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ファースト・エース ~人類が三日で敗北したので、ゲーマー高校生が敵の戦闘機で反撃します~  作者: 神野啓次


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第十七章 和平の値段

 セカンドコンタクトから十六時間後、ヴァルク艦隊から二度目の通信が届いた。


《前回提案 資源供給》

《検討資料 送信》


 添付されていたのは、文章ではなく膨大な数値だった。質量、元素組成、温度条件、純度、保存方法らしき情報。人類側の翻訳システムだけでは処理できず、ルクの協力と複数国の研究機関を使って意味を推定する作業が始まった。


「和平交渉って、もっとこう、会議室で偉い人が握手するものじゃないんですか?」


 悠真が言うと、研究責任者は画面から目を離さず答えた。


「それは最後だ。最初は数字だよ」

「夢がない」

「百二十億人を別の恒星系へ送る話に夢で参加されても困る」


 約三時間後、最初の概算が出た。水。炭素。窒素。各種金属。冷却系に使われると推定される原料。生命維持設備の補充物資。そして人類には用途すら完全には理解できない複数の物質。おそらく長距離推進系か、エネルギー貯蔵系に関係するものだった。


「多くないですか?」


 悠真が数字を見る。


「多い」

「これ地球から出したら困りません?」

「物によっては困る」

「じゃあ無理じゃないですか」


 研究者が表示を切り替えた。地球。その周囲に月。さらに無数の点。


「地球だけで考えるな」

「月?」

「月、小惑星、彗星、地球近傍天体。太陽系全体なら資源量そのものは問題にならない可能性が高い」

「じゃあ取ればいい」

「現在の人類が、百二十億人の恒星間航行に必要な量を短期間で採掘して、精製して、宇宙へ運べると思うか?」

「無理ですね」


 別の研究者が言った。


「人類には無理でも、ヴァルクにはできる」


 部屋が静かになる。画面には十三隻の母艦と、そのさらに後方にいる移民船団。


「採掘をヴァルク自身にやらせる?」

「指定した小惑星や月面区域でな。地球には降ろさない。採掘船の数、活動範囲、搬出量を管理する」

「敵に太陽系の資源を渡すんですか?」

「地球を渡すよりは安い」


 単純な話ではなかった。


     *


 人類側の国際会議は、すぐに割れた。


『反対だ。補給させるだけになる』

『その資源で兵器を作られたらどうする』

『撤退すると約束して補給を受けた後、再び地球を攻撃する可能性がある』

『そもそも提示された必要量が本当か確認できない』

『しかし現在の戦争を続ければ我々が負ける可能性も高い』

『だからといって敵に燃料を渡すのか』


 悠真は別室でその議論を聞いていた。普段なら政治家同士の話など途中で飽きていたかもしれないが、今話されている数字の一つ一つが、人類の生存率に直結していた。


「信用できないって話ばっかりですね」


 一等空尉が答える。


「当たり前だ。何万人も殺し合った相手だぞ」

「向こうも同じ?」

「もっと信用してないかもしれん」


 その予想は正しかった。人類側はヴァルクへ質問を送った。


《提示資源 軍事利用可能》

《人類にとって 危険》


 ヴァルクからの答え。


《肯定》


「否定しないんだ」


 続けて、《人類懸念 正当》と表示された。


 外交官が苦笑する。


「そこまで正直だと逆に困るな」


 さらに通信。


《一括供給 不要》

《段階交換 可能》


 研究責任者が身を乗り出した。


「段階交換?」


 続けて送られてきた情報を整理すると、ヴァルク側の考えは単純だった。人類が資源を一度にすべて提供する必要はない。一定量を受け取るごとに、ヴァルク側も地上部隊を一定数撤収させる。さらに一定量を受け取れば大型降下艇を地球から離脱させる。次の段階では攻撃機を減らし、最終的に母艦そのものを地球軌道から後退させる。


