眼球の女神の初恋と失恋
ニトゥラゴラクはいつものように世界のあらゆる場所を旅し、遊んでいた。
ある時、長い長い旅を終えて私邸に帰還する途中、ニトゥラゴラクは人間の姿のガネーシャを目撃した。
宇宙の深淵の如き知性の輝きと慈悲深さを湛えたガネーシャの瞳は、今までニトゥラゴラクが見たどんな物よりも美しく思われた。
一目で心を奪われてしまったニトゥラゴラクは、ガネーシャを一途に思うようになった。
「私はずっと、愛を司る女神であった。父に愛され 人々に愛され、全ての愛を恣にしてきた。
それに私のこの美貌は、太陽の神 と月の神 のあの長い長い争いさえも、平定させた。
だというのに。
…私は、あなた様のその瞳に私の姿を映すのが、あなた様にたった一言でもお声をかけることが、今はただただ 恐ろしいのです。
驚きました。私は愛を司る女神であるはずなのに、たった今まで、その愛のなんたるか、この身は何も知らずに生きてきたのですね……。」
ニトゥラゴラクは父神・シヴァから賜った能力により全てを見通すことができたが、たった一人の愛する者のことだけは、その能力では見通すことができないことを知った。
ガネーシャを見たその日から、ニトゥラゴラクは旅をやめて神々の国に篭もりきりになり、毎日、毎晩、神々の国の最奥で、物陰から密かにガネーシャをじっと見詰め、寝食さえ疎かになり、痩せ細る身体を気にすることもせず、ただただ切なくガネーシャ恋焦がれる日々を過ごした。
ニトゥラゴラクは、いつものようにガネーシャを遠くから見つめるために、私邸を出ていつもの物陰へと足を運んだ。
しかし。
「あ、…ああ……!
これは一体、」
ニトゥラゴラクは呆然とし、地に膝をついた。ニトゥラゴラクの滑らかな膝は岩肌に割れ、真っ赤な血をその地に染み込ませた。
父・シヴァ神によってガネーシャはその馘を切り落とされ、代わりに象頭の姿に成れ果てていたのだ。
眼球の女神は激しい絶望の中、破れかぶれになり私邸へと逃げ帰った。
ニトゥラゴラクは、寝台で泣き伏しながらガネーシャを思った。すると、象の姿のガネーシャがたちまち目の前に浮かんだ。ニトゥラゴラクはガネーシャを「見通して」しまった。他のあらゆるものと同じように……。
あんなにも切なく我が身を焦がした恋心さえ、脆く崩れ去ってしまった。
それに気がついたニトゥラゴラクは、更に絶望の淵へと突き落とされた。
初めての恋を失った深く激しい絶望はやがて業火の如き怒りに変わり、ニトゥラゴラクは凄まじい怒りにうち震えた。
激しい怒りに我を忘れ、眼球の女神は力を解放し、ありとあらゆる世界を破壊した。神々の世界も例外ではなく、天界、地上のあらゆるものが彼女の怒りの前に打ち砕かれていった。ニトゥラゴラクはその猛き神力を以て世界の全てを破壊し尽くし、破壊しては再生し、再生してはまた破壊の限りを尽くした。
何もかも、全て壊れてしまえば良い。そうして私の全ての力を使い切り、精魂尽き果てたその時、私もこのまま、壊れてしまいたい……。
私のこの、かつて身を焦がした恋心と同じように。
〜前編・完〜




