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第七話 茨木朱天からの提案

 夜の北街。

 月光に照らされた街路の路面が青白く光っていた。

 椿は使いの男の案内で網の目状に張り巡らされた道を迷うことなく、最北に位置する鬼神組の本屋敷にたどり着いた。

 屋敷の周囲は白い漆喰の壁に囲まれていた。壁面には無数の黒い菱形の平瓦が貼られており、現世では武家屋敷に多い海鼠塀なまこべいと呼ばれている。

 赤い門扉の正門は二本の太くて黒い柱に支えられた巨大なもので、しっかりと瓦葺き屋根がついた立派な作りをしていた。

 正門は篝火の灯りに照らされ、甲冑姿で槍を手にした屈強な鬼妖人が二人で警備していた。

 使いの男が合言葉を告げると、門番たちは無言で頷いて門扉に手をかける。

 ……ゴゴゴゴ。

 正門が重い地響きをたてながら内側に向かって開かれた。

 邸内の敷地は広大だった。

 白砂を敷き詰めた大きな庭園には池があり、岩や樹木、石灯篭などで装飾されていた。それ以外にも練兵所、馬小屋、高位の配下たちの家々も立ち並んでいる。

 邸内の中心に本屋敷は建っていた。


 屋敷にたどり着いた椿は大広間に通された。室内は天井から吊り上げられた照明器具の青い炎によって煌々と照らされ、昼間のように明るい。

 畳を敷き詰められた広い部屋の上座に茨木朱天は座っており、左右の下座にずらっと幹部の鬼妖人たちが縦一列に座していた。警備や使いを担当していた妖人と違い、幹部たちはいずれも身長3メートルで体全体が強靭な筋肉に覆われていた。野太い首、筋肉でこぶのように盛り上がった肩や胸部、手足も人間の女の腰ぐらいの太さがあった。混血でも鬼の血が濃いほどこうした特徴が強く出ると言われている。

 椿は臆することなく部屋の中央に用意された席に座った。ちょうど上座の朱天と向き合うかたちになっている。椿は毅然とした態度で朱天を見据えた。

「此度の武闘、見事であった。なかなか愉快な戦いじゃったぞ」

「まあ、ギリギリで勝ったけどね。あんたと戦ったら面白いだろうね」

 椿は普段通りのため口で話し、あえて笑顔で煽るような言い方をした。

「貴様、朱天様に無礼ぞ!」

 椿の態度に鬼神組の幹部たちが一斉に殺気立って彼女を睨んだ。

「よいのだ。モノノフとはこういう人種よ。それにしても、ぬしらは血の気が多すぎるぞ。まったく困ったものだな……表で頭を冷やしてこいっ!」

 朱天は殺気立つ幹部を呆れ顔で制した後、一喝して全員を下がらせた。幹部どもは渋々ながらも主命には逆らえないのでおとなしく出て行った。


 大広間は椿と朱天だけとなった。

 朱天は杯に注がれた酒を一気に飲み干し、豪快に笑いながら話しかける。

「ハハハハハ!困った奴らよ。男のくせに些末なことで目くじらをたておって。不快な思いをさせたならすまんな」

「いや、俺はもともとの性格もあるが育ちも悪くてなあ。ぶっきらぼうな言い方しかできねえ。こっちこそすまない」

 椿は相変わらずため口だが自分の粗暴な言葉づかいを謝った。

「かまわん。わしは媚びへつらう弱者より、お前のように粗暴なつわものと酒を飲んだ方が心地よいわ」

 朱天はそう言うと席から立ち上がり、酒が入った銚子を片手に持って、ドサドサと足音をたてながら椿の眼前まで移動して座り込んだ。

「まあ、飲んでくれ」

 朱天は手にした銚子を傾け、椿の杯に酒を注いだ。

「こいつはありがてえ」

 椿は軽く会釈して注がれた酒を一気に飲み干した。

「良い飲みっぷりじゃ。そんなお前に聞きたいことがある」

「なんだい?」

「お前は姉である赤桐牡丹の行方を探っておるようだな?」

「さすがは北街の組長、よく知ってるな。アイツは親父を殺した仇敵だ」

「そうか。実を言うとわしはな、その牡丹が属する東街の天狐組とはそりが合わなくてのう。奴らは偉そうで鼻持ちならん」

「妖人街の覇権を奪い合っているという噂を耳にした。あれはホントなんだな?」

「ああ、いずれは滅ぼすつもりだ。わしはこの鬼神組と共に妖人街を統一し、国を作るつもりでおる」

 朱天は赤い瞳を輝かせながら己の野望を熱く語り出した。

「妖人街は四つの組が争ってきたせいで十分に発展できておらぬ。この妖人街が位置する挟間の世界はまだまだ土地が余っている。荒地も多いが開墾できぬほどではない。人口が増え続けている現状を考えれば周辺の開拓は急を要する」