 人類側も、最初からすべてを信用する必要はない。


「向こうもこっちを信用してないから、少しずつ交換するってこと?」

「そう見える」

「ちょうどいいじゃないですか」


 一等空尉が悠真を見る。


「何がだ」

「お互い信用してない」

「それをちょうどいいとは普通言わん」


 しかし外交の専門家たちは、むしろ評価した。


「現実的だ。相互信頼ではなく、相互不信を前提にできる」

「裏切った場合の利益を小さくする」

「約束を守ることを期待するんじゃない。破る方が損になるようにする」


 悠真には、少しヴァルクらしく思えた。信用しろとは言わない。先に全部差し出せとも言わない。同じだけ危険を引き受ける。


 公正。その考え方が、戦争だけではなく交渉にも出ている。


     *


 人類側も条件をまとめ始めた。地上部隊の段階的撤退。地球への追加降下停止。捕虜交換。人類の軍事施設への攻撃停止。最終段階では十三隻すべてを地球軌道から離脱させる。一方、ヴァルク側は資源採掘区域への攻撃禁止、移民船団への攻撃禁止、採掘作業の安全保障、別候補星への航路変更に必要な期間を要求した。


 さらに人類側から新しい要求が出た。


《技術情報 提供》


 ヴァルクから返答。


《内容による》


「これも拒否じゃない」


 候補として挙げられたのは、兵器そのものではなかった。生命維持技術、高性能材料、エネルギー変換、恒星間航行理論、長距離観測技術、ヴァルクが数百年かけて集めた周辺恒星系の観測データ。


「こっちは資源を渡して、向こうは技術を渡す」


 悠真が言う。


「それだけじゃない。地球から出ていってもらう」


 和平の形が見え始めていた。だがまだ形だけだった。その瞬間にも、中国東部ではヴァルク攻撃機が軍用レーダー施設を破壊し、東欧では人類側の砲撃によってヴァルク地上兵が死亡していた。


 交渉室の大型画面に速報が出る。


《中国軍施設被害 死傷者確認中》


 その下。


《ポーランド方面 ヴァルク地上部隊との交戦継続》


 悠真は画面を見た。


「これ、先に止められないんですか?」

「何を?」

「戦争」


 誰もすぐには答えなかった。


「話してるんでしょう? 資源渡して、向こうが別の星へ行く話までしてる。じゃあなんでまだ戦うの?」


 外交官が悠真を見る。


「そのまま聞くか?」

「聞いちゃ駄目です?」

「いや」


 少し考え。


「むしろ君が聞いた方がいい」


     *


《神谷悠真 質問》


 通信回線が開く。


「じゃあなんでまだ戦うの?」


 翻訳担当が少し整える。


《資源提供による別候補星移動 検討可能》

《なぜ現在も 地球攻撃継続》


 返答は早かった。


《現在方針 ヴァルク生存確率 高い》


 続く。


《地球占領成功確率 高い》

《地球 既に生存適合確認》

《新候補星 不確実性あり》

《長距離移動 航行事故可能性あり》

《移民船団損失可能性あり》

《現在戦闘継続時 想定ヴァルク損失 より低い》


 悠真は黙った。一等空尉が横で小さく言う。


「合理的だ」


 ヴァルクの回答はさらに続いた。


《人類提案 実行確率 不確実》

《資源量 未確定》

《供給期間 未確定》

《人類意思統一 未確認》

《約束履行能力 評価不足》


 そして最後。


《現在方針変更 合理的理由 不足》


「つまり」


 悠真は画面を見た。


「資源をもらって、もう一回どこか分からない星まで飛ぶより、このまま俺たちに勝って地球を取った方が、生き残れる可能性が高い?」


《肯定》


「その方がヴァルクも死なない?」


《現時点予測 肯定》


「しかも、人類が本当に約束守って資源を全部渡すか分からない」


《肯定》


「……だったら勝てる間は、今のやり方変えない?」


《肯定》


 以前と同じだった。ヴァルクが勝てると思っている限り、戦争をやめる理由はない。今回はそこへ、もう一つ理由が加わった。人類側の和平提案そのものが、まだ信頼できる計画ではない。


