第五章 時間がない
空襲警報は、午前一時七分に解除された。悠真は結局、ほとんど眠れなかった。施設の窓から見える夜空は静かだった。時折、遠くを航空機らしい光が横切る。しかしそれが自衛隊のものなのか、宇宙人のものなのかは分からない。
ベッドの上でスマートフォンを眺める。ニュースには、
《北関東上空に未確認飛行物体》
《航空自衛隊基地への攻撃続く》
《政府、被害状況を確認中》
《異星機鹵獲を巡り各国が共同研究要請》
そういった見出しが並び、その中には当然のように自分の記事まで混じっていた。
《高校生パイロット》
《人類初のエース》
《神谷悠真とは何者か》
宇宙人機から出てきたのは高校生二人。亮太の名前も少しだが出ていた。だけどなぜか操縦していたのが悠真のほうだと知れ渡っていた。
「やめろよ……」
画面を消した。昨日まで、自分の名前を検索することなどなかった。今は検索する必要すらない。勝手に出てくる。
隣のベッドでは亮太が寝ていた。よく眠れるな、と悠真は思った。いや、よく見ると起きていた。
「何見てんの」
亮太が目を閉じたまま言った。
「起きてたのかよ」
「サイレンで起きた」
「寝ろよ」
「お前がスマホいじってるから明るい」
「悪かった」
数秒の沈黙のあと、亮太が言った。
「なあ。また乗るの?」
「母ちゃんに止められたんだろ」
「聞いてたのか」
「電話、声でかかった」
「……まだ分からん」
「乗らなくていいんじゃね?」
「うん」
「自衛隊の人いるし」
「うん」
「プロなんだから、そのうち俺らより上手くなるだろ」
「俺らじゃなくて俺な」
「俺も警告見つけた」
「あれ一個だけだろ」
「重要だっただろ」
「はいはい」
少し笑った。その通りだと思った。昨日の訓練を見ても、自衛官たちは操作そのものを短時間で理解していた。むしろ悠真より丁寧だった。基本操作だけなら数十分。数時間も訓練すれば、かなり動かせるはずだ。
戦い方だってそうだ。機首を敵へ向ける必要がない。旋回という発想を捨てる。三次元空間をそのまま移動する。それさえ理解すれば、優秀な戦闘機乗りならすぐ適応する。
悠真の役目は終わる。そう思うと安心した。同時に、少しだけ妙な感情もあった。自分でも何なのか分からない。
*
午前六時二十一分。悠真は爆発音で目を覚ました。窓が震え、反射的に飛び起きる。亮太も同時だった。
「何!?」
続いて警報が鳴った。外ではない。施設内の警報だった。赤いランプが点滅し、廊下から足音と叫び声が聞こえる。
『警戒態勢!』
『全員所定位置へ!』
悠真は窓へ走った。遠くの空に黒い点が見える。一つ、二つ、さらに増える。
「来た」
亮太が呟いた。宇宙人機。悠真にも分かった。数が多い。
「なんでここ?」
答えはすぐに思い浮かんだ。格納庫。あの機体。
「鹵獲機……」
敵は知っている。昨日、悠真の乗った機体がここへ運び込まれた。どうやって知ったのかは分からない。偵察、通信傍受、衛星、あるいは機体自身の信号。理由はどうでもよかった。
敵が来た。
*
「十二機確認! 高度八千、南東から接近!」
「さらに後方!」
「二十?」
「少なくとも二十!」
基地司令部のレーダー画面には、複数の反応が並んでいた。航空自衛隊は迎撃準備を進めていたが、戦闘機は少ない。三日間の戦闘で大半が破壊され、残存機も別の基地へ分散されている。この基地に残っているのは数機だけだった。
「発進させるな」
基地司令が言った。
「しかし」
「結果は分かっている」
沈黙が落ちた。すでに何度も見ている。人類の戦闘機では勝てない。
「地対空部隊、迎撃準備」
「了解!」
その時、オペレーターが声を上げた。
「目標分離! 三方向! 基地へ来ます!」
基地司令は画面を見つめた。
「狙いは?」
「……格納庫です」
誰も驚かなかった。
*
「神谷君!」
部屋のドアが開いた。昨日の防衛省の男だった。
「避難する」
「機体狙われてるんですよね」
男の表情が一瞬止まった。
「君は避難しろ」
「やっぱり。機体はどうするんですか?」
「我々が対処する」
「どうやって?」
「神谷」
