Record:15 忍び寄る悪意
視界がまるで効かない。
本当に5メートル先さえまともにしっかり見えない。
おれたちは今、第四大陸を北に走っている。雪の上を難なく走る雪上車のフロントガラスからは、ただただ白いボヤしか見えない。
「今回の天候はまた一段とひどいもんですね。」
ソルバーが運転する車と、レッドの運転する車とで計2台の雪上車が走っている。もはや識別のためだけにしか役に立たないヘッドライトだけがお互いの位置を知らせている。
この世界全土を照らし上げる巨大な灯火である太陽の光でさえ、この大陸を覆う雲の下までは届かない。もう間もなく真昼になろうというのに、今目の前に広がっている光景はどう見ても深夜の吹雪だ。
また一段と強い風が雪上車の横を殴り、ぐらっと揺れる。かなり振動の抑えられているこの車でもおれの三半規管を容赦なく痛めつけてくる。薬でなんとか抑えてはいるものの、おれの気分はすでにグロッキーだ。
「ホントだよ。いつもならそこまで風は強くないんだけどな。」
どうやらこの異常な風の強さはいつもってことじゃないらしい。おい何なんだよ。こういう時に限っていろいろ悪くなることがここ最近多くなった。
ついてないよ。
「………。」
レッドの方の車にはカーボン、ウル、テルシア、ジダゴが乗っている。おれがいま乗っているこの車にはソルバーとハリスさん、おれ。
そして隣には態度の悪いクルーガー。
はぁ。ほんとにクロクと同じ部隊のメンバーなのか?
「おいテメエ。」
うわ呼ばれた。呼ぶなよ。ただでさえ気分が悪いんだ。なんだよそのぶっきらぼうな呼び方は。
「………なんだよ。」
最初の顔合わせのときにまともな自己紹介をしなかったクルーガーにはあまり良い印象がない。気分の悪さも合間ってついおれもぶっきらぼうな態度を取ってしまう。それが彼には気に食わなかったようだ。
「チッ! もういいよ。」
おまっ。おまえ、クソ、コノ、降りたら覚えてろよ。
眼の前でこんなぞんざいに舌打ちされることに腹が立って手が出そうになったが、深呼吸をして落ち着かせる。ふぅー、あとでぶん殴ろう。
「何も用がないなら、呼ぶな。おれはいま、乗り物酔いで気分が悪いんだ。」
せめてここだけは言わせてもらう。お前とはこれ以上会話なんてしたくない。
「あぁ? 情けねえな、たかがこんなもんで気分悪くなってんのかよ。けっ。」
やっぱぶん殴るの辞めて三枚におろしてやったろうかな。
「こんな奴がクロクを助けただなんて嘘くせえな。」
その言葉を聞いて、あのジン帝国の動乱からせいぜい二週間程しか経っていないことに気づく。
元気にしてるかな、クロク………と思うのと同時にクロクの同僚がこんなのということに哀れみさえ感じる。
「クロクの顔に泥を塗るようなことを言うのか。」
「あ?」
しまった。つい思ったことを口に出してしまった。
出してしまったものはどうしようもない。あーこれはめんどくさくなってきたな?