「話せるようになったから和平になるわけじゃないんですね」


 外交官が答える。


「話せなければ和平にはならない。だが、話せるだけでも和平にはならない」


 悠真は椅子へ深く座った。


「なんて面倒くさい」

「惑星間戦争を簡単に終わらせようとするな」


     *


 ヴァルクが最も問題視していたのは、人類の意思決定構造だった。


《人類 意思決定主体 複数》

《国家 多数》

《軍事組織 複数》

《合意主体 不明確》

《将来履行 予測困難》


 国際会議の参加者たちにとって、かなり痛い指摘だった。


「まあ……そうですよね」


 悠真が言った。


「日本が約束しても、アメリカが守るか分からない。アメリカが約束しても、他の国が守るか分からない」


 現在は共同対応しているが、地球政府があるわけじゃない。ヴァルクは百二十億人を一つの脱出計画に参加させた文明だった。対して人類は、侵略を受けている今でさえ国家ごとに軍も政府も法律も違う。


「向こうから見たら、誰と約束すればいいか分からないのか」


 悠真の言葉に外交官が頷く。


「そういうことだ」


「国連じゃ駄目なんです?」

「国連が各国軍を直接動かせるわけじゃない」

「じゃあどうするんです?」

「そこを今から作る」


 簡単ではなかった。しかし人類側にも利点があった。全世界が同じ危機に直面している。ヴァルクに地球を奪われれば、国家間の優劣を争う意味すらなくなる。各国政府は急速に、和平履行のための国際枠組みを作り始めた。


     *


 その日の午後、ヴァルクから悠真へ別の通信が来た。


《神谷悠真 行動予測 比較的容易》


「……それ褒めてます?」


《発言 行動 一致率 高い》


 研究責任者が笑った。


「褒められてるぞ」

「単純って言われてません?」


 一等空尉。


「だいたい同じだろ」

「違いますよ」


 ヴァルクはさらに続けた。


《神谷悠真 戦闘回避希望 発言》

《必要時 戦闘》

《ヴァルク絶滅不要 発言》

《母艦攻撃 実行》

《矛盾に見える》

《しかし基本目的 一貫》


 悠真が眉を寄せる。


「基本目的?」


《自己 家族 友人 人類社会 生存》

《それを脅かす対象へ戦闘》

《脅かさない場合 戦闘理由なし》


「……まあ」


 言われてみれば、その通りだった。


「俺が約束しても意味ないですよ」


《理解》


「俺、政府じゃないし」


《理解》


「じゃあなんで俺と話すんです?」


《人類理解に有用》


「結局研究対象じゃん」


 誰かが笑った。悠真は少しだけ嫌そうな顔をしたが、もう以前ほど気にはならなかった。


     *


 全面停戦はまだ無理だった。ならば。


「小さく試す」


 外交官が言った。


「何を?」

「人類が約束を守れるか。ヴァルクが約束を守るか」


 候補になったのは北海道東部の一地域だった。数日前から自衛隊とヴァルク地上部隊が対峙している。両軍とも負傷者が出ており、周辺には避難しきれていない民間人も残っていた。


