第十章 ヴァルクの星
神谷悠真が研究区画へ入ろうとすると、入口の警備員が手を出した。
「神谷君、入域証」
「昨日も見せましたよ」
「今日も見せて」
「顔覚えてますよね?」
「覚えてる」
「じゃあいいじゃないですか」
「規則だから」
悠真はため息をつき、首から下げていたカードを持ち上げた。赤い帯の入った特別入域証。《特別研究協力者》という肩書きが印刷され、その下には神谷悠真、十七歳とある。
「確認しました」
「これ毎日やるんですか」
「毎日やる」
自動扉が開く。
「軍事基地って面倒だな……」
「聞こえてるぞ」
「わざと言いました」
侵略開始から一週間も経っていない。それなのに悠真は、すっかりこの場所の常連になっていた。
二度にわたって異星機を操縦して基地を防衛し、人類で最初に敵機を撃墜した。異星機の操作方法を伝え、戦闘データを提供し、捕虜となったヴァルク人との最初期の意思疎通にも立ち会った。だからといって軍人でも研究者でもない。
機密区画へ自由に入れるわけではないし、ルクとの単独接触も禁止されている。ただ、研究班から呼び出されることが度々あるため、必要な区画については正式に入域許可が出された。亮太には「もう高校生じゃなくて研究所の備品だろ」と言われた。悠真自身も、少しそう思っていた。
*
ヴァルクとの翻訳作業は、日に日に速度を上げていた。最大の理由はルク自身だった。人類側が何日もかけて作った単語対応表を、ルクはヴァルクの演算機へ入力し、自分たちの言語体系と結びつけていった。その結果、単純な名詞だけだった翻訳は、短い文章なら意味を推測できる段階まで進んでいる。
《身体 状態 良好》
《食物 必要 少》
《あなた 質問 理解》
不自然ではある。だが会話だった。特に数学、物理学、天文学などの分野では翻訳精度が高い。
「専門用語の方が簡単なんですね」
悠真が言うと、言語学者が頷いた。
「意味が限定されているからね。例えば水素原子は、人類でもヴァルクでも水素原子でしょう?」
「でも『悲しい』とかは?」
「難しい」
「『好き』は?」
「もっと難しい」
「『愛してる』」
「君は宇宙人と何を話すつもりなの?」
「例ですよ」
言語学者は苦笑した。
「文化に依存する概念ほど大変なんだ。家族、国家、義務、正義、罪……同じ単語を対応させても、本当に同じ意味とは限らない」
「戦争とかも?」
「そう」
悠真は透明壁の向こうを見る。ルクはすでに自力で立てるところまで回復していた。失った一本の腕は戻らない。それでも残った三本で端末を器用に操作している。
ヴァルクの二対の腕は役割が違う。外側の太い二本は明らかに力仕事向け。内側から伸びる細い二本は、人間の腕より細いものの十分な長さがあり、指も細かく動く。ルクは主にその細い腕で入力装置を操作していた。
「今日、何やるんです?」
悠真が聞いた。研究責任者が答える。
「彼らの星について聞く」
室内の空気が少し変わった。
*
最初に表示されたのは、一つの赤い恒星だった。
「赤色矮星?」
天文学者が言う。ルクが肯定を示す。恒星の周囲には複数の惑星。そのうち一つが強調された。
《ヴァルク 起源》
「母星」
悠真が呟く。画像が拡大される。地球よりやや大きい岩石惑星。大陸。海洋。大気。雲。色は地球とは違う。
植物に相当する生物も、人類の目で緑色に見えるとは限らない。そもそもヴァルクの映像情報を人間用の色域へ変換しているため、本来の景色がどのようなものなのかも分からなかった。
「重力値を」
物理班が確認する。単位を変換。数字が出る。
「地球の一・五八倍」
悠真はルクを見る。
「だから小さいのか」
「高重力環境なら、低い重心と頑丈な骨格は有利だ」
研究者が答える。ヴァルクの平均身長は一・三メートル前後。しかし身体は横に広く、筋肉密度が高い。太い脚。短い首。地球上では独特に見えた体型が、母星では合理的だった。
次の映像。恒星。時間。数十年。数百年。グラフが変化していく。
「フレア頻度?」
「放射線量も上がってる」
