母と娘の壮絶な闘い 〜母の嫉妬と凄まじい呪い〜
皆大好きキャットファイト!!全力で描いてみました
最高神シヴァは苦悩した。
眼球の女神ニトゥラゴラクは今や混沌の化身である。宇宙の維持を司る最高神として、シヴァは動かざるを得なかった。
それがたとえ最愛の娘であろうとも…。
ニトゥラゴラクの力はあまりにも強大で、最高神といえど苦戦を強いられることは明らかであった。何より、ガネーシャの首を切り落とし、そうとは知らず彼女の恋をあっけなく壊したのは他ならぬシヴァ その人であった。
ニトゥラゴラクを武力によって止めることは、シヴァにはどうしても憚られた。
悩みに悩んだシヴァは思い出した。
ガネーシャは、シヴァの妻・パールバティの垢を捏ねて創られた神であったことを。
シヴァが切り落としたその首は、世界中を探し回ったが、ついぞ見つけることができなかった。
しかしパールバティの垢を捏ねて、かつての姿と同じ美しい人間の頭を創り、象の首とすげ替えることができれば……。
ニトゥラゴラクの怒りを鎮めることができるのではないだろうか?
シヴァはパールバティの私邸を訪ねた。
「あらあら これは我が夫 シヴァ様。
随分お久しゅうございますわね。
わざわざこちらに出向いてくださったのは、一体どういうご用件があってのことですか。」
シヴァは若干気まずかった。事実、彼女の私室に入るのは随分と久方ぶりのことだった。
「我が愛しい妻 パールヴァティ、お前に願いがある。これはお前にしか叶えられない願いだ。」
「……と、申しますと?」
シヴァは勢い、ドッと片膝をついて、パールバティに合掌し、頭を下げた。
「……!!
あなた様!!最高神シヴァ様!!!私の愛しい旦那様。
なんということをなさるのです……!!
それだけは許されません!!
最高神たる御身が頭を下げ、あまつさえ片膝をつけるなんて…」
「垢をくれ。」
「………は?」
パールバティは驚きの余り言葉を失った。
下女は動揺し、その手に持っていた瓶を落とした。
最上のスパイスの濃厚な薫りが、部屋中に満ち満ちて、女神の私邸に充満した。
「ガネーシャに人間の頭を作ってやりたいのだ。そのために、お前の垢が欲しい。
どうかお前の身体を擦って、その垢を分けてくれないか。」
「お前も知っているだろう。
私とお前の愛娘、ニトゥラゴラクは今、初恋を失った凄まじい絶望に苦しんでいる。世界を滅ぼし、滅ぼしては また再生し、そうしてまた 滅ぼし……。
ニトゥラゴラクの哀しみ、苦しみを思うと、わが身すら 今にも張り裂けそうで、私はもう、いても立ってもいられないのだ。
お前が望むものなら何でも用意しよう。
お前が好きな宝石を、望むだけ お前にやろう。
だからどうか…頼む。お願いだ。」
パールバティは、ガネーシャの首を切り落とされて泣き伏していた時のことをぼんやりと思い出していた。
私があんなにも哀しみに悶え苦しんだ時、この男はあろうことか、どこのものかとも知れぬ 下賤の象の首を私に差し出したというのに。
ニトゥラゴラクの絶望を癒すそのためならば、最高神である その御身の片膝をつくことすら、あなた様は厭わないのですね…。
シヴァの心は、その愛は最愛の娘・ニトゥラゴラクに注がれるばかりであった。そのことをパールバティは、痛感した。
パールヴァティーは唇を噛み締めた。
血が滲むほど強く、強く、そうして涙の一滴も零さないようパールバティは堪えた。
パールヴァティーはすっくと立ちあがると、シヴァに背を向けた。
「……分かりました。あなたがそこまで願うなら、妻として無下にするわけにも参りません。
今から浴室に行って、垢を落としてまいります。垢は下女に届けさせますから、あなた様はどうぞ このままお帰りください。」
「ああ…!!ああ!!
パールバティ!!
我が愛しい妻、パールバティ!!
この感謝をなんと言葉にしていいか、私にはわからない。
あぁ……
ありがとう、パールバティ。」
パールバティは浴室へと去った。
ろくろく返事もできぬまま。
夫の愛の言葉は、彼女の心をひどく虚しくうわ滑っていった。
私はうまくやれただろうか?
