第八章 鹵獲機部隊
ヴァルク地上侵攻が始まった翌朝、日本政府は人類史上初となる異星兵器運用部隊の設置を承認した。
正式名称は《航空自衛隊異星航空機運用試験隊》。
あまりにも夢のない名前だった。
「もうちょっと格好いい名前なかったんですか」
会議室の資料を見た悠真が言うと、一等空尉は呆れたように顔を上げた。
「軍隊の正式名称に何を期待してるんだ」
「特殊なんとか隊とか」
「特殊だぞ」
「そうじゃなくて」
「では神谷君が考えた名称を防衛大臣へ提案しておこうか」
「それは嫌です」
悠真は資料を机へ戻した。
もっとも、世間はすでに勝手な呼び方を始めている。《ヴァルク隊》《ブラックウイング》《地球防衛隊》《鹵獲飛行隊》
海外では《CAPTURED SQUADRON》だの《ALIEN FIGHTER UNIT》だの、さらに好き勝手な名称が飛び交っていた。
正式名称が浸透する可能性は低そうだった。
現在、日本側が確保しているヴァルク機は七機。そのうち原形を保っているのは四機だった。実際に起動できたのは三機。安定して飛行可能なのは、今のところ二機だけである。
一号機。悠真が最初に奪った機体。
二号機。悠真が撃墜し、自衛隊が回収した機体。
三号機。地上侵攻開始前の戦闘で回収された機体。浮上試験までは成功しているものの、外部センサーの半分以上が機能していない。
残る四機は部品取りと解析用だった。
「部隊って言っても二機しか飛べないじゃないですか」
「二機もある」
一等空尉は言った。
「三日前までゼロだった」
「それはそうですけど」
「しかも、三号機も飛ぶ可能性がある。四号機以降から使える部品が取れれば、さらに増やせるかもしれない」
「部品の交換できるんですか」
「まだできない」
「駄目じゃん」
「だから研究してるんだ」
ヴァルク機は驚くほど操作しやすかったが、中身はまったく別だった。外装を開く方法からしてよく分からない。配線らしきものを追っても、人類の機械のように明確な電源線や信号線へ分かれていない。構造材そのものが電力や情報を伝達している可能性すらあった。
レーザーについても、撃ち方は分かる。だがどうやって発生させているのかは分からない。
動力も同じだった。残量を示していると思われる表示はある。ただし、それが燃料なのか、電力なのか、反応材なのか、あるいはまったく別の何かなのか理解できていない。
つまり人類は、高性能な兵器を手に入れたのではない。壊れたら終わりの兵器を、たまたま数機借りているだけだった。
「だから極力撃墜しない方針も出ている」
一等空尉が言った。
「敵機を?」
「ああ。可能なら不時着させる。推進系を壊しすぎない。操縦席も避ける」
「難しくないですか」
「難しい」
「戦闘中ですよ」
「知ってる」
「敵に『ちょっと綺麗に落ちてください』って頼めないですよ」
「それも知ってる」
一等空尉は資料を一枚めくった。
「それでも一機多く確保できれば、こちらの戦力が一機増える可能性がある。今はそれだけの価値がある」
悠真は納得した。敵を倒せば終わりではない。なるべく壊さずに倒す。ゲームならドロップ率を気にするような話だったが、現実では機体の中にヴァルク兵がいる。そこを考えると、妙に胸が重くなった。
*
悠真の飛行禁止は継続していた。医務官は二十四時間と言ったが、その二十四時間が経過しても、すぐには許可を出さなかった。
「まだ首が痛むだろう」
「少しだけ」
「駄目だ」
「でも普通に歩けます」
「戦闘機は歩く乗り物じゃない」
「ヴァルク機です」
「もっと悪い」
結局、悠真は作戦室へ回された。
「なんで俺がここに」
「敵の癖を見ろ」
一等空尉の命令は単純だった。
