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ファースト・エース ~人類が三日で敗北したので、ゲーマー高校生が敵の戦闘機で反撃します~  作者: 神野啓次


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第十四章 真空の戦場

 二十三機対五機。数字だけ見れば、勝負にならなかった。だが宇宙では、空戦のように敵が目の前まで近づいてくるのを待つ必要はない。


『距離、八百二十キロ』


 フランス人元宇宙飛行士の声が通信へ入る。正式な作戦通信は英語だが、悠真への補足だけは日本語だった。


「まだ八百キロもあるんですよね?」

『あります。だから散開しすぎないでください』

「八百キロで何するんです?」


 答えの代わりに警告が出た。《照射予測》。次の瞬間、一号機が自動的に数メートル横へ滑った。外部映像には何も見えない。爆発もなければ音もない。ただセンサー上で、一瞬前まで機体があった空間を高エネルギーのレーザーが通過したことだけが表示された。


「もう撃ってる!?」

『Yes. Combat has started.』


 アメリカ人パイロットの声だった。日本語ではないが意味は分かる。


「近づく前から戦闘始まってるじゃん!」

『宇宙では普通です』


 二発目、三発目。悠真は機体を横へ大きく動かそうとした。


『Small burn!』

「え?」

『小さく! 大きく避けない!』


 反射的に噴射を止める。空なら大きく動けばその分だけ命中率は下がる。だが宇宙では、一度右へ速度を与えれば機体は右へ動き続ける。元の軌道へ戻すには、反対方向へ同じだけ速度を与えなければならない。避ければ避けるほど、推進剤を使う。それは地球上での操作よりももっと、厳密に行う必要があった。


「面倒くさ!」

『That's space.』

「それ便利な言葉にしてません?」


 四発目。今度は自分で避けた。ほんのわずか、必要な分だけ。レーザーが外れる。


「……これ、最小変位回避と同じだ」


 二等空佐が日本語で返す。


『理由は違うがな』


 空では身体への負担を抑えるために小さく避けた。宇宙では推進剤を節約するために小さく避ける。同じ動作、違う理由。


「使えるなら何でもいいです」


 悠真は次の照射予測を見る。数メートルだけ避け、戻す。余計な動きはしない。その感覚を掴んだ瞬間、宇宙が少しだけ分かりやすくなった。


     *


 距離六百キロ。迎撃機が編隊を分けた。九機が正面、七機が上方――と表示上では表現されているが、実際に上下などない。残りが側方へ回る。


「右の二機、先に撃たせてから――」

『English!』


 ドイツ人の声だった。


「あ、すみません!」


 悠真は頭の中で必死に単語を探す。


『Two right! Let fire! Then break!』


 一瞬の間。


『Copy.』


 ドイツ機が反応した。


「通じた?」


 アメリカ人が笑う。


『Bad English. Good enough.』

「そっち日本語より上手い英語使わないでくださいよ!」


 戦闘中に通訳などしていられない。《BREAK》《LEFT》《RIGHT》《HEAT》《COVER》《NOW》《ABORT》。事前に決めた十数個の単語と数字、機体番号。それだけで動く。


『Two right. Fire incoming.』


 悠真は敵の射撃予測を見る。


『Wait……NOW!』


 右側の二機がレーザーを撃つ。人類側が小さく散開し、ヴァルク機の冷却値が一時的に上がる。


『Cover!』


 二等空佐が射撃し、アメリカ機も続く。一機命中。ヴァルク機の姿勢が崩れ、予定軌道から外れた。


「一機!」

『Count later.』

「数えるの癖なんですよ」

『生きて帰ったら好きなだけ数えてください』


     *


 距離四百キロ。悠真は違和感に気づいた。


「……俺、狙われてません?」


 二等空佐が即答した。


『今さら気づいたか』

「やっぱり?」


 照射予測の半数近くが一号機へ集まっている。偶然ではない。ヴァルク側は機体番号を知っている。人類が最初に奪い、数多くの撃墜を記録した機体。さらに操縦パターンまで解析されている。


 悠真はもう、敵にとって名前のない高校生ではなかった。危険な戦力。優先排除対象。それだけだった。


「前は捕まえようとしてませんでした?」

『今は母艦を守る方が優先だろう』

「ですよね!」


 三機が悠真を挟む。一機がわざと射線を見せ、悠真は反射的に左へ動こうとした。そこで止まる。


「これ前にやられたやつだ」


 二重の誘導。こちらが敵の行動を読むことまで、読まれている。


「だったら、読ませればいい」


『神谷?』


 二等空佐の声を無視して、悠真は過去と同じように左へ逃げる動きをした。大きく、分かりやすく。ヴァルク機が反応する。先回りして射線を置き、さらに別の一機が悠真の次の回避方向へ移る。


