Record:14 上陸
ガリュース湾港を出港して数日。
以前、ジン帝国に向かって出港した際に襲われた時と違って特に襲われることもなく、無事に最も穏やかな時期の雷鳴海峡を通り抜け、おれたちはついにたどり着く。
北の果ての大陸―――第四大陸。
別の名前で、氷結大陸とも呼ばれている。
北極点を中心に位置する大陸であり、その陸地すべてが雪に覆われた極端に寒冷な気候が特徴だ。大陸として認定されている中で世界で最も小さく、オーストラリア大陸より面積が少ないが、すべて氷と雪に埋もれ海にまで広がっているため、宇宙からの見かけ上はかなり広大な白い大陸だ。
千年間止むことのない吹雪が大陸全土を覆っており、北半球に位置するほとんどの大陸の北海岸が凍ってしまってまともな海路が機能していない。そんな第四大陸へのアクセスは雷鳴海峡の島々を渡っていくルートしかない。
―――海の上に形成された巨大な氷河の上を割って進み、第四大陸の最も南に突き出たムルツホーク半島の南端に到着。大陸調査前線基地、ムルツホークの港におれたちは降り立とうとしていた。
「うぅ〜っ!!! クソ寒いな〜っっっ!!!」
気温はすでにマイナス30度を下回り、一番寒さ耐性のないジダゴがブルブル震えている。
「よし! みんな船の長旅お疲れ様。調査は明日の朝から始めるから、今日一日はその準備をしよう。まずは基地の紹介だ!」
ハリスさんが大戦の大平原の調査基地を紹介した時と同じようなテンションで、ばっと手を広げながら紹介に入る。
「はい、右手に見えるのはムルツホーク調査基地でーす。ここで僕たちは身支度を整えて次の拠点に向かっては調査を繰り返してるんだ。」
ここは第四大陸調査のための橋頭堡としての役割があり、ここが第四大陸にある調査基地の中で最も大きい。なんとこの近くにダム水力発電所もある。
ここまでなら特に吹雪も強くはなく、かなり寒いだけだ。しかも海のすぐそばなので、砕氷船などは普通に停められる。
「ここで立ち話もなんだし、さっさと基地の中に入ろうか! なんだか凍え死にそうな人がいるしね。」
「うぅっう〜………!」
ジダゴの防寒服だけどこかに穴が開いてないか? と心配になりかけるほどにはジダゴの震え方は尋常じゃない。
まあでも住んでた地域的に寒さ耐性はなくても仕方がないか………。
ムルツホーク基地の歴史はこの第四大陸にある基地の中で最も古く、管轄は世界政府と平和維持軍のもとにある。
各国の調査は必ずここを起点として色んなところに基地を作る。
「初めて来たが、なるほどこういうところか。」
レッドが基地建物の中をキョロキョロ眺めながらそう言った。
「じっくり見てってね〜! こんなところに来る機会なんてそうそうないと思うし。」
長期の調査に備える基地ということもあり、常駐の人も建物も多い。目を引く建物がたくさん立っており、正直ものすごく寄り道しまくりたい。
が、いまはハリスさんのあとについていく。
あれから通信塔や設備棟などのいくつかの重要施設の紹介をしてもらった後に、居住区へ移動した。
おれたちは割り当てられた部屋へ移動し、しばしの休憩を挟んだ後に通信塔へ向かった。そこで北極点までの行路についての作戦会議がある。
「みんな集まったね! じゃあこれから今回の調査についての会議を始めます。ソルバーさん、説明よろしく。」
説明用資料を持ったソルバーがおれたちひとりひとりへ資料を配布する。そこには行程中に気をつけること、道順などなどが記載されている。
「まず初めにこれだけは胸に刻んでください。この第四大陸は千年以上もの間止むことのない吹雪が続いています。その影響で、この星のあらゆる寒冷地帯よりも遥かに危険度が高いことも。」
資料の1ページ目には、他の地域と違う特徴のある第四大陸の吹雪についての解説がある。
