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キュンスト  作者: 元 智


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16/17

推し

推し


 恋なんてしないと思っていた。


 少なくとも私はそう思っていた。


 だって無理なのだ。


 男子と話すのが苦手だから。


 というより怖い。


 中学生の頃、クラスの男子達にからかわれたことがあった。


 大したことじゃない。


 今思えば本当にくだらないことだった。


 でも当時の私は傷付いた。


 それ以来、男子が苦手になった。


 話しかけられると緊張する。


 目を合わせられない。


 何を話していいか分からない。


 だから恋愛なんて最初から諦めていた。


 その代わり。


 アニメは好きだった。


 ゲームも好きだった。


 推しもいた。


 画面の中の王子様達は優しい。


 変に気を遣わなくていい。


 傷付けられることもない。


 だから私は思っていた。


 きっと私は二次元にしか恋できない人間なんだろうな、と。


「おはよう」


 そんな私に毎朝話しかけてくる男子がいる。


 神谷悠真。


 幼馴染。


 家は隣同士。


 小さい頃から一緒だった。


「……おはよ」


 唯一まともに話せる男子でもある。


 もっとも。


 悠真は特殊だ。


 幼馴染というより半分家族みたいなものだから。


 男子というカテゴリーから除外されている。


 たぶん。


 きっと。


 おそらく。


「昨日のアニメ見た?」


「見た」


 そう答えると、悠真は笑った。


「また推し死んでたな」


「やめて」


「泣いた?」


「泣いた」


「だろうな」


 ひどい。


 でも事実だった。


 悠真は昔からこんな感じだった。


 自然体で。


 気を遣わせなくて。


 一緒にいると楽だった。


 だから気付かなかった。


 周囲から見れば。


 悠真がどれだけ特別なのか。


「神谷くん!」


 廊下から声が聞こえる。


 女子だった。


 しかも可愛い。


 悠真が振り返る。


「今日のお昼一緒に――」


「あー、ごめん」


 断った。


 即答だった。


 女子が固まる。


 そのまま去っていく。


 私は見なかったことにした。


 三日に一回くらい見る光景だからだ。


 悠真はモテる。


 すごくモテる。


 顔もいい。


 背も高い。


 運動もできる。


 性格も悪くない。


 告白される回数なんて数え切れないと思う。


 なのに。


 誰とも付き合わない。


「もったいなくない?」


 帰り道。


 何気なく聞いてみた。


「何が?」


「彼女」


「別に」


 興味なさそうだった。


「好きな人いないの?」


「いるけど」


 心臓が止まりそうになった。


「え?」


「いる」


 さらっと言う。


 衝撃だった。


 初耳だった。


 だって。


 ずっといないと思っていたから。


「誰?」


「教えない」


「なんで」


「教えたら終わるかもしれないし」


 意味が分からなかった。


 でも。


 なぜか胸の奥が少し苦しくなった。


 その日からだった。


 妙に気になるようになったのは。


 悠真の好きな人。


 誰だろう。


 同じクラス?


 部活の子?


 後輩?


 考えるたびに嫌な気分になる。


 おかしい。


 別に私には関係ないはずなのに。


 ある日の放課後。


 私は図書室にいた。


 新刊のラノベを読んでいると、向かい側に誰かが座る。


 顔を上げる。


 悠真だった。


「また来たの?」


「また来た」


 最近よく来る。


 別に本好きでもないのに。


「暇なの?」


「暇じゃない」


「じゃあ何」


 悠真は少しだけ黙った。


 そして。


「ずっと隣にいたから」


 と言った。


「え?」


「好きって気付くの遅れた」


 意味を理解するのに数秒かかった。


 その間。


 悠真は真っ直ぐこちらを見ていた。


 逃げ道なんて一つもない。


「俺の好きな人、お前だよ」


 頭が真っ白になる。


 あり得ない。


 だって。


 モテるのに。


 私なんか。


 男子と話すのも苦手で。


 オタクで。


 可愛くもなくて。


「なんで……」


 ようやく出た声はそれだけだった。


 悠真は困ったように笑う。


「それ、俺の台詞」


「え?」


「お前、推しの話してる時の顔、俺には見せるじゃん」


 心臓が跳ねる。


「笑う時も」


「……」


「泣く時も」


「……」


「嬉しい時も」


 悠真は少しだけ照れたように視線を逸らした。


「そういうの全部見てたら好きになった」


 反則だと思った。


 そんなこと言われたら。


 今までずっと勘違いしていたことに気付いてしまう。


 二次元しか好きになれないんじゃなかった。


 男子が苦手だったんじゃなかった。


 私は。


 ずっと前から。


 この幼馴染だけは特別だったのだ。


 窓から夕日が差し込む。


 図書室には他に誰もいない。


 静かな時間の中で。


 私は初めて、自分の気持ちを認めた。


「……私も」


 声が震える。


「たぶん、ずっと好きだった」


 悠真の目が少しだけ大きくなる。


 それから。


 今まで見た中で一番嬉しそうに笑った。


 その瞬間。


 推しより格好いいかもしれないと思ったことは、たぶん一生秘密にしておこうと思った。

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