コンビニ午前二時
コンビニ午前二時
午前二時。
コンビニの店内には、いつも同じ音楽が流れていた。
客は少ない。
来ても数分で帰る。
だから深夜勤務は退屈だ。
大学二年の俺にとって、この時間は課題を考えたり、ぼんやり将来を不安に思ったりする時間でもあった。
自動ドアが開く。
来客を知らせるチャイム。
俺は反射的に顔を上げた。
そして少しだけ背筋を伸ばす。
来た。
また来た。
深夜二時。
週に三回くらい。
ほぼ同じ時間。
黒いパーカー。
長い髪。
いつも眠そうな顔。
だけど妙に綺麗な人。
名前は知らない。
年齢も知らない。
ただ、毎回買うものだけは知っている。
ホットカフェラテ。
チョコレート。
ミントタブレット。
毎回同じ。
驚くほど同じ。
彼女は商品を持ってレジへ来る。
「お願いします」
静かな声。
「はい」
いつも通り。
それだけ。
それ以上はない。
なのに。
気付けば彼女が来る時間を覚えていた。
来ない日は少し気になった。
来ると少し嬉しかった。
たぶん俺は。
彼女が好きだった。
名前も知らないくせに。
ある雨の日だった。
外は土砂降り。
店の窓を雨粒が叩いている。
午前二時十分。
自動ドアが開く。
彼女だった。
でも。
今日は様子がおかしい。
傘を持っていない。
髪も服も濡れている。
レジへ来ても元気がない。
「大丈夫ですか?」
思わず聞いてしまった。
初めてだった。
俺から話しかけたのは。
彼女は少し驚いた顔をした。
「え?」
「あ、いや」
やばい。
余計なこと言った。
店員と客だぞ。
「ずぶ濡れだったので」
慌てて付け足す。
すると彼女は数秒黙って。
小さく笑った。
「大丈夫です」
でも。
その笑顔は少し無理をしているように見えた。
レジを終える。
彼女は出口へ向かう。
外はまだ大雨だ。
その時だった。
「……あ」
彼女が立ち止まる。
「どうしました?」
「傘」
「忘れたんですか?」
「職場に」
困ったように笑う。
そこで初めて知った。
働いている人なんだ。
なんとなく大学生くらいかと思っていた。
「少し待っててください」
気付けばそう言っていた。
バックヤードへ走る。
そして。
俺の折りたたみ傘を持って戻った。
「これ」
「え?」
「使ってください」
「いや、でも」
「俺、朝まで勤務なんで」
半分嘘だった。
本当はあと一時間で終わる。
でも、この人を雨の中に出したくなかった。
彼女は傘と俺を見比べる。
そして。
「じゃあ」
少し笑った。
「借ります」
三日後。
午前二時。
自動ドアが開く。
彼女が来た。
そしてレジへ来るなり。
「返します」
折りたたみ傘を差し出した。
「ありがとうございました」
「いえ」
「助かりました」
そう言って頭を下げる。
俺は受け取ろうとして。
違和感に気付いた。
傘に何か付いている。
小さな紙。
メモだった。
「それ」
彼女が言う。
「帰ってから見てください」
そして。
いつものカフェラテを持って去っていく。
俺は勤務中ずっと気になっていた。
朝。
帰宅して。
部屋でメモを開く。
そこには綺麗な字で書かれていた。
『いつも見てました』
心臓が止まりそうになる。
続きがあった。
『毎回、私が来る時間になると少し姿勢が良くなる店員さん』
顔が熱くなる。
全部バレていた。
さらに下。
『もし迷惑じゃなければ』
そして。
電話番号。
最後に一言。
『今度はコンビニ以外で会いませんか?』
しばらく動けなかった。
スマホとメモを何度も見比べる。
夢じゃない。
本物だ。
窓の外では朝日が昇り始めていた。
眠気なんて吹き飛んでいた。
たぶん今日だけは。
誰よりも早く目が覚めていたと思う。