「恒星活動が変化している?」
ルクが補足データを送る。恒星から放出される高エネルギー粒子。母星磁気圏。大気。平均温度。海洋。複数の値が長期的に悪化している。
「赤色矮星は長寿命のはずですが」
若い研究者が言う。
「長寿命だから安定とは限らない。特に活動性の高い星ならフレアは問題になる」
ヴァルク側の予測。居住可能地域。徐々に縮小。農業生産。低下。海洋生態系。悪化。大気組成。変化。悠真にも図だけで理解できた。
「いつ?」
質問が翻訳される。
《母星 文明維持 困難 いつ》
ルクが数字を返す。換算。
「……最悪の場合、三百年以内」
研究室が静かになった。
「最悪の場合?」
「幅がある。完全に住めなくなるという意味ではないだろう。ただ、現在の人口と文明規模を維持できない」
研究責任者がルクへ聞く。
《ヴァルク 危機 知った いつ》
答え。換算。
「四百年以上前?」
「地球時間換算なら、そのくらいです」
悠真が顔を上げた。
「そんな前から逃げる準備してたの?」
ルクがこちらを見る。翻訳。
《避難計画 長期間》
次の映像。巨大な望遠鏡。無人探査機。複数の恒星へ伸びる航路。
「探したんだ」
人類が初めて気づいた。ヴァルクは地球を見つけて突然攻めてきたのではない。何世代もかけて自分たちが生き残れる場所を探していた。
*
候補惑星は地球だけではなかった。
第一候補。重力、地球の二・三倍。大気圧が高すぎる。
第二候補。液体水はある。しかし大気中にヴァルクにとって有害な成分。
第三候補。居住可能。ただし恒星活動が不安定。
第四候補。環境改造可能。必要期間、千年以上。
「結構あるんですね」
悠真が言う。
「候補と呼べるだけでも相当貴重だ」
天文学者が答える。
「地球から見ても、岩石惑星そのものは珍しくない。でも生命が大規模に活動できる環境となると話が変わる。しかも行ける距離となると相当限られるだろうな」
ルクが地球を表示する。数値。判定。
《自然居住適合度》
人類側の翻訳ではそうなった。比較表。地球。最高。
「ぶっちぎりじゃん」
悠真が呟く。
「液体の水、大気圧、温度、重力、磁場、恒星の安定性……」
研究者が数字を見る。
「ヴァルクにとっても、地球はほとんど奇跡的な条件なんだろう」
「酸素濃度も大丈夫なの?」
「多少調整は必要らしい。ただ防護服なしで短時間活動できている。かなり近い」
ルクの映像には地球の海。森林。雲。川。生物。悠真はそれを見つめた。
「金とか石油じゃないんだ」
「何が?」
「宇宙人が地球に来る映画って、大体資源欲しがるじゃないですか」
研究者が笑う。
「金属なら小惑星を掘った方がいい。水だって氷天体に大量にある。地球の重力井戸からわざわざ持ち上げる必要がない」
「じゃあ一番珍しい資源は」
悠真は青い惑星を見る。
「住める場所」
「そういうことだ」
*
そこで研究責任者が、誰もが気にしていた質問を出した。
《ヴァルク 地球発見時 人類 知る?》
ルクはすぐに答えた。
《肯定》
室内の空気が止まった。悠真が顔を上げる。
「知ってた?」
研究責任者が次を入力。
《人類 知的文明 認識?》
《肯定》
さらに地球探査機のデータが表示される。人工電波。都市の夜景。人工衛星。核爆発の痕跡。宇宙ロケット。地表に広がる道路網。人類文明はかなり以前から観測されていた。
「……俺たちがいるって知った上で来たんだ」
悠真が言った。ルクを見る。
「じゃあ、なんで来たんだよ」
「神谷君」
研究責任者が止める。
「待って」
「でも」
「質問を正確にする」
悠真は黙った。研究班が文章を組み立てる。
《地球 知的文明 存在》
《ヴァルク 認識》
《それでも 地球移住 選択》
《理由》
ルクは長い時間、画面を見た。そして入力を始めた。最初に出たのは数字だった。
*
「人口?」
換算作業が始まった。ヴァルクの十二進数。時間単位。人口単位。何度も確認する。計算結果が表示される。誰もすぐには口を開かなかった。
「……百二十億?」
悠真が読んだ。
「現在の避難対象人口、およそ百二十億」
