↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/23

E-④

 気が付けば。


 すでに日が傾き始めていた。


「さて、そろそろタイムリミットも近づいてきたね」


「誰かさんが何時間もまともに動きませんでしたからね?」


「誰かさんって誰だよー!」


 ブハハハ! とセネトが笑う。


「無敵かこいつ?」


「まぁ、それはともかく」


 セネトが森を見渡す。


「今日の目標は一応達成してるから、もう帰ってもいいんだけど」


「えっ?」


 チャミナが振り返る。


「討伐対象、まだ狩れてませんよね?」


「そっちは出来たらいいなー、くらいだったから」


「そうなんですか?」


「今日の目標は実戦経験を積むこと」


 セネトが笑う。


「さっきの戦いで、嫌ってほど刻まれたでしょ?」


「…………」


 チャミナの脳裏に蘇る。


 殺意。


 恐怖。


 肌が粟立つような緊張感。


 一歩間違えれば。


 二度と生還できなかった。


 今までの人生で、一度も味わったことのない経験。


 それはもう。


 身体の奥まで、刻み込まれていた。


「でも……」


 チャミナは弓を握る。


「ギルドの一員として」


 そして。


「受けたクエストは、最後までやり遂げたいです」


「へぇ……」


 セネトが目を細める。


 恐怖を知らない者が、勇者なのではない。


 恐怖を知った上で。


 それでも前へ進もうとする者こそ――。


「それなら」


 セネトが森の奥を指差した。


「もうちょっと奥まで行ってみようか」


「はい!」


 二人は森の奥へ進んでいく。


 そして。


 しばらく歩いたところで。


「……運が良いのか、悪いのか」


「?」


 セネトが立ち止まる。


「あそこ、見てみなよ」


「……?」


 木々の隙間から見えたのは――。


「……なんですか、あれ」


 体長およそ二メートル。


 全身を硬い毛皮で覆った巨大な猪。


 その周囲を。


 狼型の魔物の群れが取り囲んでいた。


「グルルルァ!!」


 ウルフが飛び掛かる。


 牙が。


 爪が。


 ワイルドボアの身体へ食い込む。


 だが――。


「ぶおおおおおおお!!!」


 ワイルドボアが吠えた。


 次の瞬間。


 ドゴォン!!


 一匹のウルフが木に叩きつけられる。


 さらに身体を反転。


 ブンッ!!


 後ろにいたウルフの頭を前脚で踏み潰す。


「きゃううん!」


 残ったウルフたちは。


 勝ち目がないと判断したのか、一目散に森の奥へ逃げていく。


「がぁふっ! がぁふっ!」


 ワイルドボアは。


 逃げた狼達を追うこともなく。


 その場で倒したウルフの死体を貪り始めた。


「…………」


 チャミナは。


 その光景をじっと見つめる。


「……やっぱ帰りません?」


「プライド何処行ったのー!」


 セネトがゲラゲラと笑った。


「さっきまであんなにカッコよかったのに!」


「いや無理でしょあれ!!」


「ハッハッハ!」


「笑ってないで帰りましょうよ!!」


「いやー、それも難しいんじゃないかな?」


「なんで!」


「そりゃ――」


 セネトが後ろを指差す。


「こんだけ騒いでたらね」


「……?」


 振り返る。


 そこには。


 先ほどの戦闘で気が立っていたのか。


 あるいは、食事を邪魔されたことが気に障ったのか。


 この一帯のヌシ。


 そう呼ぶに相応しい巨体が――。


 猛烈な勢いで迫ってきていた。


 ドドドドドドドドド!!


「……」


「……」


 チャミナとセネト。


 顔を見合わせる。


 ワイルドボア・ジャイアント【ランクD】


「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ー!!!!」


「どうやら」


 セネトが笑う。


「運が悪い方だったみたいだねー」


「笑ってる場合じゃないですよぉ!!」


 二人は全力で走った。


 走った。


 走ったが――。


 ドドドドドドドドド!!


