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ファースト・エース ~人類が三日で敗北したので、ゲーマー高校生が敵の戦闘機で反撃します~  作者: 神野啓次


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第十六章 セカンドコンタクト

 ヴァルク艦隊から届いた最初の通信は、わずか一文だった。


《人類 通信能力 確認》


 それだけで世界中の政府と軍が動いた。これまで人類は何度もヴァルクへ呼びかけている。侵攻開始直後から、国際機関、各国政府、軍、研究機関があらゆる周波数と通信方式を試した。それでも返答はなかった。彼らが人類の通信を理解できなかったわけではない。地球に知的文明が存在することを知った上で侵攻してきた以上、少なくとも電波通信という概念そのものは理解していたはずだ。必要がなかったから答えなかった。それが人類側の結論だった。


 そして今、必要が生まれた。


「返信します」

「内容は?」


 臨時に設置された国際連絡会議の代表が画面を見る。各国政府から承認された文章は、極端に短かった。


《人類 通信可能》

《対話 希望》


 送信。返答まで十一分。


《確認》

《交信相手 指定》


 作戦室の空気が変わった。


「相手を指定?」

「国家か?」

「国連代表では?」

「ルクを要求する可能性もある」


 次の信号が届く。解析は数秒で終わった。翻訳機が文字を表示する。


《KAMIYA YUMA》


 誰も喋らなかった。数秒後、作戦室にいた人間がほぼ同時に悠真を見る。


「……なんで俺?」


 一等空尉が額を押さえた。


「知らん」

「俺、外交官じゃないですよ」

「見れば分かる」

「高校生ですよ」

「それも知ってる」

「じゃあ断りましょうよ」

「断れると思うか?」


 悠真はもう一度画面を見る。アルファベットで表示された、KAMIYA YUMA。世界で最初に、自分の名前を敵文明から呼ばれた人間になってしまった。


「名前まで知ってるんですね」


 研究責任者が頷く。


「お前の名前は世界中で放送されている。軍事通信にも出ている。特定するのは難しくない」

「嫌だなあ」

「向こうはもっと前からお前を識別していた可能性が高い」


 画面が切り替わる。これまでに推定されたヴァルク側の行動記録。悠真の一号機へ集中した攻撃。戦闘パターンの変更。悠真の癖を利用した二重誘導。鹵獲機そのものを優先して破壊する行動。


 一等空尉が腕を組んだ。


「最初に敵機を奪った。最初に敵を落とした。お前の戦い方を元にこっちが戦術を変えた。その後、向こうがお前対策まで作った。母艦攻撃にも参加した」

「並べるとすごい迷惑なやつですね、俺」

「ヴァルクから見ればな」


 ルクにも質問した。


《なぜ 神谷悠真 指定》


 返答はすぐだった。


《推測可能》

《第一鹵獲機 操縦者》

《最初の有効抵抗》

《戦術変化 起点》

《ヴァルク 行動変更原因》


 悠真が顔をしかめる。


「行動変更原因って」

「お前がいたせいで作戦を変えた、という意味だろう」


 さらに、


《研究対象》


「最悪の単語が出てきた」


 一等空尉が笑った。


「高く評価されてるぞ」

「もっと嫌です」


 だが最後の一文だけは少し違った。


《理解価値 高い》


 研究室が静かになる。


「理解する価値が高い?」

「単なる危険人物として見ているわけじゃなさそうだな」


 国際連絡会議から正式な指示が届いた。悠真の参加を認める。ただし決定権は与えない。外交上の回答は政府代表が承認し、軍事情報については軍が制限する。悠真はあくまで「ヴァルクが指定した交信参加者」だった。


「つまり喋るだけ?」

「勝手な約束をしなければな」

「地球を半分あげますとか言わなければいい?」

「冗談でも言うな」

「言いませんよ」


 一等空尉が悠真を見る。


「神谷、分からないことは分からないと言え。決められないことは決められないと言え」

「はい」

「格好つけるな」

「それ必要です?」

「一番必要だ」


     *


 最初の正式交信は、音声ではなく文字だった。ヴァルクの言語を人間の耳で完全に再現できない。逆に、人間の音声をヴァルクがどう認識するかも完全には分かっていない。ルクとの翻訳辞書を基礎に、双方が文字情報と数値、画像を組み合わせる方式が選ばれた。


