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キュンスト  作者: 元 智


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最後の予約

最後の予約


 その喫茶店には月に一度だけ来る客がいた。


 毎月十五日。


 午後三時。


 窓際の二人席。


 必ず予約を入れる。


 もう三年になる。


「いらっしゃいませ」


 俺が声を掛けると、彼女はいつも通り微笑んだ。


「こんにちは」


 名前は美咲さん。


 三十代前半くらいだろうか。


 綺麗な人だった。


 左手の薬指には指輪。


 予約は二名。


 だけど。


 いつも一人だった。


「こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


 窓際の席へ案内する。


 彼女は向かい側の席にもメニューを置く。


 最初は不思議だった。


 誰か来るのかと思った。


 でも来ない。


 三年間、一度も。


 彼女は二人分のコーヒーを頼む。


 二人分のケーキを頼む。


 そして一時間ほど過ごして帰る。


 毎月。


 欠かさず。


「気になる?」


 店長に言われたのは、一年ほど前だった。


「まあ」


「聞かないの?」


「聞けないですよ」


 そんな事情に踏み込めるほど無神経じゃない。


 店長は苦笑した。


「そうだな」


 そして。


 ぽつりと言った。


「旦那さんだよ」


「え?」


「来ない客」


 俺は言葉を失った。


「亡くなったらしい」


 窓際を見る。


 美咲さんが笑っていた。


 誰もいない席へ向かって。


 まるで本当に誰かいるみたいに。


 それからだった。


 俺が十五日を待つようになったのは。


 別に恋じゃない。


 たぶん。


 でも気になっていた。


 幸せそうに笑う彼女が。


 どこか寂しそうにも見えたから。


 そして。


 三年目の冬。


 十五日。


 雪が降っていた。


 だが美咲さんは来なかった。


 初めてだった。


 予約もない。


 店長も少し心配していた。


 翌月も来なかった。


 その次も。


 春になった。


 窓際の席は空いたままだった。


 六月。


 一人の女性が店を訪れた。


 見覚えがあった。


 美咲さんに少し似ている。


「すみません」


 彼女は言った。


「姉がお世話になっていた喫茶店ですよね」


 嫌な予感がした。


 女性は小さく頭を下げる。


「姉、亡くなったんです」


 言葉が出なかった。


「病気で」


 静かな声だった。


「最後まで、この店の話をしていました」


 彼女はバッグから封筒を取り出す。


「もしまだお店があったら渡してほしいって」


 閉店後。


 店長と二人で封筒を開いた。


 中には短い手紙が入っていた。


『毎月、席を用意してくださってありがとうございました』


『主人と過ごした大切な場所でした』


『また会えたら、次はちゃんと二人で予約します』


 そこまで読んで。


 店長は眼鏡を外した。


 俺も何も言えなかった。


 今でも。


 毎月十五日になると。


 窓際の席を見ることがある。


 もちろん誰もいない。


 だけど。


 春の光が差し込む午後。


 ふとした瞬間。


 向かい合って笑う二人の姿が見えた気がすることがある。


 気のせいだ。


 たぶん。


 でも。


 それでいいと思っている。


 あの席はきっと。


 今でも二人のものだから。

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