《限定地域》

《十二時間》

《双方攻撃停止》

《負傷者回収》

《民間人退避》


 ヴァルクへ提案。返答まで四十七分かかった。


《検討》


 さらに十九分。


《条件追加》

《ヴァルク負傷者 回収》

《人類による妨害なし》

《双方無人機 攻撃行動禁止》

《新規兵力配置禁止》


 人類側が確認する。


「公正ですね」


 悠真が言った。


「こっちだけ負傷者回収するのは駄目なんだ」


 条件調整。開始時刻。区域。双方の部隊位置。航空機進入禁止高度。ドローン活動範囲。互いに何をすれば停戦違反になるか。

 細かい条件を詰めるのに三時間以上かかった。


 やがて《合意》その二文字が表示された。


「成立?」


 悠真が聞く。


「北海道限定で十二時間だけな」


 人類史上初めて人類とヴァルクの停戦が決まった。


     *


 開始時刻。北海道東部。自衛隊の前線部隊へ命令が届く。


『全隊、射撃停止』


 同じ時刻。数百メートル先にいるヴァルク部隊にも変化が起きた。四脚兵器の砲身が下がる。小型ドローンは飛び続けているが、攻撃姿勢を取らない。ヴァルク兵も遮蔽物から姿を見せた。


 自衛官が銃を構えたまま見る。ヴァルクも人類を見る。撃てる距離だった。昨日までなら撃っていた。誰も撃たない。


「……本当に止まった」


 作戦室の中継映像を見ながら悠真が呟く。一等空尉が答える。


「十二時間だけだ」


 自衛隊の救護班が前へ出る。負傷者を担架へ乗せる。少し離れた場所ではヴァルク兵が倒れていた仲間を回収している。互いに相手の動きを監視しながら、それでも攻撃しない。さらに民間人を乗せた車列が区域から出ていく。ヴァルク部隊は止めなかった。人類側もヴァルクの負傷兵搬送を妨害しない。

 数時間前まで殺し合っていた二つの種族が、同じ道路を使って負傷者を運んでいる。


 近づかない。話さない。武器も捨てない。ただ、撃たない。それだけだった。


 世界中のニュースが速報を流した。


《人類・ヴァルク間で初の局地停戦》

《北海道東部の指定区域 十二時間》

《負傷者回収と民間人避難を実施》


 歓喜する者もいた。和平が近いと叫ぶ者もいた。しかし同じ画面の下では別の速報が流れている。


《東欧方面 戦闘継続》

《北米軍施設 ヴァルク攻撃機と交戦》


 世界のほとんどでは、まだ戦争が続いていた。停戦区域の外へ一歩出れば、人類とヴァルクは敵だった。


     *


 停戦開始から六時間後。研究施設でルクが映像を見ていた。


「向こうもちゃんと守ってるね」

《肯定》

「人間も今のところ守ってる」

《肯定》

「これで信用上がる?」


 ルクは少し考えた。


《一回 小さい》

「ですよね」

《しかし ゼロではない》


 悠真は笑った。


「ヴァルクって、そういう言い方好きだよね」

《正確》

「はいはい」


 ルクはもう一度映像を見る。そこにはヴァルク兵がいる。自分と同じ種族。そして人間。敵同士。それでも撃っていない。悠真はふと思った。


「これを何回もやれば」

《何》

「十二時間を二十四時間にして。範囲を広げて。全部の戦場でやれば」


 ルク。


《それは 停戦》

「そのあと攻撃しないって決めたら?」

《和平》

「簡単じゃん」


 研究責任者が横から言った。


「その簡単なことをするために、何万人死んだと思ってる」

「……ですよね」


 画面には、北海道の道路が映っていた。人間の救急車両。その向こうを歩くヴァルク兵。互いに武器を持っている。互いに相手を信用していない。それでも撃たない。和平の条件は、少しずつ見え始めていた。


 資源。撤退。技術。安全保障。そして何より、戦争を続けるより、戦争をやめた方が双方の生存確率が高いと証明すること。ヴァルクはまだ、そこまで到達していないと判断している。現在のまま地球を攻撃し、占領する方が、新しい星を目指すより安全で、失うヴァルクも少ない。勝てるなら方針を変える理由はない。


 だから人類は和平を成立させるためにも、その計算を変えなければならなかった。


 世界のほとんどでは、まだ銃声が続いていた。それでも北海道の一角だけでは、人間とヴァルクが互いを照準に入れながら、引き金を引かなかった。


 十二時間。それが、人類とヴァルクが初めて作った平和の長さだった。

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