推し
推し
恋なんてしないと思っていた。
少なくとも私はそう思っていた。
だって無理なのだ。
男子と話すのが苦手だから。
というより怖い。
中学生の頃、クラスの男子達にからかわれたことがあった。
大したことじゃない。
今思えば本当にくだらないことだった。
でも当時の私は傷付いた。
それ以来、男子が苦手になった。
話しかけられると緊張する。
目を合わせられない。
何を話していいか分からない。
だから恋愛なんて最初から諦めていた。
その代わり。
アニメは好きだった。
ゲームも好きだった。
推しもいた。
画面の中の王子様達は優しい。
変に気を遣わなくていい。
傷付けられることもない。
だから私は思っていた。
きっと私は二次元にしか恋できない人間なんだろうな、と。
「おはよう」
そんな私に毎朝話しかけてくる男子がいる。
神谷悠真。
幼馴染。
家は隣同士。
小さい頃から一緒だった。
「……おはよ」
唯一まともに話せる男子でもある。
もっとも。
悠真は特殊だ。
幼馴染というより半分家族みたいなものだから。
男子というカテゴリーから除外されている。
たぶん。
きっと。
おそらく。
「昨日のアニメ見た?」
「見た」
そう答えると、悠真は笑った。
「また推し死んでたな」
「やめて」
「泣いた?」
「泣いた」
「だろうな」
ひどい。
でも事実だった。
悠真は昔からこんな感じだった。
自然体で。
気を遣わせなくて。
一緒にいると楽だった。
だから気付かなかった。
周囲から見れば。
悠真がどれだけ特別なのか。
「神谷くん!」
廊下から声が聞こえる。
女子だった。
しかも可愛い。
悠真が振り返る。
「今日のお昼一緒に――」
「あー、ごめん」
断った。
即答だった。
女子が固まる。
そのまま去っていく。
私は見なかったことにした。
三日に一回くらい見る光景だからだ。
悠真はモテる。
すごくモテる。
顔もいい。
背も高い。
運動もできる。
性格も悪くない。
告白される回数なんて数え切れないと思う。
なのに。
誰とも付き合わない。
「もったいなくない?」
帰り道。
何気なく聞いてみた。
「何が?」
「彼女」
「別に」
興味なさそうだった。
「好きな人いないの?」
「いるけど」
心臓が止まりそうになった。
「え?」
「いる」
さらっと言う。
衝撃だった。
初耳だった。
だって。
ずっといないと思っていたから。
「誰?」
「教えない」
「なんで」
「教えたら終わるかもしれないし」
意味が分からなかった。
でも。
なぜか胸の奥が少し苦しくなった。
その日からだった。
妙に気になるようになったのは。
悠真の好きな人。
誰だろう。
同じクラス?
部活の子?
後輩?
考えるたびに嫌な気分になる。
おかしい。
別に私には関係ないはずなのに。
ある日の放課後。
私は図書室にいた。
新刊のラノベを読んでいると、向かい側に誰かが座る。
顔を上げる。
悠真だった。
「また来たの?」
「また来た」
最近よく来る。
別に本好きでもないのに。
「暇なの?」
「暇じゃない」
「じゃあ何」
悠真は少しだけ黙った。
そして。
「ずっと隣にいたから」
と言った。
「え?」
「好きって気付くの遅れた」
意味を理解するのに数秒かかった。
その間。
悠真は真っ直ぐこちらを見ていた。
逃げ道なんて一つもない。
「俺の好きな人、お前だよ」
頭が真っ白になる。
あり得ない。
だって。
モテるのに。
私なんか。
男子と話すのも苦手で。
オタクで。
可愛くもなくて。
「なんで……」
ようやく出た声はそれだけだった。
悠真は困ったように笑う。
「それ、俺の台詞」
「え?」
「お前、推しの話してる時の顔、俺には見せるじゃん」
心臓が跳ねる。
「笑う時も」
「……」
「泣く時も」
「……」
「嬉しい時も」
悠真は少しだけ照れたように視線を逸らした。
「そういうの全部見てたら好きになった」
反則だと思った。
そんなこと言われたら。
今までずっと勘違いしていたことに気付いてしまう。
二次元しか好きになれないんじゃなかった。
男子が苦手だったんじゃなかった。
私は。
ずっと前から。
この幼馴染だけは特別だったのだ。
窓から夕日が差し込む。
図書室には他に誰もいない。
静かな時間の中で。
私は初めて、自分の気持ちを認めた。
「……私も」
声が震える。
「たぶん、ずっと好きだった」
悠真の目が少しだけ大きくなる。
それから。
今まで見た中で一番嬉しそうに笑った。
その瞬間。
推しより格好いいかもしれないと思ったことは、たぶん一生秘密にしておこうと思った。