最高神の妻として、彼に 涙の気配すら見せずにいられたのだろうか。
浴室で下女に垢を擦り落とされながら、パールヴァティー は泣いた。
垢擦りが肌を滑るその度に、ニトゥラゴラクへの憎しみが増していった。
涙は止まらず、長い長い湯浴みに火照ったままの体を、力なく寝台へと 横たえた。
パールバティの金色の肌からは、湯船に入れたローズマリーとクミンの清浄な薫りが湯気の如く立ち上っていた。
「お母様、お母様。」
パールヴァティは、ガネーシャの声に起こされた。
「あらあら、どうしたのですか?ガネーシャ。まるで幼子のようにはしゃいで。」
「あぁ、まだお眠りでいらしたのですね、起こしてしまい申し訳ありません。
しかし私は、お母様にどうしても一番最初にお見せしたくて!
ほら、お父様が、私のために人間の頭を創ってくださったのです。お母様が最初に私に作ってくださったのと全く同じに……!
お母様はお父様に、ご自分の垢を分けてくださったのでしょう?
ですから私は、1番にお母様に この姿をお見せしたかったのです。
お母様、ありがとうございます。
お母様の作ったこの姿で生きることを許されたガネーシャは、本当に幸せでございます。」
「ああ、ああ。良かったわね。
最愛の息子、ガネーシャ。
ガネーシャが幸せときいて、この母も幸せですよ。おいで、私のガネーシャ。この母にあなたを抱きしめさせて。」
ガネーシャをその胸に抱きしめながら、パールヴァティーは宇宙の混沌がぱったりと止み、世界が秩序を取り戻しつつあることに気がついた。
そしてその瞬間、パールバティの心中は、青い炎のごとく 静かに、しかし赤い炎より遥かに熱く、狂わんばかりの壮絶な怒りに燃え盛っていた。
ニトゥラゴラクはガネーシャが象頭と化した瞬間、その恋心をあっさりとゴミのように打ち棄て、かと思うと美しい人間の姿を取り戻した瞬間、何の臆面もなくガネーシャへの恋心を取り戻して憚らないのだ…!!!
何という身勝手!何という悪辣!!
パールバティの、ガネーシャの母としてのあまりに壮絶な怒りは、ニトゥラゴラクへの耐え難い憎しみを増幅させた。
パールヴァティーは、ニトゥラゴラクの討伐を決意した。
パールバティはニトゥラゴラクが荒れ狂っていた、まさににその地へと降り立った。
ニトゥラゴラが破壊と再生を繰り返したその中心地は、所々に煮えたぎるマグマが露出し、その水平線の彼方まで、何の障害もなく見通せる荒野と化していた。
「ニトゥラゴラク!!!!!」
思いがけない人物の登場に、ニトゥラゴラクは振り返った。
「お母様…!?」
「黙れ!忌々しい。
いいか、二度とそのように私を呼ぶんじゃあない。お前は我が夫、シヴァの第三の目から生まれた娘。私はお前を産んだ覚えなどない。
このパールバティ、お前を 娘と思ったことなど 今まで一度もないわ!!」
「そ、そんな……」
怒りのあまり、パールバティは肩を、拳を震わせた。
拳に爪が食い込み、ぼたり、ぼたりとその地に血を染み込ませた。
「この、恥知らずで醜悪な小娘め!!
美の権能がいかに素晴らしかろうが、このパールバティにはお前の本性が手に取るように分かっている。
私が自らお前のその薄皮を剥ぎ取って、我が夫シヴァに、全世界に、そしてお前の愛しい愛しいガネーシャに、お前の本性をさらけ出してやる!!」
「お母様…!よくもまぁそんな酷い言葉を口に出せたものですね。
それなら私も言わせていただきます。
死に物狂いの修行で結婚にありついたのに、当のお父様には相手にされず、
最高神の妻である事に甘んじ、己を磨くことさえ忘れ、
そんな己を恥じるどころかお父様を恨み、あまつさえお父様の愛娘であるこのニトゥラゴラクに嫉妬して……
なんて無様。なんて怠惰。なんて傲慢。
女どころか神としての尊厳さえも失った、本当に情けない女。
……ねぇお母様。
お父様は、今のお母様のことを、本当に心から愛していらっしゃるのかしら?」
ニトゥラゴラクは自信と勝利の確信に満ちた笑みを浮かべた。
ニトゥラゴラクの言葉は、毒蛇の牙の如くパールバティの心を突き刺し、蝕んだ。
この女の言葉は、まさにパールバティがシヴァに抱いていた疑念、不信、そのものであった。
「……おのれ、おのれおのれおのれニトゥラゴラク!!!!!