 人類側には悠真だけではなく、政府代表、外交官、軍人、言語学者、科学者が並んでいる。


「めちゃくちゃ人いますね」

「惑星間交渉だぞ」

「俺、一番場違いじゃない?」

「相手の指定だ。諦めろ」


 通信開始。


《交信開始可能》

《可能》


 続いて、人類側が送る。


《神谷悠真 参加》


 しばらく間。


《確認》

《神谷悠真 質問》


「いきなり俺?」

「答えろ」


 悠真は画面を見る。


《あなた 最初に ヴァルク兵器使用》

《ヴァルクを殺害》

《その後 ヴァルク生存方法を質問》

《理由》


「……そこ?」


 外交官が悠真を見る。


「自分の言葉で構わない。ただし一度こちらで確認する」

「分かりました」


 悠真は少し考えた。


「俺、ヴァルクを全滅させたいわけじゃないです」


 翻訳担当が文章へ落とす。


《私は ヴァルク全滅を目的としない》


「地球を取られたくないだけです」


《私は 地球を奪われたくない》


「だから戦ってる」


《そのため 戦闘する》


 送信。返答。


《理解》


 それだけだった。


「薄くない?」

「続きが来る」


 来た。


《あなたが戦闘しない場合 死亡可能性低い》

《なぜ戦闘する》


「俺個人の話?」


《肯定》


 悠真は少し困った。


「逃げても、結局駄目だからじゃないですか」


 外交官が確認する。


「もう少し具体的に」


「ヴァルクが勝ったら、俺が生き残っても普通には暮らせないでしょう。学校もなくなるかもしれない。家族だってどうなるか分からない。友達も」


 少し考える。


「だから、自分だけ逃げても意味ないです」


 翻訳。


《自分のみ生存 目的ではない》

《家族 友人 社会 生存を希望》

《そのため戦闘》


 送信。今度は返答まで少し長かった。


《ヴァルクと近い》


 悠真が瞬きをした。


「え?」


 ルクが画面を見る。


《意味 理解可能》


 ヴァルクから続けて届く。


《我々も 個体のみ生存を目的としない》

《家族》

《社会》

《文明》

《生存》


 悠真は何も言わなかった。百二十億。三割を置き去りにすれば、もっと安全に逃げられた。それでも全員を乗せた。帰り道まで使って。


「似てるって言われてもなあ」


 一等空尉が小さく言う。


「相手も同じこと思ってるかもしれんぞ」


     *


 次の質問が届く。


《神谷悠真》

《ヴァルク事情 理解後も戦闘》

《理由》


 悠真は今度はすぐに答えた。


「事情があっても、俺たちが死んでいい理由にはならないから」


 外交官が頷き、ほぼそのまま送られる。


《ヴァルク事情を理解》

《人類が死亡してよい理由にはならない》


 返答。


《正当》


 人類側で小さなどよめきが起きた。


「正当?」


 ヴァルクはさらに送る。


《人類抵抗 正当》

《ヴァルク侵攻 ヴァルクにとって必要》

《双方 生存権》

《衝突》


 研究責任者が小さく息を吐いた。


「ルクと同じだ」


 ヴァルクは、人類が抵抗すること自体を非難していない。降伏しないから愚かだとも、自分たちの方が優れた文明だから従えとも言わない。生きたい者同士がぶつかった。だから戦っている。それだけだった。