「やっぱり来た」


 直前、悠真は噴射を切った。左へ動く速度を最低限だけ残し、それ以上加速しない。予測より動かない。ヴァルク機の射線が先へ流れる。


『NOW!』


 二等空佐とアメリカ機が同時射撃。誘導役だった一機へレーザーが集中し、撃破する。


『Nice bait.』

「どうも!」

『勝手に囮になるな!』

「でも俺の動き読んでるなら、読ませた方が早いでしょう!」

『死んだら意味がない!』

「死ななかったから成功です!」

『後で説教だ!』


 悠真は笑った。怖くないわけではない。でも、読み合いならまだ戦える。


     *


 迎撃機は二十三から二十一、十九へ減った。だが母艦からさらに反応が分離する。


「また増援!」


 地上の作戦班から通信。


『新規十二機。さらに発進準備反応あり』

「終わらないじゃん!」


 フランス人編隊長が即座に命令した。


『Ignore fighters. Mission target only.』


 悠真にも分かる。敵機を倒すために来たのではない。母艦へ届くために来た。


『All units, breakthrough formation.』


 五機が形を変える。撃墜ではなく突破。ヴァルク迎撃機の間を抜ける。レーザーを避け、最低限だけ撃ち返し、追う敵は無視する。


 距離三百、二百五十、二百。母艦の姿がセンサー映像上で徐々に大きくなる。


「……でか」


 五・八キロ。数字では知っていた。実際のスケール感は違った。二十メートルの攻撃機など点に見える。三百メートルの降下艇ですら、母艦の横では小型艇にしか見えない。


 黒い構造物。装甲。格納区画。巨大な板状放熱構造。そして母艦そのものがこちらを向いた。


『Warning!』


 センサー表示に無数の発射点が現れる。


「何門あるんですか!?」

『数えてる場合じゃない!』


 母艦からレーザーが来た。攻撃機のものより出力が高い。一発でもまともに受ければ終わる。


 悠真は機体を滑らせた。右、下、戻す。小さく、小さく。それでも射線が多すぎる。


「こんなの避けられるか!」

『Don't dodge all! Predict pattern!』


 全部を見るな。射撃パターンを見ろ。


 悠真は画面の警告表示を眺める。砲塔、順番、間隔。完全なランダムではない。互いの射線を邪魔しないよう、発射区画を分けている。


「左側、零点八秒空く!」

『Repeat!』

『Left gap! Eight tenths!』


 フランス人が全員へ伝える。五機が一斉に左へ抜ける。レーザーの網にほんの一瞬だけ穴が開いた。


     *


 その時だった。


『HEAT! HEAT!』


 ドイツ人の声。機体表示には冷却系損傷。被弾していた。


『German One, status!』

『Cooling damage. Heat rising.』


 数字が急速に上がる。


『Abort. Immediately.』


 フランス人の命令。短い沈黙があった。ドイツ人は母艦を見る。ここまで来た。あと百数十キロ。


『German One, abort!』


 今度は強い声。


『……了解。帰る』


 片言の日本語だった。


「気をつけて!」

『ガンバル』

「それ今使うんだ」


 ドイツ機が編隊を離れる。ヴァルク迎撃機二機が追おうとするが、アメリカ機が射線を入れて追跡を妨害した。


『Go! Go!』


 ドイツ機は帰還軌道へ移行する。五機が四機になった。それでも進む。


     *


 距離百二十キロ。母艦側面の巨大な板状構造が見える。放熱器だ。


『Target radiator section three.』

「見えてます!」


 悠真の機体が照準を合わせる。二等空佐、アメリカ機、フランス機も射撃位置へ入る。


『Three……two……』


 放熱器が動いた。


「え?」


 巨大な板が折り畳まれ、船体内側へ収納される。その上を厚い装甲板が閉じた。


「しまった!」


 レーザーが命中するが、装甲表面を焼くだけで放熱器本体には届かない。


『They expected it.』

「そりゃそうか!」


 降下艇の放熱器を人類が狙った。ヴァルクが知らないはずがない。母艦側でもすでに対策済みだった。


「別のやつ!」


 反対側。展開中。狙う。収納。閉鎖。三つ目も同じ。


「全部引っ込められる!」

『They cannot keep them closed forever.』


 フランス人の言葉に悠真が止まる。


「……なんで?」

『熱です』


 地上解析班からも即座に答えが返った。


『放熱器を格納すれば、その間は廃熱能力が低下する!』


 悠真は母艦を見る。巨大な船。推進系、砲塔、センサー、演算機、生命維持、攻撃機格納庫。全部が熱を出す。


「閉じてる間、熱どこに捨ててるんです?」

『捨てられない』


 研究者の返答。


「じゃあ、壊さなくてもいいんだ」


『神谷?』

「放熱器を開けさせなければいい!」


     *