「自衛隊に分析する人いるでしょ」
「いる」
「じゃあ俺いらないじゃないですか」
「お前と違うものを見る」
「どういう意味です?」
「専門家は、知っているものと比較する。お前は知らないから、そのまま見る」
「それ褒められてます?」
「半分くらいは」
「残り半分は?」
「素人という意味だ」
「やっぱり」
だが実際、作戦室に座ってみると面白かった。各地から送られてくる戦闘映像。無人機。衛星。地上部隊。鹵獲機。それらが複数の画面へ同時に表示されている。
悠真はいつの間にか、三つ四つの画面を並行して見るようになっていた。
「神谷」
「はい」
「九時方向のヴァルク部隊。どう思う」
画面には山間部を進む地上部隊。ヴァルク兵約四十。四脚兵器六。小型ドローン多数。その前方で自衛隊普通科部隊が後退しながら戦っている。
「……変ですね」
「何が」
「追い方」
一等空尉が画面を見る。
「続けろ」
「自衛隊、逃げてるじゃないですか」
「ああ」
「でも全力で追ってない」
ヴァルク側には速度で追いつく余裕がある。四脚兵器なら自衛官より速い。それなのに一定距離より前へ出ない。
「待ち伏せ警戒では?」
「それもあると思います。でも」
悠真は別の映像を出した。
「昨日の北海道。それにドイツの映像」
ヴァルク部隊との戦闘。地球側が後退すると、一定地点で追撃が鈍る。
「全部同じですね」
一等空尉の表情が変わった。
「どの辺りからだ」
「損害出たあと」
映像を巻き戻す。ヴァルク兵一体撃破。さらに一体。四脚兵器一機。その数分後。進撃速度が落ちる。
「損害率を見ている?」
「たぶん」
「たぶんを取れ」
「無茶言わないでください」
だが分析班もすぐに動いた。世界各地から取得された地上戦闘データを集計。一時間後明確な傾向が出た。
部隊損失率が一定範囲を超えると、ヴァルク部隊は攻撃を継続せず後退する。
さらに負傷者が発生した場合、救出は行う。しかし救出のために新たな損害が予測されると、負傷者を残してでも撤退する。
「冷たいな」
悠真が言った。一等空尉は首を振った。
「逆だ」
「逆?」
「無駄な損害を出さない」
「仲間置いてくのに?」
「救助に十人死ぬなら、一人を諦める。合理的だ」
「合理的……」
悠真は画面を見る。ゲームなら分かる。一ユニットを助けるために五ユニット失うなら切り捨てる。でも現実ではそこには生き物がいる。
「人間なら違います?」
「場合による」
一等空尉は答えた。
「だが人間は、合理的でないことをする」
悠真は一等空尉を見る。
「仲間を助けるために?」
「それもある」
「負けると分かってても戦う?」
「ああ」
「馬鹿じゃないですか」
「そうだな」
一等空尉は苦笑した。
「だから戦争は計算通りにならない」
*
午後一時四十分。異星航空機運用試験隊に初の正式な実戦命令が下った。目標は埼玉県西部の山間地域。数時間前からヴァルク地上部隊が物流拠点と送電施設を占拠し、その周囲に防御陣地を構築していた。珍しい動きだった。
これまで彼らは軍事施設を破壊したら移動することが多かった。土地そのものを確保しようとはしなかった。今回は違う。
「何を守ってるんです?」
悠真が聞く。
「分からん」
一等空尉が答える。
「偵察では、地下に何か運び込んでいる」
「基地を作ってる?」
「可能性はある」
航空写真。山中。小さな工業団地。その一角にヴァルク降下艇から運ばれた機材が設置されている。巨大な柱。円盤状の構造物。何なのかは不明。
「攻撃目標は地上部隊の排除および装置の確保。可能な限り破壊するな」
一等空尉が説明する。悠真が言った。
「また壊すなですか」
「研究者が泣くからな」
「戦ってる人の方が泣きたいでしょ」
