度ギルドにクエスト完了の報告を入れてー」
「ごっきゅごきゅ、もっしゃもしゃ」
げふー。
「その後、ちょっと付き合ってもらうよ」
「ほぉほぉひふふぇほぉっーへふゅーんふぇふは」
「飲み込んでから話そうねー」
「ふぅー……美味しかったー!」
「うん」
セネトが空になった弁当箱を見る。
「オレの分まで綺麗に食べきったね」
「…………」
その時。
ぐぅ~~~~~~。
「…………」
「…………」
セネトの腹が鳴った。
「これ……」
チャミナが。
最後に残っていたゆで卵の殻を拾い上げる。
スッ。
「要らん」
「ですよねー」
夕陽を眺めながら。
チャミナは小さく息を吐いた。
身体は。
まだ重い。
腕も。
足も。
全身が、まるで鉛のようだった。
けれど。
不思議と。
心だけは軽かった。
――初めてのクエスト。
――初めての勝利。
そして。
自分にもやれるのだと。
ほんの少しだけ、思えた。
そんなことを考えているうちに。
馬車は。
見慣れた街へと戻ってきた。
◆
「おかえりなさい」
ギルドへ戻ると。
ミリアが。
いつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。
「はい、ワイルドボアの毛皮。しっかりと納品確認致しました」
「初クエストにしては厳しかったでしょうけど、よく頑張りましたね」
「ホントですよー!」
チャミナは机に突っ伏す。
「何度死にかけたと思ってるんですか!」
「Eランク程度で死にかけてるのですかー?」
「新人さんとは言え、あまっちょろいんじゃないですかー?」
「むっ!」
チャミナが顔を上げる。
「聞き捨てならぬその言葉! 何者か!?」
声のした方を見る。
すると。
「…………」
「…………」
そこには。
背丈が一メートルあるかないか。
そんな小さな女の子が二人。
チャミナの周囲を。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
回っていた。
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「お前が噂の新人さんですねー?」
「おらー、新人は先輩を敬うのですー」
「お菓子を献上するのですー」
「おやつをたっぷりよこすですー」
ぐるぐる。
ぐるぐる。
「なん……」
チャミナの目が丸くなる。
「なんなんだこの可愛い生き物たちは……!?」
「キノ、ミノ」
ミリアが呆れたように声を掛ける。
「新人さんにうざ絡みは止めなさい」
「うざ絡みというのは、ウザがられて初めて成立するのですー」
ぐるぐる。
「ウザがられてないなら、ただの絡み合いなのですー」
ぐるぐる。
「言うようになったねー」
セネトが額を押さえる。
「全く、誰に似たんだか」
「間違いなく貴方の影響だと思いますよ」
ミリアが即答した。
「暢気してないで助けてー!」
チャミナがセネトへ助けを求める。
「はいはい」
ミリアがチャミナの方へ歩み寄る。
「このお姉ちゃん、まだ行くところあるからね」
「えっ?」
チャミナが振り返る。
「まだあるんですか!?」
「当然」
セネトが笑う。
「あっ、それとキノ」
セネトが。
二人の小さな少女へ目を向ける。
「あの指輪、役に立ったよ」
「…………」
キノと呼ばれた少女が。
ふん、と鼻を鳴らす。
「あんなゴミクズありがたがるのは、あんただけなのですー」
「ミノにかかれば、百倍マシなの作れるのですー」
「なんだとー!」
ムギギギギ!
「やんのかー!」
グミミミミ!
小さな二人が。
互いの頬を引っ張り合う。
「あーもう」
ミリアが二人の頭を掴む。
「すぐ喧嘩しないのー」
「むぎゅー!」
「ふぎゅー!」
そんな光景を。
チャミナは。
ぽかんと眺めていた。
(……なんだ、このギルド)
昨日から。
ずっとそう思っている。
まともな人間が。
いない。
「ほら」
セネトが歩き出す。
「こっちはミリアに任せて、次のところ行こうか」
「えっ」
チャミナが振り返る。
「もう疲れてるので、さっさと部屋に帰りたいんですけど……」
「なぁに」
セネトが笑う。
「すぐに終わるさ」
「本当ですか?」
「うん」
そして。
セネトは。
何でもないことのように。
告げた。
「クラスライズの時間だよ」
「…………」
チャミナが。
目を見開く。
「…………え?」
夕陽の残光が。
ギルドの窓から差し込んでいた。
今日一日で。
何度驚けばいいのか。
チャミナには。
もう分からなかった。
セネトに連れられ。
チャミナは街中を歩いていた。
「クラスライズって……なんなんですか?」
「あー」
セネトが歩きながら答える。
「ジョブは、それぞれ星の数によってクラス分けされてるのは知ってるよね」
「はい」
「その星の数を――増やす」
「…………」
チャミナが足を止めた。
「そんなことできるんですか!?」
「ウチではよくやってるよー」
「よく!?」
「たまにブチギレてる人もいるけど」
アハハ。
「いや、そんな期間限定閉店セールみたいなノリで言われても……」
「あれは何なんだろうね、ホント」
「こっちが聞きたいですよ!」
そんな話をしながら。
二人は街を歩いていく。
やがて。
目的の場所へと辿り着いた。
そこに建っていたのは。
巨大な白亜の建物。
街の喧騒から少し離れた場所に建てられた。
荘厳な神殿だった。
「ここは……?」
「啓示の神殿」
セネトが答える。
「世界各地にある神殿でね。みんな、ここで自分のジョブを受け取るんだ」
「……」
チャミナは。
神殿を見上げる。
――☆一つ。