低い声がした。昨日、訓練で宇宙人機を操縦していた一等空尉だった。耐Gスーツを着ている。その姿を見て、悠真はすぐに理解した。
「乗るんですか」
「ああ」
「もう?」
「昨日よりはマシだ」
「でも」
「君より飛行経験はある」
「それはそうですけど」
一等空尉はわずかに笑った。
「昨日は格好悪いところを見せたからな。今度は大人の仕事だ」
妙に格好良く聞こえた。
「避難しろ」
「はい」
「佐伯も」
「はい!」
二人は廊下へ向かった。その背後で再び爆発が起きた。今度は近い。建物が揺れた。
*
格納庫では、鹵獲機の修復作業が続けられていた。とはいえ、ほとんど進んでいない。そもそも直し方が分からないのだ。
人類側にできたのは、破損箇所を調べ、脱落した外装を固定し、内部へ異物が入らないよう応急処置を施すことくらいだった。しかし機体自身がある程度の自己診断を行っているらしく、昨日まで赤く表示されていた箇所の一部が黄色へ変わっている。自己修復なのか、予備系統への切り替えなのか。それすら分からない。
「起動!」
一等空尉が座席へ座る。認証失敗。非常モード。起動。周囲の研究者が退避し、格納庫の大型扉が開いた。
外には朝の空。そして遠方に黒い点。
「敵、距離二十八キロ! 十七機!」
「防空射撃開始!」
地上から複数のミサイルが白煙を引いて上昇する。宇宙人機が散開し、レーザーが瞬いた。一発、二発。ミサイルが空中で破壊される。
「駄目か」
一等空尉は呟いた。だが時間は稼げる。鹵獲機が浮上する。高度十メートル、二十メートル。そのまま加速した。
「うまい」
格納庫の入口から見ていた研究者が言った。当然だった。一等空尉はプロだ。操縦方法さえ理解すれば、機体を動かすこと自体は難しくない。
*
避難用地下施設へ向かう途中、悠真は足を止めた。
「悠真」
亮太が声をかける。壁に設置された大型モニターには、基地内の戦闘映像が映っていた。鹵獲機が飛んでいる。一等空尉の操縦だ。
「すげえ」
亮太が言った。悠真もそう思った。自分よりずっと安定している。加速も停止も高度管理も無駄がない。
「ほら。大丈夫じゃん」
「うん」
敵機三機が接近する。一等空尉は正面から向かった。射撃。回避。宇宙人機も反撃し、それをまた回避する。
「避けた!」
周囲の隊員から声が上がる。二射、三射。一等空尉は距離を保ちながら一機を追った。
「駄目だ」
悠真が呟いた。
「何?」
「追ってる」
「そりゃ敵だから」
「違う」
敵機一機が逃げる。一等空尉が追う。その外側から二機が広がっていく。
「誘われてる」
悠真は画面へ近づいた。敵機は一列ではない。広がりながら射線を作っている。
「右」
悠真が呟く。一等空尉も右へ動く。そこに敵がいる。
「違う!」
レーザー。鹵獲機は間一髪で回避した。
「危な……」
亮太が息を吐く。だが悠真には分かった。昨日と同じだ。上手い。操縦そのものは自分より遥かに上手い。だが、戦闘機として戦っている。
敵の位置、速度、高度、優位な位置。何十年も積み上げてきた航空戦闘の常識。それは簡単には捨てられない。
「もうちょっと」
「何が」
「あと何時間かあれば」
きっと適応する。この一等空尉なら。昨日の訓練でも、三戦目、四戦目と明らかに生存時間が伸びていた。悠真の戦い方も見ている。今だって、急停止、横移動、後方射撃を試し始めている。少しずつ、確実に変わっている。
「この人ならいける」
「じゃあいいじゃん」
「うん」
その瞬間、新たな反応が画面に現れた。
「増援?」
亮太が言う。敵機。さらに八。悠真の顔が固まった。
「……無理だ」
*
「敵増援! 八機! 総数二十四!」
基地司令部に声が飛び交う。
「鹵獲機を戻せ!」
「敵が格納庫へ向かっています!」
最初からそうだった。宇宙人の目的は戦闘ではない。鹵獲機。その破壊、あるいは回収。
一等空尉が戦っている間に、別部隊が高度を下げてくる。
「地上部隊!」
「射撃開始!」
短距離地対空ミサイル。機関砲。ありとあらゆるものを撃つ。命中しない。それでも撃つ。近づかせないために。
*
地下施設への入口で、隊員が叫んだ。
「早く!」
悠真は動かなかった。
「神谷!」