「ふざけたこと抜かすんじゃねえ、クロクの名前を軽々しく使いやがってこのクソ野郎が。」
お前が言うのかよ。こいつ自分は良いって感じの自己中な性格だな。
「これだから『三陸の田舎野郎』は、クソみてえな根性しやがって―――がぁっ?」
「クルちゃ〜ん? 次その汚い言葉を口にしたらその首ねじ切るからね?」
前の席に座っていたハリスさんが目にも止まらぬ速さでクルーガーの首根っこをガッチリ掴んだ。あまりの速さにおれの目でさえ視認が難しかった。クルーガーは全く反応さえできずに掴まれてしまって目を白黒させている。
「そのクソみたいな言葉をどこで覚えたんだか知らないけど、そんなもの覚える必要ないよね? わざわざショートくん相手にそんなこと言ったのは何のつもり? 嫌がらせのつもりだよね? 今のは本当に可愛くないよ。」
「がっ…ァッ…カッ………!」
うっ血して顔が赤くなり始めるクルーガー。そろそろ離してやらないと死にそうだ。
「ハリスさん、その辺に………。」
「君もね、ちゃんと怒るべきだよ。クルちゃんは生い立ちからしてかわいそうではあるけど、それは君には何の関係もない話なんだから。」
ハリスさんの顔は全く笑顔ではなく、容赦のない鋭い表情をしていた。
「僕の嫌いなクズは大きく分けてふたつ。ひとつはクルちゃんみたいに汚い言葉を使うやつ。ひとつはクルちゃんみたいに自分のことを棚にあげて分別もつかない態度をとるやつ。」
そう言ってハリスさんはクルーガーの首をねじ切る勢いで掴んでいた手を離す。
「―――っがはぁっぁっあぁっ………げほっ、げほっ!」
「わかったら二度と僕を怒らせるな。次は殺す。いいね?」
ハリスさんのその見たことのない雰囲気におれまでが萎縮してしまった。こ、怖ぁっ………。
「がはっ………くっ………くそがっ………。」
「何か言ったか?」
「イエスマム、何も言ってません!」
マジで余計なことを口走るんじゃねえぞクルーガー。
おれは死んでもごめんだからな。この調査で最初に見るかもしれない死体がお前だなんて。
全く笑えない雰囲気がおれたちの車にはびこっている一方で、向こうの車はきっと和気あいあいしてるんだろうな。
いいな………おれここから降りて向こうに行きたいよ………。
「第四大陸の調査はどこまでわかってるんですか?」
雪上車の速度はかなり早く、長い期間降り積もった雪はある程度の強風によって均されていることもあって大きく揺れることもなく進んでいる。この調子なら時間もかからずに到着できるのかもしれない。
とはいえこの狭い車の中で揺られ続けるのは流石にストレスだ。そこでおれは多少のストレスのごまかしのためにも話を聞いてみた。
「そうだね〜、少なくとも国がひとつ存在はしてたよ。」
この大陸には、複数の遺構が存在する。いずれも氷河の中にあり、その調査は難航を極めるが、探査用のレーダーやらなんやらでその存在を掴んでいるとのこと。
「だいぶ大きな国だよ。千年前の戦争以前ではおそらく………世界の中でも屈指の大国だったはず。」
ムルツホーク基地が建つ土地の周辺だが、周辺の氷の中に巨大な戦艦がたくさんあることが確認されている。いずれも大破沈没と見られるほどの損害を被っている。
巨大な戦艦が複数―――その国力の高さがうかがえる。
「ヴェルニトリアやユーフェミアみたいに滅んで、そのまま吹雪の止まない大陸になって誰も復興できなくなったんだろうね。」
千年も続く吹雪によって、大陸全土は分厚い雪………もとい氷の下に閉じ込められている。その地形を専用のレーダーで調べてみれば………その結果を示した画像図をハリスさんから手渡された。
「これは………。」
「ね? すごい国だよね。」
大陸南側、ムルツホーク半島にあたる地域には数多くの街の痕跡がある。この半島は立地的に港が作りやすいようで大小さまざまな港が見られた。半島丸ごとが国土だったみたいだ。国土のほとんどに都市がたくさんある。
もう少し北に行けば、ウェイポイント2にセットしているルガリア大氷河ら辺が見えてくる。そこに一つ、巨大な穴が見えた。
「この穴は………。」
「大氷河の下に広がっているこの穴が気になるよね。」
ハリスさんの指し示すその穴の特徴が描かれている。直径は1キロにも及び、中心部の深さは数十メートルもある。アリジゴクの巣というかなんというか………この地形の形は奇妙にも思える。
「地形的に鉱山を中心とした大きな街だったんだろうね。」
「おれたちがこれから調べようとしている遺構というのは………。」