よくも抜け抜けと、そのようなことを!!」
パールバティは縄張りを侵された獰猛なベンガル虎の如き凄まじい目でニトゥラゴラクを睨んだ。その血走った恐ろしい目は、母が娘に対して向ける眼差しではなかった。
ニトゥラゴラクは軽蔑に目を細めた。
「……お前の望み通り、私はもう二度とお前を「母」とは呼ばぬ。
お前には 私は殺せない。私がお前を殺すからだ。
その身を刻んで、せめて美しい花々の養分としてやろう!!」
かつての母子は壮絶に争った。
互いのドレスを力任せに引き裂き、最上の絹が裂ける音が荒野に響き渡った。
2人はほとんど全裸体であった。
両の乳房が露わになり、攻防の度互いの乳房がブルンブルンと揺れたが、そんなことは目の前の敵を倒すことに比べれば、何の価値もないことだった。
母が子の乳房に噛みついたかと思うと、子は思い切り腰を捻り、母の鳩尾に、そして顔面に全力で膝を叩き込んだ。脳を揺らされたパールバティは、そのままゆっくりと仰向けに倒れた。
勝敗は一瞬で決した。
眼球の女神の勝利であった。
眼球の女神は倒れたままのパールバティの金色の乳房を、醜くひしゃげるほど強く踏みつけ、勝利の雄叫びをあげながらその肢体を硬い地面に押し付けた。
パールヴァティは生涯感じたことのない猛烈な屈辱の中、最期の力を振り絞った。
「おのれ…おのれおのれ!
ニトゥラゴラク!!この浅ましい淫蕩娘!!
私はお前を認めない!
お前の愛の権能とやらも、ハチドリの羽の如く軽く薄い言葉も、お前が自信げに見せびらかす薄皮一枚の美貌さえも。
ニトゥラゴラク、お前がこのパールバティの心を動かしたことなど、ただの一度も、ありはしない。」
その叫びは女神のそれではなく、猛り狂った猛獣の吠え声そのものだった。
「ニトゥラゴラク、有り難く思え。
お前にふさわしい姿を授けてやろう。」
パールヴァティは地を這うような恐ろしい声でマントラを唱えた。そして眼球の女神に凄まじい呪いをかけた。
次の瞬間、ニトゥラゴラクは「美の女神」ではなくなった。
しなやかな手足は縮み上がって跡形もなく、もはや芋虫のように這いずり回ることしかできなかった。
そして全身の毛穴から猛毒の混じった糞尿と汚泥が溢れ出す、腐臭漂う醜い化物となった。
「あははははは!
随分素敵な姿になったわね。
……でもまだ、お前にふさわしくないものがついているみたい。分不相応なものは、取り除いてあげないと」
宝石に目がないパールバティは、眼球の女神の美しい両眼をくり抜いた。
「………!!!!」
化物となり果てたニトゥラゴラクはもはや人間の発声器官さえ失っていた。彼女の悲鳴はもはや人のものではなく、荒野にどこまでも響き渡り、僅かに生き残っていた鳥たちすら、逃げるように空へ飛び立った。
「あはははは!!
なんだそれは。それじゃ屠殺される豚の鳴き声だよ!!でもお前には相応しい、中々醜い良い悲鳴だわ。痛覚が残っているなら、次は何を奪ってやろうかしら?」
夜闇の中、パールバティの高笑いが朗々と響き渡った。
ニトゥラゴラクは美しさを完全に失ったことに激しく狼狽えた。
そして誰も辿り着けないような山奥へと逃げた。走る事すら忘れた身体は、印度の硬くひび割れた大地を芋虫の如く必死で這った。
ニトゥラゴラクが這いずったあとは、彼女の猛毒が染み込み、黒く変色した。植物は真っ黒に枯れ、その上を通って落命した小動物や鳥の死骸が無残に転がっていた。
息も絶え絶えに辿り着いたその先の粗末な洞窟で、彼女は泥のように眠った。そして毎日、毎晩、泣き暮らした。
誰にも会いたくない。誰にも居場所を知られたくない。こんなにも醜くなり果ててしまった私の姿を、誰にも見せたくない。ガネーシャ様にも、お父様にも、私を愛してくれた全ての愛すべき民たちにも、私がこのような有様に成り果ててしまったことを、絶対に知られるわけにはいかない……。
女神の棲みついた洞窟の下流の水は凄まじい猛毒に汚れた。大勢の無辜の村人が疫病に侵され、壮絶な苦しみと絶望の中、力なく息絶えていった。
「じっちゃんもばっちゃんも、父さんも母さんも皆、死んじまった……!!