画面では一等空尉の機体が四機に追われている。一機を狙う。外される。反撃。避ける。動きは良くなっている。本当に。
あと少し。あと一時間。いや、三十分。もしかしたら十分。実戦で戦い続ければ、この人は理解する。どう戦えばいいのか。
だが、その十分間がない。敵は今ここにいる。格納庫へ向かっている。
「亮太」
「何」
「お前、避難しろ」
「は?」
悠真が走り出した。逆方向。格納庫へ。
「おい! 悠真!」
「行け!」
「何する気だよ!」
分かっていた。機体は一機しかなく、今は一等空尉が乗っている。自分が行っても意味はない。それでも悠真は走った。
*
警告音が鳴る。一等空尉は息を吐いた。
「速いな」
敵三機。いや、四機。正面、左、上。距離を変えながら同時に射撃してくる。
避ける。機体を下へ。レーザーが頭上を通過し、すぐに横移動。二射目も回避。
「神谷の言ってたことは分かる」
一人で呟く。戦闘機ではない。敵の後ろへ回る必要はない。機首方向も関係ない。それは頭では分かっている。
だが身体が勝手に動く。敵を前に捉えようとする。速度を失うことに抵抗がある。後方に敵が入れば振り切ろうとする。
何千時間も訓練した動きが、身体に染み込んでいる。
「厄介だな」
思わず笑う。それでも修正はできる。時間さえあれば。
警告。右。今度は振り向かない。そのまま左へ射撃した。
「こうか」
敵が回避する。
「なるほど」
少し分かった。次に、敵の射線へ別の敵機を入れる。一機が攻撃を中止した。
「神谷の真似だ」
いける。そう思った瞬間、機体が大きく揺れた。
「っ!」
被弾。右側の表示が赤くなる。
「まずい」
さらに一発。推力低下。
「基地へ戻る」
指示を出す。機体は旋回せず、そのまま基地方向へ加速した。
「まだ癖が抜けないな」
自分で苦笑した。
*
悠真が格納庫へ到着した時、鹵獲機が戻ってきた。速い。低空。右側から白煙のようなものを吹いている。いや、煙ではない。何かの気体だ。
「下がれ!」
隊員が叫ぶ。機体は高度を落とし、激しく地面を滑って停止した。格納庫前。側面が開き、一等空尉が出てくる。しかし歩けない。隊員たちが駆け寄った。
「一尉!」
「大丈夫だ」
大丈夫ではない。額から血を流し、右腕を押さえている。
「機体は」
「動きます!」
「推進系一部損傷!」
「武装生きてます!」
一等空尉は悠真を見た。
「何してる」
「……」
「避難しろ」
「一尉は」
「俺はもう一度行く」
立とうとする。膝が落ちた。
「無理です!」
衛生員が止める。
「離せ」
「骨折の可能性があります!」
「まだ飛べる」
「あなたが無理です!」
その言葉で周囲が静かになった。機体は飛べる。パイロットがいない。他にも自衛官はいる。すぐ横に。一等空尉ほどではないが、訓練した者もいる。
「俺が行く」
別のパイロットが前へ出た。
「操作は分かる」
一等空尉が首を振った。一番腕のいい一等空尉が何の成果もなく逃げ戻ってきたのだ。敵もさらに増えている。
「まだ無理だ」
「しかし」
「飛ばすだけならできる」
一等空尉は空を見る。宇宙人機。
「今必要なのは操縦できることじゃない」
誰も言葉を返さない。悠真にも分かった。昨日から訓練を始めたばかりだ。あと少しなのだ。あと少しあれば、誰かが追いつく。軍人なら。優秀なパイロットなら。絶対に。時間さえあれば。
だが敵は待たない。爆発。格納庫の外。
「敵接近! 六機! 距離五キロ!」
全員が空を見る。黒い点が来る。
「格納庫閉鎖!」
「間に合いません!」
「車両退避!」
「ミサイル!」
地上部隊が発射。敵機は回避し、さらに接近する。一等空尉が悠真を見る。二人の目が合った。
数秒。
「……乗れるか」
その言葉に周囲が止まった。
「一尉!」
誰かが声を上げる。
「高校生ですよ!」
「分かっている!」
一等空尉が初めて怒鳴った。静寂。
「分かってる……」
声を落とす。
「俺だって乗せたくない」
悠真を見る。
「だが」
空。敵。
「時間がない」
悠真は鹵獲機を見た。昨日乗った。四機落とした。怖かった。宇宙人を殺した。母親の声を思い出す。
『乗らないで』
帰りたい。本当にそう思う。
「他の人は」