「天気の回復を待って一時的にしのごうとする方法も他の地域なら有効ですが、ここの吹雪は止むことはおろか勢いが衰えることは絶対にあり得ません。従ってクソの役にも立ちません。常に五メートルほどの距離しかまともに見えないし、常に風速が毎秒10メートル以上の暴風が間断なく吹き付けてくる。そして降ってくる雪の中には、突風によって再度巻き上げられ大きく成長した雪の塊なんかも降ってくる。舐めてかかることのないようにしてくださいね。」
だから体力回復のために途中でテントなどで野営をしようにも、空からは不定期にこの大きな塊が落ちてテントごとやられて大怪我しかねないから推奨はしないみたいだ。資料の中にその一節を見た時は一体何の冗談かと思ったけど………。
「移動距離は1日平均で200から300キロ近く移動しなければなりません。この基地から目的地の北ウヴェール第七遺構まで1,000キロメートルもある………こんな距離を徒歩でなどとは無理な話。そこで雪上車を使って移動します。」
地図で見たときから思っていたが………どれだけデカいんだよ、この大陸。雪上車とか吐きすぎて干からびる未来しか見えないぞ。
だがその北ウヴェール第七遺構さえ攻略すれば、最終目的地である【北極点】まで残り数キロほどになる。
「経路点は三つ。1つ目が南レクルス探査中継基地、まずここを目指し補給を行う。そこから先は補給無しで行って戻る必要があります。本番は………ウェイポイント2からです。」
ソルバーは引っ張り出してきたホワイトボードに大まかな地図を書き始める。いびつな三角形に見える半島を描く。
半島の一番下、つまり南に1つ点を書く。それが今おれたちがいるムルツホーク基地だ。
そこからやや右寄りの上………北北東に向かって1つ点を書く。これが南レクルス探査中継基地。ここからそこまで300キロほどだ。
「ウェイポイント2。ルガリア大氷河の上を通過します。」
そこからはまっすぐに北を目指し一直線を引く。高度も急に上がり、一気に標高千メートルを超える。おおよそ700キロ。他の場所は標高2,000メートルを超える山岳地帯になっており、地形が非常に険しい上に雪崩の可能性も高い。
この冗談みたいに巨大で長大な氷河ルートが最も安全で確実なルートとソルバーは説明した。
「ウェイポイント3は、このルガリア大氷河を超えたところにある南ウヴェール第二遺構。ここで休憩を挟み、最後の目的地………北ウヴェール第七遺構まで行きます。」
なるほど、イメージは掴めた。とにかく補給が尽きる前に素早く移動していくことがポイントだ。
そしてこの調査にあたり、重要なことをソルバーは付け加えた。
「本来なら特に武装を充実させる必要もないこの旅程ですが、あなた方も知っての通り「連合」どもがこの周辺を嗅ぎ回っている。」
解放戦線連合。頭のいかれたクソみてえなテロリスト集団が、この大陸の遺構を駆逐艦で嗅ぎつけてやってきたという。迷惑な話だが、目的は十中八九「水の真理石」だ。
「本来なら必要のない人員と武装ですが、このクソテロリスト共のせいで大変お手数おかけすることになります…申し訳ありませんが、ご了承いただければ。」
「問題ない。端からそのつもりだ。」
黙って話を聞いていたレッドは、もとよりそれが理由で今回の調査に呼ばれたことを理解していることをソルバーたちへ伝える。それに同意するようにカーボンもうなずく。
「おれたちは基本的に何をすれば良い?」
要請があったから呼ばれてきたレッドたちとは違い、おれたちは隊長の命令で急遽組まれた、いわば部外者だ。
立ち位置をリーダーであるハリスさんに確認する。
「そうだね、基本はみんなと同じ感じで護衛に徹してくれれば問題ないよ。」
ソルバーがそれを受け、追加で説明を入れた。
「連合と万が一遭遇した場合は、その状況により私が判断を下します。もしすぐに私の指示を仰げない状況、かつ向こうに発見されてしまった場合は………なるべく戦闘ではなく逃走をお願いします。」
やむを得ない場合は戦闘も可としたが、それでも逃げることを念頭に置くようにと念押しをされる。強烈な吹雪の中できることは限られる。無理強いはするなとソルバーはそう言っているようだ。
「ここまでで、私からは以上です。他になにか質問のある方は?」