「運良く氷の下に沈まなかった建物だよ。」
ルガリア大氷河を越えた先にあるウヴェール遺構群。その地形を見る限り、もしもこの国の文明が存続していたなら最も緯度の高い都市として記録されていたであろう都市の痕跡がいまも残されている。
ウヴェール第七遺構はその遺構群の中で最も北にあり、ウヴェール遺構群の中で最後に残った未調査地点だ。
一番最初に着くウヴェール第二遺構からは、第七遺構まで50キロメートル以上も離れている。数十キロメートルもの広さの都市なんて首都クラスだ。よほど広大な都市だったに違いない。
「千年前に滅び、そのまま氷の下に閉ざされたその歴史………第七遺構の踏破でそれが紐解かれるのかもね〜。」
なんともロマンを感じるような物言いでハリスさんはおれの手から地図を受け取り、畳んで懐にしまう。
鉱山を中心とした街、か………。
第四大陸には、この世界の約半分もの大量の鉱山資源、石油資源などが眠っていたという。平和維持軍が中心となってこの大陸の踏破をしようとしている理由の一つだ。
その開発、採掘を行っていた都市が、今やこの数百メートル以上にも及ぶ分厚い氷の下だ。
「中継基地まではあとどのくらいかな?」
「あと二時間もすれば到着ですよ。ケツもそろそろ痛いでしょうが、もうしばしの辛抱です。」
「まだ二時間もかかるのかよ…クソッ。」
長時間の運転に疲れた様子のクルーガー。だけど一番疲れているのは計器を見ながら方向を確かめて運転に気を使うソルバーだろう。
おれも薬で抑えてはいるものの、流石にもう限界が近い。そろそろ降りたい。
「ソルバーさん………悪い、一度休憩を挟ませてくれないか。」
「あちゃー、ついに限界来た感じ?」
「面目ありません…。」
車が一時停止し、おれは防寒着を着込みつつ外に出る。車のドアを開けると、一気に冷気が入り込む。
「うぉおっ………。」
思ったより強い風に姿勢がよろめき、そのへんに尻餅をつく。雪が股にまで届くほど深く、足元が安定しないせいだ。
「気をつけてください、このあたりは特に雪が深いです。」
「ソルバーさん、ありがとう。気をつける………。」
なんとか立ち上がりつつ、おれは少し隙間を開けて深呼吸をする。ふぃー、冷気が良い感じに気持ちいい。
「おいおい、こんなところで深呼吸できるのかよ。どうなってんだテメーの体は。」
おれと一緒に降りてきたクルーガーが防雪ゴーグル越しに呆れた目でおれを見ていた。外の気温はすでにマイナス50度を下回っており、こんなところで深呼吸しようものならクルーガーの言う通りよろしくない事態になるだろう。
おれの体はどこかがおかしいらしい。そういえばジン帝国で会った、あの鎧を着たゴリラにも戦車か何かなのかと呆れられた記憶が蘇ってくる。
「気分はどうだ?」
「マシになった。迷惑かけた。」
「フン。」
ゴーグルで顔はよくみえないが、このフンと鳴らした鼻声から察するに心配かけさせやがって………そういうニュアンスを感じ取れる。
性根が腐りきってるクソみたいな性格………というわけではなさそうだ。
態度がぶっきらぼうなのとキレやすいだけで、本来まともに教育を受けて育ったならこういう性格にはならなかっただろう。人のことを信じることのできない、なにかショックの大きい出来事があいつをこんな卑屈でむかつく性格に変えたんだろうな。
「休憩がてら少し話でもしないか。」
「オレがお前と? はっ、そんな仲良しこよしできるような間柄に見えるかよ、このオレとがよ。」
おれは特に構いもせず、聞く。
「クロクと会うまでは、どんな生活をしてたんだ?」
「教えねえよ。くだらねえ、オレは自分語りなんか柄じゃねえんだ。わかったらそのうるせえ口を塞ぎやがれ。気分がマシになったんならとっとと車にもどれや。」
うーん、これは重症だな。
こんなに刺々しい言動を取ってくるのは勇斗以来だ。
………勇斗。そういえばいたなそんな奴が。
あいつ元気にしてくるかな。会いたくもないいけすかねえクソ野郎だが、同じ修行を乗り越えてきた同期だ。生死ぐらいは多少気になるものだ。
「わかったよ。」
クルーガーの性格は大体わかった。こう見えてクルーガーはおれよりも年を取っており十八歳くらいはあるみたいだ。
とてもそんな年齢に見えない言動だが、小さい頃に彼は連合に親を殺され攫われて実験体にさせられている。
そんなきつい経験があるならこんな言動にもなるだろう。
この世界には少しクズが多すぎる。
「クラウンのことはどう思ってるんだ?」