研究者が答える。
「誤差はあるが桁は間違っていない」
「百二十億人が来るの?」
人ではない。それでも悠真はそう言った。地球の人口より多い。
「十三隻に?」
「収容できるわけがない」
ルクへ質問。
《十三艦 全ヴァルク?》
《否定》
新しい星図。地球。太陽系外縁。さらに外。多数の点。船。悠真が立ち上がった。
「ちょっと待って」
十三隻ではない。もっといる。何十。何百。巨大な船。そのいくつかは軍艦ではなかった。
内部画像。居住区。ヴァルク。大量。小さな個体。大きな個体。
歩いている。食事をしている。眠っている。
「民間船……」
誰かが呟いた。十三隻は先遣艦隊だった。地球の抵抗能力を排除し、移民船団が安全に入れる環境を作るための軍事部隊。その後ろにはヴァルク文明そのものがいた。
悠真は画面を見つめる。一つの映像。小さなヴァルクが三体。遊んでいるように見える。
「子供?」
ルクが肯定。別の映像。年老いたヴァルク。身体を支えられて歩く。
「……本当に、みんな来てるんだ」
それまで悠真が戦っていた相手は、侵略軍だった。その後ろにこんなものがあるとは考えたこともなかった。
*
質問は当然、一つの方向へ向かった。
《人類 ヴァルク 地球 共同居住 可能?》
ルクの回答。
《計算結果 否定》
「即答かよ」
悠真が呟いた。説明が続く。現在の地球人口。ヴァルク避難人口。食料生産量。水。エネルギー。都市。土地。生態系への負荷。さらにヴァルク用居住環境の整備。
どのモデルでも両文明の人口を維持したまま地球へ収容した場合、長期的な環境破綻の可能性が極めて高い。
「でも百二十億全員じゃなければ」
悠真が言った。
「一部だけとか」
翻訳。ルクが答える。
《一部 救命》
《多数 死亡》
研究室が静かになる。ヴァルクにとって、それは解決ではなかった。百二十億のうち一億だけを地球へ移して、残りを見捨てる。人類から見れば妥協案でも、彼らにとっては百十九億を殺す選択だった。
悠真が画面を見る。
「じゃあ」
言葉が出る。
「俺たちはどうするつもりだった?」
今度は誰も止めなかった。質問が整えられる。
《ヴァルク 地球移住後 人類 どうする》
ルクはすぐには答えなかった。数十秒。入力。翻訳候補。
《除去》
《排除》
《移動させる》
悠真の顔から表情が消えた。
「排除」
研究責任者が慎重に聞く。
《人類 殺害?》
ルクの返答。
《必要なら》
それだけだった。室内の温度が下がったように感じた。事情は分かった。母星が危ない。百二十億いる。地球が必要。でもだからといって。
「やっぱ敵じゃん」
悠真が言った。ルクがこちらを見る。
「事情あるのは分かったけど」
通じるはずもない日本語で続ける。
「だから俺らが死ねって話にはならないだろ」
ルクは何も答えない。
*
午後。翻訳作業を再開した悠真は、以前から疑問だったことを聞いた。
「民間人を撃たない理由、聞いていいですか」
研究班も同じ疑問を持っていた。侵略開始以来、ヴァルクは都市そのものを無差別に破壊していない。
軍事基地。戦闘機。レーダー。ミサイル。艦船。通信設備。そういったものは徹底的に破壊する。しかし住宅地を焼き払わない。
病院を狙わない。避難民を追わない。報道ヘリすら、危険がなければ放置する。
《人類 排除 目的》
《なぜ 民間人 攻撃しない》
ルク。
《不要》
「……不要」
さらに説明。
《軍事抵抗 消失》
《人類 抵抗能力 低下》
《無意味破壊 地球価値 低下》
「やっぱり地球を壊したくないからか」
悠真が言う。だがルクは続けた。新しい文章。
《必要ない死 避ける》
悠真は画面を見る。
「何それ」
研究者が翻訳を確認する。
「そのままだ。必要のない死は避ける」
「人間を追い出す気なのに?」
研究責任者が腕を組む。
「彼らには矛盾していないのかもしれない」
地球を得るために必要なら戦う。抵抗する軍人は殺す。だが目的に関係のない人間を殺す理由はない。
残酷なのか。慈悲深いのか。悠真には分からなかった。
