E-⑤
ワイルドボア・ジャイアントが。
猛烈な勢いで二人へ迫る。
その刹那。
突風が吹き荒れた。
「えっ!?」
チャミナの身体が宙へ攫われる。
次の瞬間。
バサァッ!
マントを翻し。
チャミナを抱えたセネトが、木の上へと降り立った。
「それ……」
チャミナがセネトのマントを見る。
「壊れるまで止まらないって言ってませんでした?」
「あー」
セネトがマントを摘まむ。
「術式を編んでる糸を一本でも引き抜けば、術は壊れるからねー」
「……」
「帰って治して貰うまでは使えないけど」
「やっぱり欠陥品じゃん……」
「さて」
セネトがワイルドボアを見下ろす。
「チャンスは一回って話だったね」
今度は。
魔術の文様が刻まれた厚手の手袋を取り出す。
「……待って下さい!」
「んー?」
「まだ……矢は残ってます」
「……」
セネトがチャミナを見る。
「一回だけって言ったよね?」
「私はなんの返事もしてませんから、不履行です」
「強か〜」
ハハッ。
「そこまで言うんなら」
セネトが手袋を嵌める。
「早いもの勝ちにしよっか」
「どっちが仕留めるか」
「はい!」
「もしくは――」
セネトがニヤリと笑う。
「仕留められるか!」
「ブハハハハハ!」
ズドォン!!!
その瞬間。
二人が立っていた木へ。
ワイルドボアが身体ごと激突した。
「うわっ!?」
メキメキメキッ!!
巨木が軋む。
「ちょっ――」
メキィッ!!
「グキッ」
「足首がぁぁぁぁぁ!!!!」
セネトが落下した。
「あぁぁぁぁぁ!!! 痛いぃぃぃぃ!!!!!」
「どんくさいなあの人!」
「しかも喧しい!」
チャミナが呆れた、その時。
「ぶもおおおおお!!」
ワイルドボアが方向を変える。
ほとんどの視力を失っている。
それでも。
騒ぎ散らかすセネトの声だけは、はっきり聞こえていた。
「やっぱり、そう来るよね」
セネトが立ち上がる。
そして。
腕に着けた手袋で。
地面を撫でた。
スッ。
「……?」
何も起こらない。
「早いもの勝ちとか言っておいて……」
チャミナが弓を構える。
「この人は――」
ドドドドドド!!
ワイルドボアが迫る。
そして。
セネトが。
「はい、どうぞ」
パチン。
指を鳴らした。
ズドォォォォン!!!
「ぶもおおおおおお!?」
地面が爆発。
突進してきたワイルドボアの巨体が。
宙へ跳ね上がった。
「やっぱり、この人……」
チャミナが呆れる。
セネトの意を汲み。
チャミナはすでに。
弓を構えていた。
「……」
集中する。
先ほどの頭部への射撃。
矢は確かに貫通した。
だが。
硬い頭蓋骨に弾かれ。
軌道を逸らされていた。
それでも。
「……ヒビは入ってる」
見える。
頭蓋骨は。
確実に脆くなっている。
なら。
今度こそ。
「――ここ!」
ギリィッ!!
弓を限界まで引き絞る。
狙うは。
空中を舞う巨体。
その頭部。
「いけぇぇぇぇぇ!!!」
ヒュンッ!!
一矢。
正確無比な一撃が。
ワイルドボアの頭部へ吸い込まれる。
ズドォッ!!
頭蓋を砕き。
そのまま脳まで貫き通した。
「ぶ――」
ワイルドボアの動きが止まる。
そして。
ドォォォン!!
大きな地響きを立て。
森の主が地面へ倒れ伏した。
「…………」
今度こそ。
その巨体は。
完全に静止していた。
「やっ……た……」
チャミナは。
弓を握ったまま。
呆然と立ち尽くす。
どこを見るでもなく。
意識だけが、ふわふわと宙を泳いでいた。
その時。
ぽん。
頭に。
温かな手が乗った。
「初クエストクリア」
セネトだった。
「お疲れ様」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
ふっと。
身体から力が抜けた。
「……っ」
頬を。
一筋の涙が伝う。
それをきっかけに。
次々と涙が溢れてくる。
「う……」
チャミナは。
泣きながら笑った。
――初めてのクエスト。
初めての死闘。
そして。
初めて、自分の力で掴み取った勝利。
「……よかった」
胸の奥から。
自然と言葉が漏れた。
故郷を出て。
右も左も分からないまま、この街へ来た。
怖かった。
何度も逃げたくなった。
死ぬかもしれないと思った。
それでも。
最後は、自分の手で弓を引いた。
チャミナは。
涙を拭う。
そして。
遠い故郷へ向けるように。
そっと、心の中で呟いた。
(拝啓、故郷の母上様)
(そして――天国の父上様)
(チャミナは……)
少しだけ。
胸を張る。
(ちゃんと、やっていけそうです)
森を抜ける風が。
静かに吹いた。
その風に背中を押されるように。
チャミナは。
ゆっくりと顔を上げた。




