第八話 商人の街と旧知の影を編集
夕刻、椿は西街に潜入していた。
朱天からもらった偽の通行手形のおかげで検問所を通ることができた。手形に記された商人警護の用心棒という肩書のおかげで衛兵から怪しまれることはなかった。
表面上、鬼神組と陰摩羅鬼組は緊張状態にはあったものの、互いに交易を優先していたので商人やその関係者は通していいという取り決めがなされていた。そうした経緯もあり、通行手形さえあれば潜入しやすい状況にある。とはいえ、鬼神組と陰摩羅鬼組の両者は互いに裏ではシノビを使って諜報活動を展開しており、油断をすれば命を落としかねない危険な任務だ。
椿は深呼吸をした後、気を引き締めて西街の地に足を踏み入れた。
しっかりと区画整理がされていた北街と違って、西街の町並みは雑然としていた。検問を抜けた先は職人町になっていた。町の表通りには何十軒もの鍛冶屋が立ち並んでおり、何十基もある炉の煙突から灰色の煙が夕焼け空に立ち昇っていた。
そこかしこでカンカンと金槌で赤く熱した鋼を叩く音が響き渡っている。
付近には煤で黒く汚れた長屋(庶民用の賃貸住宅)が密集しているが誰も気にしない。住民は慣れているというより、諦めているような様子だ。
路地裏通りでは賭博場、売春宿、酒場が軒を連ねていて路上には、娼婦や麻薬の売人が佇んで通行人に声をかけていた。同じ道端では酔っぱらいがゲロを吐いたり、光のない虚ろな目で麻薬を煙管で吸い続ける廃人と物乞いが茣蓙の上で寝転がっていた。
穢れと堕落にまみれた地上に対し、茜色に染まった空には眩いほどに煌びやかな、西洋風の美しい白亜の塔が何十基も聳えていた。これは貴族共が住まう居館群である。
西街における貴族とは鳥妖人のことであり、陰摩羅鬼組によって鳥妖人第一主義が取られていた。貴族の鳥妖人が飽食と享楽に溺れる中、下層民である他の妖人たちは低賃金で労働を強いられていた。陰摩羅鬼組を中心とした貴族たちは武器商人でもあり、商品の武器製造を下層民に強いることで巨万の富を得ていた。
朱天の話によれば陰摩羅鬼組は天狐組と同盟を結んでおり、資金と武器提供をしているという話だ。天狐組が妖人街を統一した場合、陰摩羅鬼組は見返りとして全街区から徴収される利益の半分を定期的に得られるという約定を交わしているらしい。
椿は上空にそびえる貴族の住居群を物見遊山に仰ぎ見た後、朱天が用意してくれた案内人と合流するために待ち合わせ場所の茶屋へ向かった。
日没後。
椿は職人町にある茶屋の狭い個室で案内人を待っていた。
しばらくして突然、襖が乱暴に開かれた。そこにいたのは猫又の情報屋、藤兵衛であった。
「よお、椿。怪我は良くなったようだな」
「ああ、お陰様でな……ってか、何でお前がここにいるんだ?」
「なあに、朱天に雇われたのよ。これも仕事さ」
藤兵衛はそう言うと襖を閉め、畳で胡坐をかいて座っていた椿の前の前に座った。
「あんた、何でもやるんだな。どこまで金にがめついんだよ」
椿は呆れ気味な表情で藤兵衛の顔を眺める。
「バカ野郎。ここの貴族共と一緒にするんじゃねえ。今回の依頼は損得無しで引き受けたんだぜ」
藤兵衛は煙管煙草をふかし、紫煙をくゆらせながら得意げに言った。
「へえ、守銭奴が珍しいな。理由は?」
「そりゃあ、国造りをしようっていう朱天には大義があるからな。無秩序なこの妖人街をうまくまとめてくれりゃあ、庶民の生活も穏やかになるからな。現世じゃあ、人間ですら戦国の世は終わりにしてるぜ」
「そうだろうけど、あの筋肉女は信用していいのか?王になった途端、暴君になる可能性もあるはずだぜ」
「まあ、そうだな。だが、妖人街は戦乱の世と変わらねえ。人口が増えて壁の外をもっと開拓しなけりゃならねえのに秩序がねえのは問題だ。目先の利益しか考えない他のチンピラに頼るより、多少はおっかねえ王様の方がいいんじゃねえか?」