「その通りだ」
投入戦力。陸上自衛隊普通科部隊。機動戦闘車。迫撃砲。対戦車ミサイル。無人機。そして鹵獲ヴァルク機二機。航空自衛隊の二等空佐と一等空尉が乗り込む。
「一尉、乗るんですか」
「医務官の許可が出た」
「腕大丈夫なんです?」
「固定すればな」
「俺には駄目って言ったのに」
「俺は訓練してる」
「ずるい」
「大人だからな」
「便利ですね、その言葉」
二機が基地を離陸した。悠真は作戦室。前線との通信回線を開く。
『神谷』
「はい」
一等空尉の声。
『黙って見てろとは言わん。何か気づいたら言え』
「責任重くないですか」
『判断するのはこっちだ』
「なら言います」
『頼む』
*
作戦開始。最初に動いたのは地上部隊だった。山の南側から迫撃砲。着弾。ヴァルク陣地周辺。
直撃を狙わない。動かすための砲撃。予想通り、ヴァルク兵が分散する。ドローンが上昇。
「来るぞ」
自衛隊側も無人機を飛ばす。だがヴァルクの小型機がそれを捕捉。
光。一機撃墜。二機。三機。
「ドローン戦は負けるな」
悠真が呟く。
「性能差が大きい」
次。機動戦闘車が遠距離から射撃。ヴァルク四脚兵器が回避。速い。しかし一両が別方向から撃つ。命中。四脚兵器が倒れた。
「一両目!」
地上部隊の無線。ヴァルク兵が動く。一斉ではない。いくつかの小隊に分かれる。左右。中央。悠真は画面を見た。
「中央、囮じゃないですか」
『根拠は?』
一等空尉。
「数」
『確かに少ないな』
「少なすぎる。左右の方が多い」
『地上隊へ共有』
中央部隊が前進。自衛隊が食いつかない。数秒後。左右のヴァルク部隊が回り込もうと動いた。
「やっぱり」
砲撃。右側部隊へ。ヴァルクが後退。そこへ鹵獲機二号機が低空から入った。レーザー。四脚兵器一機。撃破。ヴァルクの攻撃機一機が上空から接近する。
「空来ました!」
『確認』
二号機と一号機が分かれる。一等空尉の一号機が攻撃機へ。二号機は地上支援を継続。
「連携うまいな……」
悠真が言う。以前なら、一機の敵に二機とも向かっていただろう。今は違う。一号機は敵を追わない。基地側へ誘導。攻撃。敵が回避。さらに撃たない。進路だけを制限。地上の対空ミサイル部隊が発射。ヴァルク機が大きく上へ避ける。そこへ一号機。予測射撃。命中。
「すげえ」
悠真は思わず声を上げた。
『聞こえてるぞ』
一等空尉。
「褒めてるんですよ!」
『集中しろ』
敵機が姿勢を崩す。一等空尉は中央を狙わない。後部。推進系。一射。二射。敵機は爆発しなかった。推力を失い、山中へ降下する。
「不時着する!」
『回収班準備』
可能なら壊さず落とす。本当にやった。
*
地上戦は一時間近く続いた。ヴァルク部隊は強かった。特にセンサー。自衛隊側が森林を使って隠れても、かなりの確率で位置を把握される。だが完全ではない。
強い電波妨害。煙幕。熱源デコイ。複数方向からの同時攻撃。人類側も少しずつ対抗手段を見つけ始めていた。
そして、悠真が最初に気づいた損害率の傾向も正しかった。
「引きます」
ヴァルク兵三体。四脚兵器二機。ドローン多数。それだけの損害を受けた時点で、ヴァルクの前進が止まった。一度後退。陣形を組み直す。
「やっぱり」
悠真は言った。
「このくらいで下がる」
一等空尉から返答。
『損失限界を設定してるのかもしれんな』
「じゃあ、倒さなくてもいい?」
『どういう意味だ』
「一定以上損害出すと撤退するなら、全滅させる必要ないですよね」
通信が少し静かになる。
「三体倒すと引く部隊なら、三体倒したら追わない。追い詰めると向こうも必死になる」
『……合理的だな』
「ヴァルクみたいに?」
『嫌な言い方をするな』
