特別じゃない
特別じゃない
私は人と話すのが苦手だ。
苦手というか。
怖い。
何を話せばいいか分からない。
変なことを言ったらどうしよう。
嫌われたらどうしよう。
そんなことばかり考えてしまう。
だから友達も少ない。
昼休みは一人で本を読む。
それが普通だった。
高校二年の春までは。
「おはよー!」
朝。
教室に響く大きな声。
佐伯陽斗。
クラスの人気者。
男子とも女子とも仲が良くて。
先生とも仲が良くて。
知らない人とも仲良くなれる人。
私とは正反対の人だった。
「神崎、おはよ」
「ひゃっ」
突然話しかけられて変な声が出た。
陽斗は笑う。
「驚きすぎ」
「ご、ごめん」
「なんで謝るの」
こういうところだ。
普通に話しかけてくる。
普通に笑う。
普通に隣へ来る。
それが私には難しい。
気付けば陽斗は毎日話しかけてきた。
「本好きなん?」
「う、うん」
「おすすめある?」
「え」
「読む」
本当に読んだ。
翌週には感想まで言ってきた。
「面白かった」
その一言が嬉しくて。
私はまた別の本を貸した。
好きになったのはいつだろう。
たぶん。
気付いたら好きだった。
でも。
最初から分かっていた。
無理だと。
陽斗は誰にでも優しい。
私だけじゃない。
クラスの女子にも。
後輩にも。
先生にも。
売店のおばちゃんにまで。
みんな笑顔になる。
だから。
勘違いしちゃいけない。
そう思っていた。
文化祭の日。
私は図書委員の当番だった。
廊下を歩いていると。
陽斗の声が聞こえた。
「陽斗くーん!」
女子が駆け寄る。
「写真撮ろー!」
「いいよー」
笑顔。
いつもの笑顔。
楽しそうな声。
私は立ち止まった。
胸が少し痛い。
分かっていたはずなのに。
分かっていたからこそ痛かった。
放課後。
校舎裏。
一人で本を読んでいた。
読めていなかったけど。
「見つけた」
聞き慣れた声。
顔を上げる。
陽斗だった。
「なんでここ」
「探した」
「え」
「教室いなかったから」
当たり前みたいに言う。
そんなこと。
普通する?
「どうしたの」
陽斗が聞く。
「何も」
「嘘」
「……」
「俺、何かした?」
優しい声だった。
だから余計に苦しい。
「みんなに優しいよね」
気付いたら言っていた。
陽斗が目を瞬く。
「そう?」
「そうだよ」
声が少し震える。
「私だけじゃない」
言った瞬間。
終わったと思った。
こんなの告白みたいじゃないか。
穴があったら入りたい。
だが。
陽斗は数秒黙って。
ぽりぽりと頭を掻いた。
「やっと分かった」
「え?」
「神崎さ」
陽斗が苦笑する。
「嫉妬してた?」
顔が熱くなる。
死ぬ。
今すぐ死ぬ。
「ち、違」
「違わないでしょ」
陽斗は笑った。
でも。
その笑顔はいつもと少し違った。
「安心して」
「え?」
「俺、神崎には特別優しいから」
思考が止まる。
「本貸してくれるし」
「それは」
「話すと面白いし」
「面白くない」
「俺は好きだけど」
世界が静かになった。
風の音しかしない。
「神崎」
陽斗が少し照れたように笑う。
「俺、結構前から好きだよ」
その日。
私は人生で初めて。
本を落とした。
しかも顔を真っ赤にしながら。
陽斗はそんな私を見て、しばらく笑いが止まらなかった。