レッドが手を挙げる。
「どうぞ。」
「戦闘になったとき、仮に敵側を無力化できた場合はどう扱う?」
「………基本は私の指示に従っていただきたいところですが、正直なところ調査中にお荷物を抱える余裕はありません。二度と我々の追跡ができないようにしてその場に放置してください。」
「了解した。」
………あの吹雪の中で二度と追えないようにして放置。
それはつまり「殺せ」と言ってるようなものだ。
ソルバーも言ってて気分の良いものじゃないだろうが、これはちゃんと確認しなきゃいけない事だった。
「他に質問は………ないようですね。それではこれで終了とします。明日に備えて各自しっかり準備と休息をお願いします。」
『了解!』
おれたちは各自部屋に戻り、明日からの調査に備える。
あの説明を聞く限り、まあ少なく見積もっても行きで一週間はかかるだろう。その間、雪上車の上で揺られっぱなしだ。
いざという時に戦えるよう、体調を整えておく必要がある。
「薬の準備はよし、と。」
それと自分の装備のチェックも行う。ヴェルニトリアに着いて以降、ゆっくり落ち着いて点検することもなかったからな。
真月を守る鞘である巌徹の汚れをしっかり落とし、腰紐の緩みもチェック。
続いて真月を抜く。折れもせず曲がりもしない伝説の神器であるこの真月の刃の輝きは全く損なわれていない。脇差しも状態よし。
「久しぶりに見た、それ。」
「ん?」
後ろでおれのこの点検の様子を見ていたテルシアが声をかけてくる。
「何がだ?」
「お手入れ。」
言われてみればそうだ。この旅程で真月を抜いたのはジン帝国で黒葛原とネヴィガルを相手にしたときだけ。
テルシアの前ではなかなか見せる機会がない。
せっかくなのでテルシアにもよく見えるように体の姿勢を変える。
「きれいだね。」
黒みが強い金属が使われているのか、通常の刀より全体的に黒みがかっており、特徴的な刀文がランタンの光によって浮かび上がる。
この刀、真月が作られたのは今から千年以上も前………雷神の里ができたのと同時期と聞いている。
祭事の道具としても、聖剣としても作られたこの刀。
雷神の里の当主が代々受け継いできたこの刀。
そして………じいちゃんの形見でもあるこの刀。
「きれいだな。」
その輝きは千年間損なわれることなく、こうしておれの手に収まっている。一体何人がこの刀を手にし、振るったか………。
「持ってみるか?」
真月の刀文を眺めていたテルシアにも、おれはふと持たせてみたくなってそう言った。おれたちはじいちゃんの孫として、愛されて育った。
「いいの?」
「……じいちゃんの形見だからな。」
テルシアはゆっくり慎重に柄を持ち、その重さを感じ取る。
テルシアも修行を経て強くなった。今更刀の物理的な重さなどわけもないだろう。
それでも大事そうに持ち、その重さを噛みしめる。
「重いなぁ。」
「俺もそう思う。」
数日前、ヌエルヨルドの宿に泊まった部屋の窓から見えた光景がふと脳裏に蘇る。
「テルシア。」
名前を呼ばれたテルシアはその翡翠の目をこちらに向ける。
「なに?」
おれはなんでテルシアの名前を呼んだ。
勝手に口が動き、彼女の名前を呼んでしまった。
「………悪い。つい名前が呼びたくなって。」
「………。」
普段ならしないおれの言動に、テルシアは戸惑っていた。
少しの間、おれたちの間に妙な空気が漂う。おれはそれをなんとなく誤魔化すように刀の方に視線を落とし、すでに済んでいる整備をもう一度行い始めた。
「………。」
それを黙って眺めていたテルシア。
おれが彼女の名前を何も考えずに呼んだことを反芻かなんかしているようだ。
やめてくれ。特に何も考えずに呼んだだけだ。
そこに深い意味はない。
「硝斗くん。」
………。
呼ばれたおれは目線を上げて彼女の顔を見る。
「なんだ?」
「………なんでもないや。」
彼女はそう言って、おれの隣に座り直した。
なんだかその表情に少しだけ違う色の何かがじんわりと混ざっているように見えた。