あの日。
自分に烙印のように与えられたジョブ。
もう。
この神殿を訪れることなんてないと思っていた。
「おいっすー!」
セネトが。
神殿の扉を開ける。
「リベさん居るー?」
「また来たんですか、あなたは……」
奥から。
呆れたような声が返ってきた。
「今度はどこの純真な子を誑かして来たんですか?」
「人聞きが悪いなー、もう」
現れたのは。
神殿の奥で神託を司る男。
神託者――リベだった。
「チャミナさん」
セネトが紹介する。
「この人が神託者のリベさん」
「クラスライズする時には、毎回お世話になってるんだよ」
「あっ!」
チャミナが頭を下げる。
「初めまして! チャミナって言います!」
「まーた趣味で仕事して、この男は……」
リベが呆れたように呟く。
「それがオレの仕事だからねー」
「貴方の場合、趣味と仕事の境界が曖昧なんですよ」
リベは。
小さく息を吐いた。
そして。
チャミナへ向き直る。
「チャミナさんですね」
「はい!」
「では、貴女にクラスライズの資格があるかどうか、検査してみましょう」
「はい!」
「こちらの水晶に手を当てて下さい」
言われるまま。
チャミナは水晶へ手を当てる。
すると。
ぼんやりと。
水晶が光を放った。
その光の中に。
二つの紋様が浮かび上がる。
「これは……」
リベが目を細める。
「アーチャー」
ひとつ。
「そして……狩人」
もうひとつ。
「どちらも☆☆のクラスです」
「…………」
チャミナが。
自分の手を見る。
「☆☆……」
「ええ」
リベは水晶を確認する。
「しかも、今のクラスも限界まで成長を迎えている……」
呆れたように。
セネトを見る。
「毎度毎度、何をやっているんだか……」
「それがオレの仕事だからねー」
ゲハハハハ!
「神聖な場で下賤な声を上げないで下さい」
「はい、すいません」
セネトは。
全く反省していない顔で頭を下げた。
そんな二人を。
チャミナは。
ぽかんと見つめていた。
「……あの」
「んー?」
「私……」
チャミナは。
もう一度、水晶を見る。
「本当に、星を増やせるんですか?」
セネトが。
いつもの調子で笑った。
「だから言ったでしょー?」
「ここからが――クラスライズだよ」
「そもそもクラスというものは、神より賜りし不可侵にして絶対的な基準であり、それをおいそれと変えることなど神への冒涜であり本来なら犯してはならない領域であることを――」
クドクドクドクド。
「あー、わかってるわかってる」
「わかってません!」
「そもそも、どうにもならない人には水晶が反応しないんだから良いじゃん」
「貴方のは度が過ぎてるんですよ!」
「それで……」
リベが。
大きなため息を吐く。
「どうしますか?」
「どうする……?」
「今なら、好きなジョブが選べます」
そして。
「一度決めると、選びなおしは出来ないと思って下さい」
「えっ!?」
チャミナが振り返る。
セネトを見る。
けれど。
セネトは。
何も言わなかった。
ただ。
静かに。
チャミナを見守っている。
「今、この場でクラスを変えられるんですか?」
「ええ」
リベが頷く。
「神がお許しになっておりますので」
神官は。
大きなため息を吐きながら。
諦めたように水晶を見つめる。
「最初に☆5出た時は、あんなに喜んでたじゃん」
「お黙りなさい」
「はい」
セネトは素直に黙った。
チャミナは。
しばらく考え込む。
今の自分に必要なものは――。
「…………」
やがて。
チャミナは顔を上げた。
「……狩人で、お願いします」
「…………」
セネトが。
後ろで顔に手を当てる。
そして。
天井を見上げた。
「あっちゃ~……」
「えええっ!?」
チャミナが振り返る。
「なんですか、その反応!?」
「では」
リベが水晶へ手を添える。
「始めます」
そして。
静かに。
言葉を紡いだ。
「天に住まわす我らが神よ」
「この者に――」
「狩人としての道を与え給え」
「いや! ちょっ! まっ!」
瞬間。
水晶から。
光が溢れ出した。
「うわっ!?」
黄金色の光が。
チャミナの身体を包み込む。
身体の奥へ。
何かが流れ込んでくるような。
不思議な感覚。
そして。
光が。
ゆっくりと消えていく。
「…………」
チャミナは。
自分の身体を見回した。
「…………」
特に。
何も変わっていない。
「……なんかこう」
チャミナが。
恐る恐る口を開く。
「衣装が変わったりとか無いんですかね?」
「それはご自分で用意してください」
「アッハイ」
「魔法少女じゃあるまいしーー!」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
「ここで爆笑すんの!?」
チャミナが叫ぶ。
「相変わらずツボがわからん!」
その瞬間。
ヒュンッ!
神殿の奥から。
光の矢が飛んできた。
ズバァッ!!
「すぺまっ」
セネトの身体を。
見事に貫く。
「なんで!?」
チャミナが叫ぶ。
「神聖な場ではお静かに」
リベは。
何事もなかったかのように告げた。
「では、用事が済んだのなら速やかに退出をお願いします」
「あっ、それとチャミナさん」
リベがチャミナの方へ顔を向ける。
「後日、職業証明書をお渡ししますので、またこちらにいらして下さいね」
「あっ! わかりました!」
チャミナは元気よく返事をした。
そして。
床に倒れ伏すセネトを。
襟首から掴み上げる。
「ほら、帰りますよ!」
「……もうちょっと優しくして……」
「自業自得です」
「新人ちゃんが冷たい……」
二人は。
そのまま神殿を後にした。