悠真が聞いた。一等空尉は答えた。
「飛ばせる」
「戦えますか」
「いずれな」
「どれくらい」
一等空尉は黙る。
「数時間?」
「……」
「一時間?」
「分からん」
「でも俺なら」
「神谷」
止めるような声だった。それでも悠真は続けた。
「今なら戦える」
誰も否定できなかった。それが一番嫌だった。
「俺が行きます」
「駄目だ!」
防衛省の男が声を上げる。
「君は民間人だ!」
「じゃあ誰が行くんですか!」
悠真自身が驚くほど大きな声が出た。
「敵、目の前ですよ!」
「それでも――」
「他の人が覚えるまで待ってくれるんですか!」
爆発。さらに近い。格納庫の天井から埃が落ちる。
『敵機、基地上空へ侵入!』
悠真は機体へ向かった。
「神谷!」
「俺だって嫌ですよ!」
振り向く。
「乗りたくない! 怖いし! 昨日のやつ、まだ夢に出るし!」
一歩。
「でも!」
空を見る。
「俺が乗れば、少なくとも何機かは落とせる!」
誰も動かない。
「その間に自衛隊の人が覚えてくださいよ! 俺より上手くなってください!」
一等空尉の目が少し開いた。
「俺、ずっと戦う気ないですから! 高校卒業したいし!」
場違いな言葉だった。誰かが小さく息を吐いた。
「だから」
悠真は操縦席へ向かう。
「それまで俺がやります」
*
座席に身体を固定する。機体が悠真を認識する。警告。認証失敗。非常モード。もう慣れた。
『神谷君』
通信。一等空尉の声。
「聞こえます」
『昨日とは状況が違う』
「分かってます」
『敵は君を知っている』
「はい」
『同じ手は通用しない』
「分かってます」
『それでも行くか』
悠真は息を吐いた。
「行くしかないんでしょ」
通信の向こうで少し間があった。
『……すまない』
「謝らないでください」
正面に外部表示。敵六機。さらに遠方に十二。
「あと」
『何だ』
「戻ったら、ちゃんと教えてください」
『何を』
「どうやったらGで死なないか」
一等空尉が笑った。初めてだった。
『了解』
格納庫扉が完全に開く。
『神谷』
「はい」
『生きて帰れ』
悠真は空を見る。黒い機体が接近している。昨日とは違う。もう味方だとは思われていない。
表示は最初から赤い。警告。敵。
「了解」
悠真は手を動かした。
「行きます」
鹵獲機が浮上した。
*
宇宙人機六機が同時にこちらへ向く。昨日なら油断していた。今日は違う。
即座に射撃される。
「うわっ!」
悠真は横へ動く。レーザーが二本、三本と通過する。最初から殺しに来ている。
「昨日よりやる気満々じゃん!」
加速。高度を上げる。敵が追う。一機、二機、四機。残り二機は基地へ向かう。
「そっち行くな!」
悠真は射撃。遠距離。回避される。もう昨日のようには当たらない。
「学習してる」
宇宙人は悠真を知っている。フェイント、急停止、回避方向への射撃。昨日使ったものはすべて知られている。
「なら」
悠真は笑った。怖い。なのに、少しだけゲームを始める時の感覚が戻ってきた。
「昨日と違うことすればいい」
敵四機が包囲する。一機が射撃。悠真は避けない。
『神谷!』
一等空尉の声。
「大丈夫!」
レーザー。直前に機体を最小限だけ横へ動かす。光が側面を通過した。
「全部避ける必要ない」
『何?』
「当たらなきゃいい!」
次の射撃。少しだけ下へ。回避。無駄に大きく動かない。Gを減らす。速度を残す。
「これなら」
昨日は動きすぎていた。敵の攻撃が怖くて、全部大きく避けていた。でもレーザーは線だ。射線から外れればいい。
「いける」
悠真の動きが変わる。小さく。不規則に。右、上、停止、左。宇宙人の予測射撃が外れる。
『……そういう避け方か』
一等空尉が見ている。記録している。
「覚えてくださいよ!」
『ああ』
「次、交代してください!」
『努力する』
「絶対ですよ!」
一機が前へ出る。悠真は狙う。撃たない。敵が回避準備。もう一度狙う。撃たない。相手も動かない。
「警戒してる」
三度目。今度は狙わない。別方向へ視線を向け、突然射撃する。敵の反応が遅れた。
命中。
「一機!」
まだ落ちない。追撃。宇宙人機が退避し、別の二機が間へ入る。
