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キュンスト  作者: 元 智


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嘘つき女と正直すぎる男

嘘つき女と正直すぎる男


 白石七海は嘘が得意だった。


 いや、正確には少し違う。


 嘘をつくしかなかった。


 昔からそうだった。


「大丈夫?」


 と聞かれたら、


「大丈夫」


 と答える。


 本当は大丈夫じゃなくても。


「怒ってる?」


 と聞かれたら、


「全然」


 と笑う。


 本当は怒っていても。


 相手を困らせたくなかった。


 空気を悪くしたくなかった。


 だから本音を飲み込む。


 その結果、周りからは優しい人だと言われた。


 気遣いができる人だと言われた。


 でも。


 たまに思う。


 今みんなが好きなのは、本当の私なんだろうかと。


 大学二年の春。


 そんな七海の前に現れたのが最悪の男だった。


「似合ってませんね」


 第一声がそれだった。


 新歓の打ち上げ。


 七海が切ったばかりの前髪を見て、その男は真顔でそう言ったのだ。


「……え?」


「前の方が良かったです」


 周囲が凍った。


 七海も固まった。


 だが本人だけが平然としている。


「すみません。思ったこと言いました」


 それが東條湊との出会いだった。


 同じ学部の有名人。


 成績優秀。


 顔もいい。


 背も高い。


 女子人気も高い。


 なのに彼女がいない。


 理由は簡単だった。


 口が悪い。


 いや、正確には違う。


 正直すぎるのだ。


「その服どう?」


 と聞かれれば、


「普通です」


 と答える。


「私って可愛いかな?」


 と聞かれれば、


「上位二割くらいです」


 と答える。


 なぜそんな細かい評価なのか。


 本人にも分からないらしい。


 七海は彼が苦手だった。


 話していて落ち着かない。


 なにせ嘘をつかない。


 社交辞令も言わない。


 気を遣わない。


 だから怖かった。


 ところが不思議なことに、大学生活を送るうちに接点が増えていった。


 同じゼミ。


 同じ講義。


 同じ友人グループ。


 嫌でも顔を合わせる。


 そして気付く。


 この男、本当に嘘をつかない。


 ある日、ゼミの発表で七海は失敗した。


 緊張で言葉が飛んだ。


 質疑応答でも答えられなかった。


 落ち込んでいた。


 帰り道、一人で歩いていると後ろから声が掛かった。


「今日の発表」


 湊だった。


「駄目でしたね」


 やっぱり嫌いだ。


 七海は思った。


 ところが次の言葉は予想外だった。


「でも内容は一番良かったです」


 七海は足を止めた。


「え?」


「説明は失敗してました」


「うん……」


「でも調査量は一番でした」


 湊はいつもの無表情だった。


「だから次は上手くいきます」


 慰めじゃない。


 励ましでもない。


 事実だけを言っている。


 それが分かった。


 だから不思議と嬉しかった。


 その日からだった。


 七海が少しずつ湊を目で追うようになったのは。


 夏になった。


 七海はサークルの先輩に告白された。


 優しい人だった。


 断る理由もなかった。


 だから。


「少し考えさせてください」


 と答えた。


 本当は断るつもりだった。


 でも相手を傷付けたくなかった。


 だから即答できなかった。


 その話を友人経由で聞いたらしい湊が、翌日珍しく不機嫌そうな顔をしていた。


「付き合うんですか」


 突然聞かれる。


「まだ分からない」


「好きなんですか」


「それも分からない」


「考えるんですか?」


「……」

 

七海は少しむっとした。


「そんな簡単じゃないの」


「簡単です」


「違うよ」


「違いません」


 湊は珍しく強い口調だった。


「好きでもないのに付き合う方が失礼です」


「考えもしないのに、答えは出てるのに、その場で正直に言えないから、答えを先送りにしてるだけなんじゃないですか?」

 

その言葉に、七海は何も言えなくなった。


 図星だったからだ。


 誰も傷付けたくなくて。


 嫌われたくなくて。


 だから曖昧にしてきた。


 でも。


 一番失礼だったのは自分かもしれない。


 その日の帰り道。


 夕焼けが街を赤く染めていた。


 七海は小さく息を吐く。


「私ね」


 隣を歩く湊が見る。


「本音言うの苦手なんだ」


「知ってます」


「知ってたの?」


「全部顔に出てるので」


 恥ずかしくて死にそうだった。


 湊は続ける。


「いつも笑ってますけど」


「うん」


「無理してる時の方が多いですよね」


 胸が苦しくなる。


 見抜かれていた。


 ずっと。


 誰にも気付かれないと思っていたのに。


「なんで分かるの」


「見てたので」


 さらりと言う。


 七海の心臓が跳ねた。


「え?」


「好きな人くらい見ます」


 今度は頭が真っ白になった。


 湊は少しだけ目を逸らした。


 たぶん照れている。


 初めて見た。


 そんな顔。


「だから」


 そして真っ直ぐこちらを見る。


「僕はずっと貴方が好きです」


「これはただの正直な気持ちです」


 夕焼けの中。


 七海は思った。


 この人には敵わない。


 ずっと嘘をついてきた。


 空気を読んできた。


 本音を隠してきた。


 でも。


 この人の前では全部見抜かれてしまう。


 だから。


 初めて素直に言えた。


「私も」


 声が少し震える。


「たぶん、ずっと好きだった」


 その瞬間だけ。


「たぶんってとこが、正直でいいと思いますよ」


 正直すぎる男は、少しだけ嬉しそうに笑った。


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