「合理的すぎて嫌だな」
ぽつりと言った。
*
その日の最後。悠真はルクに、個人的な質問を許された。単純な内容に限定する。悠真は少し迷ったあと、入力した。
《ルク 人類 殺したい?》
研究者が横を見る。
「直球だな」
「分かりやすい方がいいんでしょ」
ルクは文章を読む。少し時間。返答。
《希望しない》
悠真は画面を見る。
《では なぜ 戦う》
ルク。入力。
《家族 生存》
続いて画像を表示した。一人のヴァルク。いや、ルク本人だ。まだ腕が四本ある。隣に別のヴァルク。そして小さな個体が二人。悠真は目を細めた。
「家族?」
ルクが肯定。
「子供?」
肯定。小さい。ヴァルクの成体でも人間より小さい。その子供はさらに小さく、人間の幼児ほどしかない。一人は太い腕がまだ十分発達していない。もう一人がルクの細い腕を掴んでいる。
写真。というより、ヴァルク式の立体記録なのだろう。でも意味は同じだった。
「この子たち、移民船にいるの?」
《肯定》
「生きてる?」
《肯定》
悠真はしばらく何も言わなかった。目の前にいるのは侵略者。人間を排除するために来た兵士。だが父親でもある。
「自分の子供と、知らない人間なら」
悠真が小さく言った。
「そりゃ子供選ぶか」
研究責任者が悠真を見る。
「理解できる?」
「理解はできます」
悠真はルクを見る。
「納得はしないけど」
それでよかった。敵を理解したからといって。敵でなくなるわけではない。
*
夕方。別の研究班から報告が入った。
「航行データに妙な点があります」
解析担当者がヴァルク艦隊の軌道情報を表示する。
「十三隻、地球到着後ほとんど大規模な軌道変更をしていません」
「戦略上の必要がないだけでは?」
「その可能性も考えました。ただ、降下艇や攻撃機の運用も異常に効率重視です。推進資源を極端に節約しているように見える」
一等空尉も呼ばれていた。
「燃料が少ない?」
「可能性があります」
悠真はルクを見る。
「聞けばいいんじゃないですか」
質問を作る。
《ヴァルク艦隊 長距離航行資源 残量》
ルクの返答。
《少》
研究室が静かになる。次。
《母星へ 帰還可能?》
《否定》
「……帰れない?」
悠真が呟く。確認。
《ヴァルク 母星 帰る 不可能》
《肯定》
誰もすぐには話さなかった。悠真は次の質問を見る。
「地球が駄目だったら?」
研究責任者も同じことを考えていた。
《地球 移住失敗》
《ヴァルク 次 どうする》
ルクは長い間、答えなかった。十秒。二十秒。一分近く。やがて入力。
《別候補星 移動 可能性》
一瞬、空気が緩む。
「別の星がある?」
しかし続き。
《航行資源 不足》
《到達 保証なし》
さらに。
《多数 死亡予測》
悠真は画面を見つめた。
「つまり」
声が小さくなる。
「片道だったんだ」
母星には帰れない。地球まで来るために、長距離航行に必要な資源の大半を使った。艦そのものは動く。別の恒星へ向かうことも理論上はできる。だが次の候補星へ無事に辿り着ける保証はない。
「地球を取れなかったら」
一等空尉が言う。
「ヴァルクも終わる可能性がある」
悠真は黙った。ルクを見る。こちらも見ている。戦争。侵略。敵。今までより複雑になった。
ヴァルクは地球を奪おうとしている。人類を排除するつもりだった。だから戦わなければならない。それは何も変わらない。
だが彼らには帰る場所がなかった。
「……一つ、いいですか」
それまで黙っていた若い研究員が口を開いた。
「何だ」
「どうして、ここまで話すんでしょう」
誰もすぐには答えなかった。研究員はルクを見る。
「捕虜ですよね。しかも戦争中です。母星の状況、人口、移民船団、航行資源の不足。こっちにとって重要な情報ばかりです」
確かにそうだった。翻訳が成立してから、ルクはほとんど情報を隠していない。分からない質問には分からないと答えた。翻訳できない概念には別の図を用意した。人類側が誤解すれば、自分から修正しようとした。自分たちに不利な事実さえ同じだった。
