十二時を過ぎても
十二時を過ぎても
三十四歳。
バツイチ。
恋愛はもういい。
そう思っていた。
結婚もした。
離婚もした。
好きだけじゃ続かないことも知った。
人は変わるし。
気持ちも変わる。
だから今さら恋愛なんて面倒だった。
休日は一人で過ごす。
仕事をして。
飯を食って。
寝る。
それで十分だった。
そう思っていた。
「店長!」
彼女が来るまでは。
ファミレスのアルバイト。
春に入った新人。
佐倉ひまり。
十八歳。
専門学校一年生。
明るくて。
よく笑って。
よく喋る。
そして。
とにかく恋愛ドラマが好きだった。
「絶対あると思うんですよ」
「何が」
「運命の恋です」
「ない」
「あります!」
「ない」
「あります!」
毎回これだった。
休憩室。
閉店後。
暇な時間。
ひまりは恋愛の話ばかりしていた。
「白馬の王子様とか」
「いない」
「運命の再会とか」
「ない」
「ドラマみたいな告白とか」
「ない」
「夢がない!」
夢がないんじゃない。
現実を知っているだけだ。
「店長ってなんで離婚したんですか?」
ある日。
ひまりが聞いた。
あまりにも自然に。
コーヒーを吹きそうになった。
「聞くか普通」
「気になるので」
「デリカシー」
「すみません」
全然反省していない顔だった。
俺は苦笑する。
「別に大した話じゃない」
「うん」
「お互い好きだった」
「うん」
「でも続かなかった」
ひまりは黙った。
「それだけ」
少しだけ。
空気が静かになる。
だが。
「それでも」
ひまりが言う。
「また好きになったらどうするんですか」
「ならない」
「なんで」
「面倒だから」
「嘘です」
即答だった。
「なんで分かる」
「そんな顔してないから」
夏。
花火大会の日。
シフト終わり。
店を出ると。
ひまりがいた。
浴衣姿だった。
「どうした」
「友達にドタキャンされました」
「かわいそうに」
「かわいそうです」
本当にかわいそうだった。
でも。
泣きそうな顔はしていない。
「花火」
ひまりが空を見る。
「一人で見るの寂しいです」
少しだけ沈黙。
「店長」
「ん?」
「付き合ってください」
心臓が跳ねた。
言葉だけ聞けば誤解する。
だが。
「花火に」
ひまりは笑った。
「花火にな」
「残念そうですね」
「気のせいだ」
嘘だった。
河川敷。
夜空に花火が咲く。
ひまりは子供みたいにはしゃいでいた。
「綺麗」
「ああ」
「店長」
「ん?」
「私ね」
花火を見ながら言う。
「シンデレラって好きなんです」
「知ってる」
「でも」
ひまりは少し笑った。
「最近思うんです」
「何を」
「王子様が迎えに来るの待ってるだけじゃ駄目だなって」
花火が弾ける。
赤。
青。
金色。
その光が彼女を照らしていた。
「好きなら」
ひまりが続ける。
「自分から行かなきゃ」
嫌な予感がした。
たぶん。
当たっている。
「店長」
彼女がこちらを見る。
「私、店長のこと好きです」
やっぱり。
そう来たか。
帰り道。
俺たちは並んで歩いていた。
「返事は」
「今じゃなくていいです」
ひまりが先に言った。
「どうせ振られるし」
「分かってるなら言うな」
「言いたかったので」
困ったやつだ。
本当に。
困ったやつだ。
「店長」
「ん?」
「私、王子様待つのやめたんです」
ひまりが笑う。
「だから後悔してません」
駅に着く。
電車が来る。
ドアが開く。
「じゃあ」
ひまりが乗り込む。
「おやすみなさい」
「ああ」
「店長」
「なんだ」
「恋、諦めないでくださいね」
ドアが閉まる。
電車が動き出す。
ひまりは最後まで笑っていた。
その夜。
帰宅して。
一人で缶ビールを開ける。
テレビもつけない。
静かな部屋。
ふと。
スマホを見る。
ひまりからメッセージが届いていた。
『十二時を過ぎても、魔法が解けない恋もあると思います』
思わず笑った。
シンデレラ症候群。
夢見がちで。
馬鹿みたいに真っ直ぐで。
現実なんて知らなくて。
そう思っていた。
でも。
もしかすると。
夢を見なくなったのは、俺の方だったのかもしれない。
返信画面を開く。
しばらく考えて。
ゆっくり文字を打った。
『今度、飯でも行くか』
送信。
数秒後。
『はい!』
即返信だった。
思わず吹き出す。
窓の外では。
花火の最後の音が、まだ遠くで響いていた。