しかし作戦指揮所はその考えを採用した。撃退を目的とする。無理に追撃しない。人類側の被害も抑える。
結果。ヴァルクは少しずつ陣地を捨て始めた。
*
最後まで残ったのは、地下施設周辺だった。ヴァルク兵十二体。四脚兵器一機。そして謎の装置。
「撤退しない」
悠真が画面を見る。
「さっきまでの動きと違います」
『守る価値が高いんだろう』
一等空尉。地上部隊が接近。ヴァルク兵が猛烈に反撃する。それまでなら後退する損害率。それでも下がらない。
戦闘。ヴァルク兵が一体倒れる。もう一体。それでも残る。四脚兵器が対戦車ミサイルを受ける。爆発。ヴァルク兵が地下入口へ後退した。
「逃げる?」
「違う」
一等空尉の声。
『中に籠もる気だ』
地上部隊。突入準備。その時悠真が叫んだ。
「待って!」
『何だ』
「一体、動いてない」
地下入口から少し離れた場所。倒れたヴァルク兵。他の死体とは違う。
「手」
拡大。四本の腕のうち一本が、わずかに動いている。
「生きてる」
作戦指揮所が静まった。
『衛生班』
一等空尉が言った。
『捕獲を優先。撃つな』
*
そのヴァルク兵は重傷だった。装甲胸部に大きな亀裂。右下腕を失っている。体液。青黒い液体。それでも呼吸している。人類が初めて確保した、生きたヴァルクだった。
問題は治療だった。何をすればいいのか分からない。人間用の輸血は当然できない。薬剤も使えない。酸素濃度が地球環境のままでいいのかすら不明。そこで基地へ運ばれたヴァルク機の医療装備らしきものが調べられた。幸運だった。
座席後部に、乗員の生命維持装置らしい機構が存在した。負傷したヴァルクをそこへ接続すると、機械が自動的に反応した。透明な膜が体表へ密着。液体。微弱な光。
「治療してる?」
悠真はガラス越しに見ていた。
「たぶん」
研究者が答える。
「少なくとも生命維持はしている」
悠真は初めて、生きているヴァルクを近くで見た。山中で見た死体とは違う。胸がわずかに上下している。黒い大きな目。閉じたり開いたりする。灰褐色の皮膚。残った三本の腕。
やはり小さい。身長百三十センチほど。だが横幅は人間よりずっと広い。
「重力高い星って話でしたっけ」
「身体構造からの推測だ」
研究者が答える。
「筋肉密度が高い。骨格も頑丈。地球より高重力環境へ適応した可能性はかなり高い」
「言葉は?」
「まだ無理だ」
「宇宙船からデータは取れないんですか」
「取れても読めない」
悠真はしばらくヴァルクを見ていた。敵。自分たちの星を侵略している。今日も自衛官が何人も負傷した。死者も出ている。それなのに、こうして治療している。
「殺さないんですね」
研究者が悠真を見る。
「捕虜だからな」
「向こうも?」
「何?」
「向こうも人間捕まえたら治療するんですかね」
研究者は答えなかった。その時、ヴァルクの目が開いた。こちらを見ている。
「起きた」
研究員たちが動く。
「バイタル上昇」
「刺激するな」
「照明落として」
ヴァルクは動こうとした。残った腕。一本。医療膜が固定している。動かない。目だけが周囲を見る。壁。人間。装置。最後に悠真。
「こっち見てる」
「全員見えてるだろう」
「いや」
悠真は少し動いた。ヴァルクの目も追う。右。左。
「俺を見てる」
「なぜ」
「知らないです」
ヴァルク艦隊が自分を捕獲対象に指定していたことを、人類側は知らない。ただ目が合った。敵。異星人。なのに奇妙だった。怪物には見えない。怖い。でも考えている。それだけは分かる。
「何考えてるんだろ」
ヴァルクが一本の腕を動かした。
「動いた」
「離れて」
研究者が悠真を下げようとする。だが攻撃ではなかった。ヴァルクの細い上腕。指。透明な医療膜の表面へ触れる。