 作戦が変わった。破壊ではなく封鎖。


 放熱器が開く。


『Fire!』


 人類機が狙う。閉じる。別の放熱器が開く。


『Right!』


 狙う。閉じる。また別。開く。狙う。閉じる。


 母艦の内部熱量推定値が上がり始めた。最初はわずか。それがやがて明確になる。


『Weapon output dropping!』

『母艦レーザー発射頻度、七パーセント低下!』

「効いてる!」

『Attack craft launch rate decreasing!』

「壊してないのに?」

『熱処理を優先している可能性が高い!』


 悠真は笑いそうになる。


「熱いなら撃てない。撃てばもっと熱くなる」


 二等空佐。


『単純だな』

「物理ってだいたい単純ですよ!」


 だがヴァルクも黙ってはいない。母艦がゆっくり姿勢を変え始めた。


「回ってる?」

『Yes.』


 艦体そのものを回転させ、一方の放熱器を攻撃隊から隠す。その反対側では別の放熱器を展開する。


『Multiple radiator groups.』

「冗長化」

『予想通りだ!』

「ですよね!」


 さらに迎撃機が放熱器前面へ配置され、人類の射線を遮る。砲塔も配置変更。ヴァルク側の対応は速い。


 完璧ではない。


 艦を回せば、別のものも動く。格納庫、砲塔、放熱器。すべて。


『Wait. Do not fire.』


 フランス人の声が変わった。


「何です?」

『母艦の回転、続いています。Thirty-two seconds.』

「何が?」

『Radiator three will be exposed again. About fourteen seconds.』


 悠真は画面を見る。


「分かるんですか?」

『一度動き始めた巨大な物体は、急には止まりません』


 母艦は五・八キロ。その姿勢を変えるだけでも時間がかかる。


『Thirty seconds later, there.』


 予測線が表示される。母艦の側面。一瞬だけ放熱器がこちらへ露出する。ただし、その前には迎撃機と砲塔と射線がある。


「そこまで行けばいい?」

『宇宙の場所は私が作ります』


 フランス人が日本語で答えた。


『撃つ瞬間は、あなたに任せます』

「了解」


     *


 三十秒が長かった。迎撃機が来る。悠真、二等空佐、アメリカ、フランス。四機。


『Twenty.』


 ヴァルク機三機。


『Cover!』


 アメリカ機が前へ出て一機を牽制する。悠真は撃たない。推進剤も熱も残す。


『Fifteen.』


 母艦砲塔からレーザー。小さく避ける。機体温度が上がる。


『Twelve.』


 二等空佐が追撃機を押さえる。


『神谷、前だけ見ろ!』

「はい!」

『Ten.』


 悠真は母艦を見る。巨大な黒い装甲。


『Seven.』

『Five.』


 艦が回り、隙間が見える。


『Three.』


 放熱器が姿を見せる。


『Two.』


 迎撃機一機が割り込む。


「邪魔!」


 悠真は撃たない。さらに〇・三秒待った。迎撃機が射線を抜ける。


『NOW!』


 フランス人の声。


 悠真、二等空佐、アメリカ機。三機が同時射撃した。


 レーザーが放熱器へ命中する。


 爆発はしなかった。代わりに巨大な板状構造の一部が赤外線画像上で急激に温度を上げ、歪んだ。内部の配管らしきものが切れ、白いものが噴き出す。気体か冷却材かは分からない。


『Hit confirmed!』

『Radiator output falling!』

「どのくらい!?」

『三番系統、四十パーセント以上低下!』

『効いてるぞ!』


 母艦の一部砲塔が停止し、攻撃機発進口が閉鎖される。内部熱推定値がさらに上がった。


 五・八キロの船。その全体から見れば傷は小さい。だが人類がつけた最初の傷だった。


     *


「沈む?」

『沈むわけないでしょう!』


 研究者が即答した。


「ですよね!」


 母艦はすぐに対応した。破損した放熱区画を隔離し、予備系統へ切り替える。反対側の巨大放熱器が展開し、停止していた砲塔の一部が復帰した。さらに新規迎撃機八機。


「まだ出てくるの!?」

『五・八キロですよ!』

「分かってます!」


 母艦は健在だった。戦闘能力低下は数パーセント。それだけ。しかし数パーセントでも、地上へ送れる攻撃機は減る。使える兵器も減る。熱余裕も減る。


『Mission success. All units, withdraw.』


 フランス人の命令。


「もう?」

『帰らないと成功になりません』


 悠真は敵を見る。まだ撃てる。もう一機くらい。


『Kamiya. Return.』


 強い声だった。正式な操縦員になった。命令には従う。


「了解」


     *


 帰還は攻撃より難しかった。悠真の一号機は推進剤四十一パーセント、熱余裕三十六。アメリカ機は推進剤三十八。二等空佐三十五。フランス機三十九。どれも余裕はない。後方から迎撃機十二機。