「確かにな。多少の狡猾さはあるが私欲はなかった。名声欲もあるんだろうが、奴は住民を導きたいとも言ってたな」
「それは野望ってやつだ。でっかい欲だがこの街に秩序と平安をもたらすはずだ」
「そうかもな」
「そんなことよりさっさと茶屋を出ようぜ。ここじゃあ、誰が聞き耳を立てているかわからん。外も監視役の化けカラス共が空から監視しているからな」
「窮屈な街区だな。落ち着かねえ。わかった。出るとしよう」
椿は藤兵衛と茶屋を出た後、藤兵衛が用意したという隠れ家に移動することにした。
労働者用の長屋が建ち並ぶ一角に藤兵衛の隠れ家はあった。
屋内の畳一枚を取り外すと地下に続く階段が現れる。藤兵衛は燭台を片手に先を歩いて案内した。地下室は土壁の狭い部屋だったが長机と二脚の床几が用意されており、密談をするにはうってつけの場所だ。
藤兵衛は長机に燭台を置いた後、卓上に和紙の巻物を広げた。柔らかい橙色の灯りによって闇の中で浮かび上がったのは西街の地図だった。
二人は長机を挟んで床几に座って向き合った。
藤兵衛はおもむろに地図を指さす。
「ここが今、わしらがいる職人町だ。職人町から西に少し進むと城門にぶち当たり、門を抜けた壁の外には港湾があってな、倉庫町が広がっている」
「港湾?」
「ああ、この妖人街と幽世を隔てる海が広がっている。古くから冥海と呼ばれているがな。陰摩羅鬼組と貴族共は西街で生産された武器などを幽世の国々に輸出し、交易によって莫大な利益を生み出してきたらしいぜ。噂では幽世から商業連盟が禁止する麻薬を仕入れているという噂もある。いわば密輸の玄人だ」
「その密輸がどうした?」
「まあ焦るなよ。本題はこれからだ。わしが掴んだ情報によると三日後、陰摩羅鬼組は同盟を結んでいる東街の天狐組に大量の神器を売りつける予定らしい」
「大量の神器だと?そんな簡単に用意できるもんじゃねえよ」
椿はありえないといった顔で首を横に振った。
彼女の反応は当然であった。神器とは神職を兼ねている高位の鍛冶職人が自然と対話し、己が鍛えた武器に精霊を宿すことで完成される一品ものだ。それに高位の鍛冶職人も指を数えるほどもいない。
「それが普通の神器じゃねえ。禁制品の羅刹だ」
「羅刹ってあの?」
「ああ」
十年前の大抗争後、四勢力は休戦協定を締結。
その際、殺生石を組み込んだ神器【羅刹】の保有・製造・売買は禁止された。
羅刹は火縄銃型の神器だ。
殺生石は強力な呪力を含んだ紫色の宝石であり、黄泉ヶ原でも大量に採掘できてしまう。しかも誰でも扱えるため大量動員を可能にする危険な兵器だったことから、協定違反が発覚した勢力は他勢力から討伐対象となる。しかし、伊佐々王組崩壊後は商業連盟が南街を統治しており、陰摩羅鬼組と天狐組は同盟を締結。すでに勢力均衡は崩壊している。
「羅刹出荷の前日の夜、組長の陰摩羅鬼が検分するという情報を掴んだ。奴は警戒心が強い男だという話だから狙うならその時だ」
「なるほどな。だが、かなりの護衛を連れてくるんじゃねえか?」
「それはわしに任せておけ。おめえが陰摩羅鬼と戦っている間、こっちは町中で騒ぎを起こして監視役の化けガラスや衛兵を攪乱し、そっちに増援が行かねえように工作を仕掛ける」
「さすがはシノビだな。分かった。俺は組長を始末することに集中すりゃいいんだな?」
「そういうことだ。三日後まで鋭気を養っておけ。ただ、陰摩羅鬼の側近であり、護衛官でもある烏天狗妖人の三人衆には気をつけろ。妙な連携技を仕掛けてくるらしいから」
「分かった」
「今日はこの辺で解散としよう。どこに敵のシノビがいるか分からんからな」
二人は決行日を最終確認したあとで別れた。
椿は周囲を警戒しながら長屋を出た。
だが、闇夜に潜んでいた敵は確実に彼女を捕捉しており、虎視眈々と襲撃の機会を狙っていた。
果たして、椿を狙う者の正体は!?
次回も乞うご期待ください。