母さんが俺の手を握ろうとしてくれたんだ。あの母さんの手の力のなさ……
俺は、俺は……畜生!!」
「ラクシュミー…俺のラクシュミー!
結婚の約束だってしていたのに!!
あいつは村一番の元気娘だった。あいつの おてんばはいつも俺を困らせて、でもそれと同じぐらい、俺はあいつを愛していた…!
あのラクシュミーが、嘘みたいに大人しく眠ってんだぜ……。棺の中で、もうずっと。ずっと……。」
「畜生、畜生!!何だってあの化け物はこの地に棲み着いたりなんかしたんだ…!!」
村人たちは血を吐くように叫んだ。そうして叫んでいたはずの者さえ、数刻後には病に伏し、落命していった。
パールバティは愉快だった。
美しい黄金の肌を一層引き立てるため、ダイヤモンドと一等星を砕いて作らせた光の粉を体中に塗りたくり、シヴァに贈らせた真新しく素晴らしい色とりどりの宝石をふんだんに身にまとった。
そしてニトゥラゴラクの両の目を豪奢な耳飾りに誂えて、必ず仕上げにそれを身につけた。
夜毎神々の祝宴に出向いては、美貌や宝石、きらびやかな耳飾りを見せびらかし、浴びるほどの称賛をその身に受けた。
祝宴が終わると、いつも乗り付けている獅子の背の上で明け方の朝日を浴びてうつらうつらとしたり、時折両耳に下げたニトゥラゴラクの目を通して、化け物となり果てた醜い姿で泣き暮らすニトゥラゴラクの有様を眺め、痛快さに頬をほころばせながら眠った。
しかしそれでも、パールヴァティの怒りはおさまらなかった。
ニトゥラゴラク……
私の最愛の夫の愛を奪った女。
私のこの美しい乳房を踏みつけた女。
パールバティはガネーシャを寝室に呼び出した。
そして いかにもしおらしい声でこう言った。
「ガネーシャ、ガネーシャ。
我が最愛の息子ガネーシャよ。
お前にたっての頼みがあります。」
「何でしょう お母様。
このガネーシャに何なりと申し付けください。必ずやお母様の望みを叶えてみせましょう。」
「お前の耳にも入っていることでしょう。最近、彼の山に棲みついて、何の罪もない人々を酷い疫病や死に追いやる邪悪な化物が現れたのです。村人は皆困り果て、大切な人を一方的に奪われ、働き手を失い生活もままならず……かと言って自分たちの力で討伐をすることもできず、彼らはただただ怯えて暮らしているのです。
……彼らのことを思うと、母の胸は 今にも張り裂けそうなのです。
私のガネーシャ。
私の愛しい息子、 智慧と慈悲の神・ガネーシャ。
どうか彼の地に向かい、人々を怯えさせ 苦しませるあの恐ろしい化け物を、討伐に行ってくれませんか。
お前の神力と深い慈悲で、あの かわいそうな無辜の民を助けてやってはくれませんか?」
ガネーシャは無辜の人々を思うと、胸が張り裂ける思いだった。
行こう……討伐に。
ガネーシャは母を強く強く抱きしめた。
「お母様、このガネーシャにお任せください。
必ずやこのガネーシャが、彼の地に平穏をもたらしましょう。そして、失われてしまった彼らの魂にも、救いを与えましょう。」
「ああ、ああ……!ガネーシャ!
私の愛する息子!!なんと慈悲深く勇気ある子!!
あなたならきっとそう言ってくれると母は信じておりました……。」
パールバティはガネーシャを抱きしめ返した。
そして静かに唇を歪め、残忍な笑みを浮かべた。まるで闇夜に蠢くインドコブラのように……。
第四話・完
第五話へ続く
長いわ