     *


 今度は人類側から質問する番になった。政府代表が事前承認された文章を送る。


《ヴァルク目的 地球取得ではなく 文明生存》

《確認》


《肯定》


《地球以外で文明生存可能なら 地球放棄可能》


 返答まで十八秒。


《条件による》

《別候補星 到達可能性が十分》

《百二十億 生存可能性が十分》

《移動資源が十分》

《可能》


 これまでルクから聞いていた内容だった。しかし今回は捕虜個人の考えではない。艦隊側からの回答だった。


「確認できた」


 誰かが小さく言った。外交官は続ける。


《人類が 必要資源を提供する可能性》

《ヴァルク 検討するか》


 長い沈黙。一分。二分。画面は動かない。


「切れた?」

「通信状態正常」

「向こうで確認してるんだろう」


 三分二十二秒。


《資源種類》


 研究室がざわつく。


「拒否じゃない」

「具体的な量を聞く段階に入った?」

「まだだ。種類だ」


 事前にまとめてあった候補を送る。


《水》

《炭素》

《金属資源》

《長距離航行用物質の原料》

《冷却材原料》

《生命維持用資源》

《月 小惑星 地球圏から提供可能性》


 ヴァルクから返答。


《一部有用》

《一部不足》


「不足?」


《加工必要》

《量 非常に大》


 研究者が頷く。


「当然だ。百二十億だぞ」


 悠真は画面を見る。


「でも無理とは言ってない」


 誰も否定しなかった。


     *


 ここでヴァルク側が再び悠真を指定した。


《神谷悠真 質問》

《人類は ヴァルク生存を望むか》


 悠真は黙った。これは高校生一人に答えられる質問ではない。国際代表が口を開く。


「答えられないと言っていい」

「ですよね」


 悠真は少し考えた。


「人類全体がどう思ってるかは知りません」


 そのまま翻訳。


《人類全体の意思 私は決定できない》


「俺個人なら」


 外交官が悠真を見る。続けろ、という表情だった。


「死ななくて済むなら、死なない方がいいと思います」


《私個人》

《ヴァルクが死なずに済むなら その方がよい》


「でも、地球は渡せない」

《しかし 地球を渡す意思はない》


 送信。返答はすぐだった。


《矛盾》


 悠真は思わず笑った。


「やっぱりそうなる?」


 外交官が聞く。


「説明できるか?」

「できますよ」


 悠真は画面を見る。


「敵だから殺すんじゃないです」

《敵であることだけを理由に 殺害しない》


「こっちを殺そうとするから戦う」

《人類生存を脅かすため 戦闘》


「出ていってくれるなら、戦う理由なくなるでしょう」

《ヴァルクが地球から撤退するなら 戦闘理由消失》


 少し考えて、


「友達になれるかどうかは別ですけど」


 外交官が止めた。


「それは送らなくていい」

「なんでです?」

「外交だ」

「正直なのに」

「正直さと不用意は違う」


 一等空尉が小さく笑う。ヴァルク側の返答。


《理解更新》


 悠真が眉を上げた。


「理解したじゃなくて、更新?」

「お前の情報モデルを更新したんじゃないか」

「ほんとに研究対象なんだな……」


     *


 交信開始から一時間十四分。それまで順調だった対話が、初めて止まった。


《戦闘停止 可能か》


 人類側の問いに対し、ヴァルクの返答は短かった。


《否定》


 室内の空気が冷える。


《理由》


《現在 ヴァルク勝利可能性 高い》

《戦闘停止 ヴァルク側利益なし》


 外交官の表情が険しくなる。


「はっきり言うな」


 研究責任者が答える。


「隠す方が彼らにとって不公正なんだろう」


 続き。


《人類は適応中》

《時間経過 ヴァルク不利益》

《よって 軍事行動継続》


 悠真は画面を睨んだ。


「話しながら攻撃するんだ」


 一等空尉が答える。


「向こうは最初からそのつもりだ」


 ヴァルクは和平を申し出たわけではない。人類を理解しようとしているだけだ。地球を奪えると思っている限り、戦争を止める理由はない。そのことを隠しもしない。


 政府代表が送る。


《では 交信の意味は》


 回答。


《人類評価更新》

《将来選択肢増加》

《不要な死亡減少可能性》


「……そう来るか」


 今は戦う。だが状況が変わった時、話せるようにしておく。ヴァルクは、その程度の意味で通信を始めていた。悠真には妙に納得できた。実に彼ららしい。


     *


 交信終了直前、ヴァルク側から最後に一つだけ質問が来た。


《神谷悠真》

《あなた ヴァルク勝利可能性 高いと理解》

《なぜ 戦闘継続》


「それさっき聞かなかった?」


 言語学者が首を振る。


「少し違う。今度は、負ける可能性が高いと知った上でなぜ戦うのか、だ」


 悠真は考えた。数日前なら、もっと格好いい答えを探したかもしれない。人類のため。未来のため。自由のため。どれも間違ってはいない。


「負けたくないから」


 一等空尉が悠真を見る。


「それだけか?」

「だってそうでしょう」


 悠真は画面を見る。


「勝てる保証がないのと、負けるって決まってるのは別です」


 翻訳される。


《勝利保証がないことと 敗北確定は異なる》


「まだ負けてない」

《人類 まだ敗北していない》


「だったら戦います」

《よって 戦闘継続》


 送信。返答まで、今までで一番長かった。五分。通信担当が何度も状態を確認する。


 やがて画面に一文。


《神谷悠真 理解困難》


「悪かったですね」


 続く。


《しかし 重要》


 悠真が黙る。


《あなたの存在により 人類評価 複数回変更》

《今後も 観察必要》


「絶対嬉しくない」


 一等空尉。


「敵文明公認だぞ」

「何がです?」

「要注意人物」

「ほんと嬉しくない」


 そして最後。


《次回交信 継続希望》


 政府代表が即答した。


《人類 同意》


 通信終了。


     *


 その日の夕方もヴァルクの攻撃は続いた。東欧で軍用道路が破壊され、北米では空軍基地が一つ機能停止。太平洋では人類側艦艇が攻撃を受けた。

 何も解決していない。停戦もない。和平もない。十三隻も残っている。それでも、一つだけ昨日までと違うものがあった。


 通信回線。人類とヴァルクをつなぐ、細く、不完全で、戦争中でも切れていない線。


 作戦室で悠真は十三隻の表示を眺めていた。一等空尉が隣へ来る。


「有名になったな」

「もう十分有名ですよ」

「地球だけじゃなくなった」

「やめてください」

「異星人にも名前覚えられた高校生だぞ」

「履歴書に書けます?」

「就職する頃に会社が残ってたらな」


 悠真は笑って、それから画面を見る。これまでヴァルクにとって、自分は敵だった。撃墜すべき操縦者。解析すべき戦闘パターン。人類の適応を加速させた危険な個体。だが今日、初めて彼らはその個体を名前で呼んだ。


 神谷悠真。


 戦争が始まってからずっと、ヴァルクは人類を研究していた。そして今、人類もまた、初めてヴァルクと話し始めた。

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