「スパイって可能性は?」
悠真が聞いた。
「もちろん考慮している」
研究責任者が答える。
「意図的に偽情報を与えている可能性も含めて、すべて別系統で検証している。ただ、これまで確認できた天文データや鹵獲機の航行記録との矛盾はほとんどない」
「じゃあ本当のことを話してる?」
「少なくとも、その可能性は高い」
研究責任者がルクへ向き直った。
「本人に聞こう」
質問文が作られる。
《なぜ 情報 人類へ話す》
ルクは画面を見た。答えは早かった。
《質問された》
悠真が吹き出した。
「いや、それはそうだけど」
「もう少し詳しく聞こう」
文章を作り直す。
《情報 話すことで ヴァルク不利 可能性》《理解している?》
《肯定》
《それでも なぜ話す?》
今度は少し時間がかかった。ルクが入力する。
《人類 戦う》
《ヴァルク 戦う》
次。
《双方 死亡》
さらに。
《死亡する者 理由 知るべき》
研究室が静かになった。
「……理由を?」
翻訳精度を確かめるため、言語班が質問を分解する。
《人類 ヴァルクに殺される》
《人類 理由を知る権利 ある?》
《肯定》
《ヴァルク 人類に殺される》
《ヴァルク 理由を知る権利 ある?》
《肯定》
最後にルクが自分から文章を追加した。翻訳装置が少し時間をかける。
《それが 公平》
悠真は画面を見た。
「公平……」
この言葉が本当に人類の「公平」と同じ意味なのかは分からない。だが少なくともルクが伝えようとしていることは理解できた。
殺すなら、なぜ殺すのかを隠さない。殺されるなら、なぜ殺されるのかを知る。敵だから騙して当然、という考え方ではない。戦う理由そのものについては、相手にも知る権利がある。
「変な倫理観ですね」
悠真が言った。
「人間から見ればな」
研究責任者が答える。もちろん、何でも話すわけではない。現在展開している部隊の正確な位置。兵器の認証情報。通信暗号。今まさに仲間を殺すために利用できる作戦情報。そうした質問については、ルクは明確に回答を拒否した。
だがなぜヴァルクが地球へ来たのか。何人いるのか。何を求めているのか。失敗すればどうなるのか。この戦争そのものの理由についてはルクは隠さなかった。
「自分たちが死ぬ理由くらいは知っておくべき、か」
悠真が呟く。ルクがこちらを見る。翻訳されていない日本語。それでも、目が合った。ヴァルクは冷酷なほど合理的だった。無駄な損失を嫌う。勝算のない救出をしない。必要のない民間人を殺さない。
そして敵であっても、自分がなぜ死ぬのかを知らないまま殺されることは、公平ではないと考える。それがヴァルクの倫理だった。
*
その夜。悠真は基地の屋上から空を見ていた。肉眼では十三隻の母艦は見えない。ただあそこにいる。
戦艦。兵士。そして、そのさらに向こう。移民船。百二十億。
子供。老人。ルクの家族。
「事情知ると戦いづらくなる?」
後ろから亮太の声。
「なんでいるんだよ」
「探した」
「暇人」
「お前に言われたくない」
亮太が隣に立つ。
「で?」
「何が」
「宇宙人……じゃなかった。ヴァルク」
悠真は空を見る。
「母星がもう駄目らしい」
「うん」
「地球取れなかったら、他の星まで行けるか分からない」
「じゃあ、あいつらも死ぬ?」
「たぶん大勢」
「……面倒くさいな」
「ほんとそれ」
敵が悪いやつなら簡単だった。侵略してくる悪い宇宙人。倒す。それで終わりだ。でも違った。
亮太が聞く。
「じゃあどうするの」
悠真は少し考えた。
「戦うしかないだろ」
「やっぱり?」
「だって」
ルクの家族を思い出す。同時に。母親。亮太。街。学校。人類。
「向こうが家族を選ぶなら」
悠真は言った。
「こっちだって自分たちを選ぶしかない」
亮太は何も言わなかった。
「事情は分かった。でも、だから俺たちが死んでいいって話じゃない」
「ああ」
それだけだった。空の向こうには帰れない侵略者がいる。地上には譲れない人類がいる。どちらも生きたかった。
話し合うことはできた。だけど戦争はまだ終わらない。