「速ぇぇぇぇぇ!!」


 当然。


 猪の脚力に、人間が勝てるはずもない。


 あっという間に距離を詰められる。


「きゃあぁぁぁぁ!!!」


「ぐわぁぁぁぁ!!!!」


「セネトさーーーん!!!」


「お腹が空いてきたーーー!!!」


「朝飯私が食べちゃいましたからね!」


「ごめんなさいね!でも今言うことじゃねー!!」


 ズドォォォォン!!


「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ワイルドボアの突進。


 セネトの身体が宙を舞う。


「セネトさーーーん!!」


 チャミナが振り返る。


「ど、どうすれば……!」


 その時。


「――チャミナ」


「えっ?」


 空中で。


 セネトが笑った。


「一回だけ、チャンスをあげるよ」


「……え?」


「ちゃんと仕留めてね」


「えっ!?」


 キラリ。


 セネトの左手。


 そこに嵌められた指輪が。


 淡い光を放つ。


 ――瞬間。


 ピタッ。


「……え?」


 宙に浮いたセネトの身体が。


 止まった。


 そして。


 突進していたワイルドボアも。


 止まった。


「…………」


 否。


 止まったのは、二人だけではない。


 風も。


 木々も。


 舞い上がった土埃さえも。


 すべてが。


 まるで――。


 時間そのものが凍りついたかのように。


 その場で静止していた。


 矢を番える。


 弓を引き絞る。


 狙うは――。


 皮膚の厚い胴体ではない。


 急所の密集する頭部。


「……ここ!」


 ヒュッ!


 矢が飛ぶ。


 だが。


 眉間に突き刺さる直前。


 ピタッ。


「……」


 止まった。


「……え?」


 矢が。


 空中で静止している。


「そっか。時間が止まってるんだった」


 チャミナは納得した。


 ならば。


 次。


 ギリッ。


 側頭部。


 ヒュッ!


 ピタッ。


「よし」


 さらに。


 ギリギリまで近づいて――。


 喉元。


 ヒュッ!


 ピタッ。


「……」


 チャミナは腕を下ろした。


「いや、いつまで止まってるのこれ!!」


 当然。


 返事はない。


「おーい!」


 セネトは空中で静止したままだ。


「もう弓放ちましたカラー!」


「…………」


「っていうか」


 チャミナは上を見る。


「このまま効果が切れたら、頭から落ちるけど……」


 セネトの身体は。


 見事なまでに逆さまだった。


「この人大丈夫なんだろうか……」


 しばらく待つ。


「…………」


 動かない。


「おーい!」


 返事はない。


「もういいや」


 チャミナはセネトへ近づいた。


「指輪抜いたら効果切れるかな……?」


 そっと。


 左手に嵌められた指輪へ触れる。


 ――パキッ。


「え?」


 超常の力を秘めたリングが。


 音もなく。


 崩れ去った。


「…………」


 ドスン!


 セネトが頭から地面に落ちた。


「首がぁぁぁぁぁ!!!」


「あっ」


 チャミナが目を丸くする。


「大丈夫じゃなかった」


「ぶもぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 その瞬間。


 三本の矢が。


 一斉に動き出した。


 ズドッ!!


 ズドッ!!


 ズブァッ!!


 一本は眉間。


 一本は側頭部。


 そして一本は――喉元。


「ぶもおおおおおおおお!!!」


 血飛沫が舞う。


 頭部を削ぎ。


 喉を抉り。


 矢はそのまま巨大な身体を貫いた。


「や、やった……?」


 チャミナが息を呑む。


 だが。


「……」


 ワイルドボアは。


 倒れない。


「え?」


 ゆっくりと。


 巨体が持ち上がる。


 血を流しながら。


 傷口から大量の血を撒き散らしながら。


 それでも。


「ぶ……」


 その瞳から。


 闘志は消えていなかった。


「ぶおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 森の主が。


 咆哮する。


「うそ……」


 チャミナの手が。


 弓を握り直す。


 ――まだ終わっていない。


 この戦いは。


 ここからだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。