招待状
招待状
結婚式の招待状が届いたのは、ある日曜日の午後だった。
差出人の名前を見て、俺はしばらく動けなかった。
春香。
元カノだった。
別れたのは五年前。
喧嘩したわけじゃない。
浮気されたわけでもない。
嫌いになったわけでもない。
ただ。
終わった。
社会人になって。
仕事が忙しくなって。
会う時間が減って。
連絡も減って。
少しずつ。
本当に少しずつ。
恋人じゃなくなっていった。
『好きだけじゃ駄目なんだね』
最後に春香が言った言葉だけは覚えている。
封筒を開く。
白い招待状。
結婚式のお知らせ。
出席。
欠席。
ペンを持ったまま止まる。
正直。
行きたくなかった。
見たくない。
幸せそうな姿なんて。
でも。
行かなかったら。
たぶん一生後悔する気もした。
結局。
出席に丸を付けた。
式当日。
春香は綺麗だった。
悔しいくらい。
隣には見知らぬ男。
背が高くて。
優しそうで。
きっと良い奴なんだろう。
腹立つな。
そう思った瞬間。
少し笑ってしまった。
五年も前に別れた相手に何を言ってるんだ。
披露宴。
友人代表スピーチ。
乾杯。
笑い声。
幸せそうだった。
本当に。
途中。
新婦がお色直しで席を外す。
すると。
「久しぶり」
声がした。
振り向く。
春香だった。
ドレスの裾を少し持ち上げながら立っている。
「抜け出してきたの?」
「少しだけ」
昔と同じ笑顔。
「来てくれてありがとう」
「行くか迷った」
「知ってる」
「なんで」
「だって元カノだもん」
それはそうだ。
二人で少し笑う。
沈黙。
不思議と気まずくない。
「幸せ?」
気付けば聞いていた。
春香は少し驚いて。
それから頷いた。
「うん」
迷いのない返事だった。
その一言で。
何かが終わった気がした。
本当に終わった。
五年前じゃない。
今。
やっと。
「そっか」
「うん」
「良かった」
春香が少し笑う。
「ありがとう」
遠くからスタッフが呼ぶ声。
戻らなきゃいけないらしい。
「じゃあね」
「ああ」
春香は歩き出す。
数歩進んで。
振り返った。
「ねえ」
「ん?」
「私ね」
春香は少し照れたように笑った。
「ちゃんと好きだったよ」
心臓が止まりそうになった。
今さら。
本当に今さらだ。
でも。
「知ってる」
そう答えた。
春香は笑った。
そして今度こそ去っていった。
披露宴が終わる。
帰り道。
空には夕焼け。
スマホを取り出す。
春香の連絡先。
五年間。
消せなかった。
でも。
今日なら消せる気がした。
少しだけ迷う。
そして削除を押した。
確認画面。
はい。
タップ。
それだけ。
本当にそれだけだった。
なのに。
なぜか胸の奥が少し軽くなった。
初恋じゃない。
運命でもない。
ただ。
ちゃんと好きだった人の話。
そして。
ちゃんと終わった恋の話。