「守るんだ」
昨日より連携が強い。悠真は追わない。
「じゃあ」
基地へ向かっていた二機へ視線を移す。
「そっち!」
突然方向転換。追跡していた三機の反応が遅れる。基地攻撃機一機が悠真の接近に気づき、回避する。
「遅い!」
射撃。一発目は外れ。二発目が機体側面へ命中。三発目。
撃墜。
「一機落とした!」
『確認した!』
「まだ!」
もう一機が悠真へ向く。射撃。回避。至近距離。速い。悠真は上。敵も上。下。ついてくる。右。追従。
「じゃあ」
悠真は突然、地面へ向かった。
『神谷!』
急降下。宇宙人機が追う。地面まで百メートル。五十。三十。
「まだ」
敵は後ろ。十五。十。
『上げろ!』
「まだ!」
地上五メートル。悠真は横へ。宇宙人機も追従する。だが地面、基地施設、障害物。宇宙人機の自動回避が働き、一瞬だけ上昇した。
「そこ!」
悠真は真上へ射撃した。命中。二機目が爆発。
『二機撃墜!』
「よし!」
その瞬間、警告。背後。
「まず――」
衝撃。被弾。機体が揺れる。
「うっ!」
『神谷!』
「大丈夫!」
表示は黄色。まだ動く。敵の残数を数える。四。増援。八。十二。
「多いな……」
呼吸を整える。手が震えている。怖い。でも基地の後ろには、自衛官、研究者、亮太。そして、この機体の操作を覚えようとしている人間たちがいる。
自分は今、時間を買っている。それだけは分かった。
「一尉」
『何だ』
「あとどれくらいで乗れます?」
『今、別の操縦者に訓練させている』
「どれくらい?」
沈黙。
『一時間』
「長い」
『三十分で仕上げる』
「まだ長い」
『無茶を言うな』
「十五分」
『神谷』
「十五分持たせます」
通信の向こうが静かになる。
「その間に覚えてください」
敵機が接近する。悠真は前を見る。
「俺、あと十五分だけ高校生やめます」
一等空尉は数秒、何も言わなかった。
『了解』
そして続ける。
『十五分後、必ず交代する』
「約束ですよ」
『約束する』
通信が切れる。悠真は息を吸った。敵十二機。真正面。
「十五分か」
手を構える。
「ゲームなら短いんだけどな」
機体が加速した。
*
基地内。一等空尉は訓練室へ走った。操縦席の簡易再現。鹵獲機から取得した表示データ。映像。そこに若い自衛官が座っている。
「交代!」
「はい!」
一等空尉自身は右腕を負傷していて乗れない。だから教える。
「神谷の映像を出せ!」
画面に悠真の戦闘が映る。
「いいか!」
集められたパイロットたちを見回した。
「飛行機だと思うな! 旋回するな! 機首を向けるな! 敵の後ろを取ろうとするな!」
画面の中で悠真が横へ飛び、下へ落ち、後方へ射撃する。
「自分が三次元空間そのものになったと思え!」
一人が操作する。ぎこちない。
「違う! 速度を守るな! 止まれ! 止まることを怖がるな!」
もう一度。改善する。
「そうだ!」
別のパイロット。
「敵を見るな! 敵が次に行く場所を見ろ!」
画面の中で悠真が一機撃墜する。
「神谷がやっているのは操縦じゃない! 相手の行動を読んでいる!」
全員が画面を見る。
「俺たちは飛ぶ技術では負けない。だが、あの機体で戦う技術を知らない」
一人、二人。訓練を続ける。少しずつ動きが変わる。
「覚えろ!」
一等空尉が叫んだ。
「十五分で!」
画面の中には、神谷悠真。十二機。一人。
「民間人に! 十七歳のガキに全部やらせるな!」
パイロットたちの目が変わった。
*
その頃、ヴァルク艦隊では別の分析が始まっていた。対象個体。再び戦闘開始。前回戦闘データとの比較。
回避動作、変化。加速度管理、変化。予測撹乱、増加。同一戦術の再使用率、低下。学習速度、異常。
戦術AIが再計算する。対象は前回の戦闘から、地球時間で二十時間にも満たない。にもかかわらず、戦闘方法を変更している。さらに鹵獲機周辺の地球軍にも新たな挙動。
訓練信号。複数。ヴァルク戦術システムは初めて理解した。一個体だけではない。地球人類は学んでいる。急速に。
脅威評価が更新される。
《鹵獲兵器一機》から《敵文明による技術転用開始》へ。
計画の遅延。ヴァルク側にも、時間がなくなり始めていた。




