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キュンスト  作者: 元 智


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12/17

祝福

祝福


 最初から分かっていた。


 勝ち目なんてないことくらい。


「見て見て」


 彼女がスマホを差し出す。


 画面には指輪の写真。


 細い指に光る銀色。


「綺麗でしょ?」


 嬉しそうな笑顔。


 俺はコーヒーを飲みながら頷いた。


「似合ってる」


「でしょ!」


 彼女は満足そうに笑った。


 その笑顔を見ながら。


 胸の奥が少しだけ痛む。


 美和とは会社の同期だった。


 入社して七年。


 飲みに行った回数も数え切れない。


 相談もされた。


 愚痴も聞いた。


 誕生日も知っている。


 好きな映画も。


 好きな食べ物も。


 休日の過ごし方も。


 たぶん。


 恋人より知っている。


 でも。


 俺は同期だった。


 それ以上じゃなかった。


「結婚式来てね」


 美和が言う。


「断ったら?」


「泣く」


「嘘つけ」


「半分本当」


 笑う。


 昔からそうだった。


 美和は人を笑わせるのが上手い。


 婚約者にも会ったことがある。


 いい人だった。


 優しいし。


 誠実だし。


 仕事もできる。


 悔しいけど。


 文句の付けようがなかった。


 だから余計に。


 何も言えなかった。


 好きだ。


 ずっと。


 たぶん三年くらい前から。


 いや。


 もっと前かもしれない。


 気付いた時には好きだった。


 でも。


 言わなかった。


 言えば何か変わったかもしれない。


 そう思う夜もある。


 だけど。


 言ったところで困らせるだけだ。


 婚約者がいて。


 幸せそうで。


 未来が決まっている人に。


 何を言うんだ。


 だから。


 言わなかった。


 結婚式当日。


 快晴だった。


 空が腹立つくらい青い。


 チャペル。


 バージンロード。


 白いドレス。


 拍手。


 笑顔。


 綺麗だった。


 本当に。


 言葉が出ないくらい。


 彼女は幸せそうだった。


 隣の男も。


 家族も。


 友人も。


 みんな笑っていた。


 だから。


 それで良かった。


 披露宴。


 酒を飲む。


 飲まなきゃやってられない。


「泣いてる?」


 隣の同期が言う。


「飲みすぎだ」


「そういうことにしとく」


 ありがたい。


 何も聞かないでくれる。


 宴も終わりに近付く。


 新婦の手紙。


 両親への感謝。


 会場中が泣いている。


 そして最後。


 退場の前。


 美和がこちらを見た。


 本当に一瞬だった。


 目が合う。


 彼女は笑った。


 入社した頃から変わらない。


 あの笑顔。


 そして。


 小さく口が動いた。


『ありがとう』


 声は聞こえない。


 でも分かった。


 俺は笑う。


 たぶん。


 ちゃんと笑えたと思う。


 式が終わる。


 駅へ向かう。


 ネクタイを緩める。


 スマホが震えた。


 美和からだった。


『来てくれてありがとう』


 短い文章。


 それだけ。


 俺はしばらく画面を見つめて。


 そして返信した。


『幸せになれよ』


 送信。


 既読はすぐ付いた。


『なる』


 一言だった。


 らしいなと思った。


 空を見上げる。


 夕暮れだった。


 初めから。


 叶わない恋だった。


 でも。


 好きになって良かったと思う。


 少なくとも。


 今日だけは。


 そう思えた。

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