『Do not engage unless necessary.』

「撃墜しない?」

『帰還軌道を守るだけです』


 悠真は敵を見る。近づく。撃つ。避ける。しかし追わない。倒せる場面でも放置する。目的は帰ること。


 アメリカ人が通信を入れた。


『Kamiya. Kaeru.』

「はい?」

『勝ったら、帰る。Important.』


 悠真は少し笑った。


「ですね」


 さらにレーザー。回避。推進剤三十九、三十八。帰還軌道へ。地球の青い円が近づく。その時だった。


『Enemy pursuit slowing.』


 フランス人。迎撃機が追ってこない。十二機が次々に減速し、母艦側へ向きを変える。


「なんで?」

『追う価値がなくなった』

「でも俺ら母艦を撃ったんですよ?」

『だからだ』


 悠真は母艦を見る。損傷した放熱器。別系統。熱。攻撃機発進。修復。追撃機を遠くまで送れば、その分だけ推進剤を失い、熱を増やし、さらに損失する可能性もある。


 今は人類機四機を殺すことより、母艦を守ることの方が重要になった。


「損害許容値か」

『下がったんだろうな』


 大攻勢ではヴァルクは大量の死を受け入れた。それが必要だったから。今は必要ではない。だからやめる。変わっていない。最初からずっと、ヴァルクは同じだった。


     *


 ドイツ機も生きていた。冷却系を損傷しながら別軌道で地球へ帰還した。


 五機出撃、五機帰還。ただし完全な状態の機体は一機もない。悠真の一号機は装甲損傷。二等空佐機はセンサー損傷。アメリカ機は推進系に軽微な異常。フランス機は放熱系余裕低下。ドイツ機は大破に近い。それでも全員生きていた。


 世界中の観測施設は、同じ一隻を見ていた。五・八キロのヴァルク母艦。その側面にある巨大な放熱構造。その一部が欠損している。複数の赤外線観測、レーダー、光学観測。すべてが一致した。


《ヴァルク母艦に損傷》


 最初は誤報だと思われた。


《複数国観測機関が確認》


 さらに、《損傷は人類側鹵獲機による攻撃》と続いた。


 映像、画像、数字が世界中へ拡散していく。そして数時間後、別の変化も確認された。その母艦が担当していた地域へのヴァルク攻撃機投入数が明確に減少し、地上の攻勢もわずかに弱まった。


 傷をつけただけではない。戦局に影響した。


     *


 帰還後、悠真は仮設医療区画の椅子に座り、首を冷やしていた。一等空尉がやって来る。


「生きてるな」

「なんとか」

「母艦を撃ったらしいな」

「ちょっとだけ」


 一等空尉が笑う。ディスプレイには十三隻。そのうち一隻だけに損傷表示。


「十三隻全部、同じことできたら?」


 一等空尉は少し考えた。


「戦争が変わる」


 横にいた研究責任者が即座に付け加える。


「ただし、同じ手は二度と通用しないと思え」


 悠真はため息をついた。


「ですよね」


     *


 その夜、研究施設ではルクにも母艦損傷の情報が伝えられた。人類側が隠す理由はない。悠真もそこにいた。画面に損傷した母艦が表示される。ルクは長い時間それを見ていた。


「怒ってる?」


 翻訳。


《怒り ある》


 悠真は少し身構えた。だが次の文章は、


《しかし 人類 生存のため戦闘》

《ヴァルク 生存のため戦闘》

《同じ》


 だった。


「仲間が死んだかもしれないのに?」


《肯定》

《死 悲しい》

《しかし人類に 戦わない義務 ない》


「……公正だから?」


 その単語はすでに翻訳できる。ルクは少し考えた。


《近い》


 そして新しい文章を入力した。


《ヴァルク 特別ではない》

《我々の命 価値ある》

《人類の命 価値ある》

《生存選択 衝突》

《だから戦闘》


 悠真は黙った。ヴァルクは、人類より自分たちの命が価値あるとは考えていない。同じ価値があると考えた上で、自分たちを選んだ。その違いは小さいようで、大きかった。

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