彼を救った立場であろうクラウンのことを聞いてみる。
クルーガーはまたフンと鼻を鳴らしながら気だるそうに言う。
「自分勝手でいちいち上から目線なのがムカつくが………悪い奴じゃねえよ。それだけだ。」
そうか。
「お前もオレと同じクチか?」
「まぁそんなところだ。里を襲われて死にかけたところを助けてもらった。」
「………フン。」
さて、気分も大分マシになっただろう。そろそろ車に戻らなきゃならない。
「よっこいしょっと。」
雪に埋まった足を引っこ抜き、車へ戻ろうとしたそのとき。
吹雪の中に混じってなにか風を切るような小さな音が聞こえた。
「っ! 伏せろ!」
「ウッ!」
同じ音が聞こえたクルーガーがおれに覆いかぶさり無理やり伏せさせた。雪の中に埋められたおれは情けなく呻く。
「今の音は………。」
「聞き間違えるわけもねえ、弾丸の音だ。クソッこんな吹雪じゃ銃声も何も聞こえねえ!」
「向こうはどうやってこっちを見ているんだ!?」
「そんなもん熱源探知か何かで見てるに決まってるだろうが! おらさっさと雪ん中に入れ!」
「サーモって何ムッゴォアッ…!」
おれとともに雪の中に身を隠したクルーガーは、すぐに無線を起動し周囲へ警戒を促した。
『クルーガーだ。今オレたちは撃たれた。狙撃兵に狙われている!』
予め耳の近くに付けていたインカムを通じてクルーガーの声が聞こえた。
『こちらハリス。車にはすぐに戻れなさそう?』
『雪から出たら撃たれるかもしれねえ。』
『こちらカーボン。何時の方向から撃たれた?』
『こちらクルーガー、音を聞いただけでどこから撃たれたかはわからねえ!』
『了解。オレからはそちらの位置が確認できる。レッドさん、地図をそこからもらえますか。』
不幸中の幸いなことに同席していたプロのスナイパーらしきカーボンが、レッドと運転を代わり、敵の姿を探し始める。
また風を切る音が聞こえた。方向がわかった。右側後方………4時の方向だ。
『また聞こえた! また撃たれてる、位置がバレてやがる!』
クルーガーの焦った声が否が応でも緊張感を強くする。
『オレにも聞こえた。位置を特定した―――今から狙撃する。』
『カーボン、気をつけろ。こっちも狙ってるかもしれん。』
『相手は素人だ。こんな不規則に風の吹く方向が変わる環境で狙撃なんてできるわけがないのに2回も撃ってやがる上に位置も変えねえ。レッドさん、むしろ警戒すべきはそっちじゃない。』
『伏兵がいるな。』
『レッドさんにはそっちを頼む。』
少し時が経ったあと、とびきりデカい銃声が聞こえた。やり取りから察するにこれはカーボンの狙撃音だ。
『今だ! 車に戻れ!』
それが聞こえた瞬間、雪に埋まってたおれたちは立ち上がり急いで車へ走る。くそっ雪に足が取られてうまく走れねえ!
「うぉおおおっ!」
カーボンの狙撃銃から複数回轟く銃声をバックに、おれたちはおれたちの雪上車へ戻った。
「ショートくん、クルちゃん怪我ない!? 大丈夫!?」
「レッドさん、敵は!?」
『まだ見当たらないがすぐ移動しろ、痕跡がある! 早く移動してくれ!』
「了解、飛ばしますよ!」
ソルバーがフルスロットルで吹かし、雪上車を最大加速で飛ばす。燃費度外視の緊急発進だ。
「クソッ! あぁ、クソが! まだここは軍の管轄地域だぞ!」
ソルバーが口汚く罵倒する。ムルツホーク基地からレクルス基地までの間は普通に軍が生きて往航している。
それを襲撃だと?
「カーボン、敵の情報は!?」
『2人。オレと同じ装備のようだが、この吹雪でまともに狙えないようだ。しかしなんだって………。』
『いずれにせよ、俺達を狙い撃ちにしたのはその二人だけではなかろう。他の敵も警戒しろ!』
おれたちはいつでも戦えるように臨戦態勢へ入る。
またこれか。くそっ、いい加減にしやがれってんだ。
予想はしてたことだが、積もるイライラはかき消せない。
「テルシア………!」
そのとき、脳裏になにか電撃めいたものが走る。
「つっ………!?」
ビリッとしたこの間隔、覚えがある。
これは………修行時に体感したもの。
まずい、ヤバい!
「止まれ! 運転を止めろ!!」
おれはソルバーに運転を止めるよう叫んだ。
「なっ!?」
突然叫ばれたソルバーはしかし、そう簡単に止まってはくれない。
「何を馬鹿なことを!?」
「いいから止まれ! なにかヤバい!」
おれの剣幕にハリスさんが動きブレーキを作動させた。
しかし―――
ズドォオオオンッッッ!!!!
突如目の前が爆炎に包まれた。