ゆっくり線を引く。一つの円。研究者たちが止まった。
「何だ?」
ヴァルクがもう一つ描く。大きな円の周囲。小さな円。
「……惑星?」
悠真が言った。さらに点。いくつも。中心に大きな円。その周囲に複数の小円。
「太陽系?」
ヴァルクは悠真を見る。そして円の一つを指した。三番目。
「地球」
誰かが呟いた。ヴァルクの指。地球。次に遠くへ線。太陽系の外。さらに一つの円。
「何だ?」
ヴァルクはもう一度、地球を指す。そして自分を指した。地球。自分。地球。自分。繰り返す。
悠真はガラスの前へ戻った。
「……地球に来たって言ってる?」
返答はない。当然だ。言葉が通じない。悠真は透明板のこちら側へ指を当てた。自分。地球。ヴァルク。遠くの星。研究者たちは黙って見ている。
「話せるかもしれない」
誰かが言った。ヴァルクが再び腕を動かした。今度は数。一つ。二つ。三つ。規則的な点。
悠真は気づいた。
「数字ですよね」
「素数か?」
研究者が前へ出る。二。三。五。七。点のまとまり。
「数学だ」
ヴァルクは目を閉じた。疲れたらしい。それでも最後にもう一度、地球を指した。そして自分。悠真はその動きを見た。
「……話したいのか?」
答えはなかった。
*
その夜、人類初のヴァルク捕虜確保は公表されなかった。理由は単純だった。世界中が混乱する。まだ意思疎通もできていない。人類側の情報を与える危険もある。そして何よりその個体が何を知っているのか、誰にも分からない。
悠真は基地の食堂で夕食を食べていた。
「宇宙人と話した?」
亮太が聞く。
「話してない」
「ニュースで捕虜取ったって噂出てる」
「噂だろ」
「本当?」
悠真はカレーを食べた。
「秘密」
「本当なんだな」
「なんで」
「お前、嘘下手だから」
「うるさい」
亮太はスマートフォンを見る。
「ネットだと宇宙人尋問しろとか、解剖しろとか、友好的に話せとか、もうめちゃくちゃ」
「まだ何も分かってないのにな」
「ヴァルク語教えてもらえよ」
「一日で?」
「お前、宇宙船一日で覚えたじゃん」
「同じにすんな」
悠真はスプーンを置いた。
「でも」
「何」
「言葉、分かるようになったら聞きたい」
「何を」
少し考える。
「なんで地球なんだろ」
亮太が黙った。
「資源?」
「宇宙なら資源なんか他にもあるだろ」
「じゃあ何」
「分からない」
水。金属。鉱物。そんなもののために、わざわざ人が住んでいる惑星を奪う必要があるのか。
ヴァルクは地球を破壊しない。民間人を極力攻撃しない。都市を焼かない。核も使わない。軍事力だけを徹底的に破壊する。
「この星そのものが欲しいのかな」
悠真が言った。
「地球?」
「ああ」
「宇宙人に?」
「そう」
「なんで」
「だからそれを聞きたい」
*
地球周回軌道。ヴァルク艦隊。地上部隊の戦闘記録が集積されていた。
地球文明。航空戦闘能力。上昇。
鹵獲兵器運用数。増加。
地上戦術。適応中。
新たな項目。
《ヴァルク個体一名 生体信号喪失せず》
捕虜。地球側施設へ移送。
戦術AIは複数の選択肢を提示した。施設攻撃。捕虜処分。救出。無視。
だが艦隊上層部は即座に攻撃を選ばなかった。捕虜一名を救出するための推定損失。攻撃機、複数。地上兵力。さらに鹵獲機部隊との交戦。許容値を上回る。
救出作戦。却下。地球人類の解析能力を考慮。情報流出リスク。上昇。それでも攻撃は却下。
ヴァルク軍は一個体のために多数を失わない。それが彼らの戦争だった。そして捕らえられたヴァルク自身も、それを理解していた。だからこそ彼は地球人へ図を描いた。自分が救出されないことを知っていたから。
自分が生き残る唯一の可能性は、敵と話すことだった。




