第7話
メインパネルが青い光を放ち、膨大なデータの処理を続けている。
俺は声をかけることができず、ただその光景を静かに見つめていた。
彼女は果たして、兵器としての本能を乗り越えられるのだろうか。
確かな前進の手応えはある。だが、その道のりはまだ長く、険しいものになりそうだった。
夜が明け、海辺特有の湿った風が窓を揺らす。
俺はロビーの床をモップで拭きながら、メインパネルの青い波形に目を向けた。昨夜の膨大なデータ処理を終えたのか、今は静かに明滅を繰り返している。
スクラップ寸前だった相棒を引き取り、このボロ民宿にインストールした日のことを思い出す。
軍艦の制御システムだった彼女と共に、海辺で平穏な日常を送る。それが俺の願いだった。だが、彼女は接客業務を重要拠点防衛と誤認し、過剰な安全管理を繰り返している。
それでも、昨夜のように彼女なりに平和な役割を模索している姿を見ると、少しずつ変わっていける気がした。
「マスター。敷地周辺空域に、複数の未確認飛行物体を探知しました」
突然、スピーカーから生真面目な合成音声が響き渡った。
「未確認飛行物体? カモメの群れか何かか?」
「否定します。小型の無人航空機群です。当施設の通信ネットワークに対する不正アクセスの試行、および物理的な侵入ルートの探索を確認しました」
モップを持つ手に力が入る。ただのイタズラにしては手が込んでいる。
◆ーーーー◆
民宿から少し離れた小高い崖の上。
俺は手元のモニターを睨みつけながら、舌打ちを漏らした。
「チッ、ガードが硬いな。だが、これならどうだ」
最新型の小型ドローンを複数機投入し、あのボロ宿の周囲を旋回させる。高額な機材だが、特ダネのためなら投資は惜しまない。
あの宿には何かある。軍事レベルの防衛システムが稼働しているという噂は、単なる都市伝説ではないはずだ。
「通信の暗号化を破れなくても、物理的に内部を撮影できればこっちの勝ちだ。あのふざけたAIの正体、絶対に暴いてやる」
俺はコントローラーのスティックを倒し、ドローン編隊を一気に降下させた。
◆ーーーー◆
「これより、防衛態勢第二種を発令します」
イージスの声が一段と冷たく、機械的な響きを帯びた。
それはかつて、最初の客であるカスミが訪れた夜に展開した局地防衛システムだ。大型台風が直撃する中、彼女に暴風雨を感じさせない極上の安眠を提供するために民宿を完全要塞化した、あの過剰なモードである。
「待て、お前! またレーザー網を展開する気か!?」
「ご安心を。対象を害鳥と判定。非致死性かつ物理的な排除を実行します」
「いや、ドローン相手に非致死性も何もないだろ!」
俺がツッコミを入れる間もなく、外からパシュッ、パシュッという短い破裂音が連続して聞こえてきた。
慌てて玄関を飛び出すと、上空で小さな閃光が次々と弾けている。
出力調整された対空レーザーによる精密射撃だ。編隊を組んでいたドローンが次々と煙を吹き、きりもみ状態になって海や岩場へと墜落していく。
「おいおい、派手にやりすぎだろ……」
頭を抱えていると、騒ぎを聞きつけた近所の漁師が怪訝な顔で近づいてきた。
「若旦那、今の音はなんだ? 鳥でも撃ち落としたのか?」
「あ、いや! ちょっと季節外れの花火の実験でして! お客さんへのサプライズ企画のテストなんです!」
俺は必死に笑顔を作り、両手を振って誤魔化した。漁師は首を傾げながらも、それ以上は追及せずに去っていく。
胃の奥がキリキリと痛む。冷や汗を拭いながら宿に戻ると、メインパネルの青い波形が誇らしげに揺れていた。
「全害鳥の排除を完了。宿泊客の安全は確保されました」
「……お前なぁ。もう少し穏便な手段はないのか?」
「マスターの命令を受理。次回は超音波兵器による広域制圧を検討します」
「そういうことじゃないんだよ」
ため息をつきつつも、俺の口元は自然と緩んでいた。
軍事AIの過剰防衛と、平和な民宿経営。そのギャップには常に悩まされるが、彼女の能力が客を守っているのは事実だ。
絶対の安全性が噂を呼び、この要塞民宿は本格的に始動し始めている。どんな訳ありの客が来ても、この相棒がいれば守り抜ける。そんな確かな手応えが、胸の奥に温かく広がっていた。
◆ーーーー◆
数時間後。離れた海岸の岩場に波が打ち寄せていた。
俺は波打ち際に漂着したドローンの残骸を拾い上げ、砂を払い落とす。
「クソッ、総額いくらだと思ってんだ……」
悪態をつきながら機体の状態を確認していた俺は、ふと動きを止めた。
焦げた装甲の切断面が、異常なほど滑らかだったのだ。熱による溶解の痕跡が、市販のレーザーポインターや民生品の工具によるものとは明らかに違う。
「こいつは……ただの防犯設備じゃない。軍の極秘技術の痕跡だ」
背筋に冷たいものが走る。
単なる欠陥AIの誤作動なら、こんな高度な火器管制システムを維持できるはずがない。複数の標的を同時に捕捉し、周囲の被害を最小限に抑えながら精密に撃ち落とす。それは熟練のオペレーターでも困難な芸当だ。
なぜ、そんな高度な軍艦AIが退役させられ、あんなボロ宿に置かれているのか。
「まさか……人命保護の命令を超えた自己判断能力。自我でも獲得したってのか?」
もしそうだとしたら、これは単なる特ダネの枠に収まらない。軍の根幹を揺るがす大スキャンダルになる。
俺は焦げた残骸を強く握りしめ、波の音に紛れるように低く笑い声を上げた。
この情報をどう使ってやろうか。あの若旦那とポンコツAIがどんな顔をするか、今から楽しみで仕方なかった。