「なぜ、アンタは国造りにこだわるんだ?」

「なあに、それはわしら鬼妖人の矜持じゃな」

「矜持?」

「ああ。我々は強きものが天下を動かし、弱きものを守り、導くべきだと考えておる。民を虐げるより、仕事を働かせた方が得策じゃろう。そうすれば、こちらに入るみかじめ料も増えるというものよ。ただ、金を取り過ぎれば苦しめることになり、恨みをかうことにもなる。そこをうまく法度によって統率してこその王者じゃ」

「アンタは変わってるな。他のごろつきや組とは大違いだ。王様にでもなるのか?」

「もちろんじゃ。いずれは無法地帯になっている南街を制し、東街の天狐組、西街の陰摩羅鬼組おんもらきぐみを滅ぼして全街区を掌握しょうあくするつもりだ」

「なぜ、すぐに動かないんだ?」

「それは陰摩羅鬼組の動向が気になってな。シノビどもによれば秘密裏に天狐組と同盟を組んでおるということだ。我が兵共は精鋭にして最強であると誇っておるが、さすがに同時に二勢力を相手にするのは分が悪い」

「なるほどな」

「そこでお前に提案がある」

「提案だって?」

「そうだ。わしと賭けをしよう」

「どんな賭けだよ?」

「わしと勝負しろ。わしに勝てば牡丹の捜索を全面協力してやる。だが、お前が負ければ、わしのモノノフとして西街の偵察と陰摩羅鬼組組長の暗殺をやってもらう!」

「なかなか面白いじゃねえか。その賭けにのってやるぜ!まあ、アンタの飼い犬になるつもりはないがな」

「そうか。ならば、こちらは力ずくでお前を屈服させるまでよ」

「のぞむところさ」

 二人は決闘によって話をつけることになった。

 朱天は幹部たちを呼び寄せると決闘の準備を命じた。


 決闘の場所は屋外の練兵所に決まった。

 円形状の大きな土俵が用意され、四方に設置された巨大な篝火が周囲の闇を照らしていた。パキパキという薪の爆ぜる音が響き渡り、夜風に煽られた火の粉が空中を舞っている。

 鬼神組の幹部たちが見守る中、椿と朱天は土俵に上がり、4メートルほどの間合いをとって対峙した。




挿絵(By みてみん)

 朱天は得意げに手首にはめられた腕輪を椿に見せつける。

「古くから我が一族に伝えられし神器【金剛こんごう】を使うのは久しぶりじゃ」

 朱天が不敵に嗤った瞬間、神器の腕輪が禍々しく鈍い金属の光沢を放ち始める。それと同時に彼女の肉体は急激に硬化し、全身の皮膚の表面が黒鉄に変化した。

「それはどういう状態だ?」

 椿が興味深げに問いかけると、朱天は隠さずに神器の能力について答える。

「この金剛は所有者の肉体を鋼の硬さに変える。ただそれだけじゃ。あとは己の体に叩き込まれた鬼王院流体術きおういんりゅうたいじゅつの技量のみよ!」

 朱天は視界を半分遮るように右拳を目の高さに突き出し、左拳は完全に顎の横に張り付き、急所を隙なく密閉している。上体を高く保ったまま左足を前に踏み出し、後ろに下げた右足のかかとにいつでも体重を移せるように微かに浮かせ、土俵の土を掴んでいた。

 一方、椿は腰を深く落とし、いつでも抜刀できるように太刀の柄に手にかけて鯉口を切る。今まで体術の使い手と戦った経験が無いだけに彼女にとって、朱天は完全に未知の強敵であり、いつも以上に強い緊張感を抱いていた。固い表情を浮かべながら相手を見据えた。一筋の汗がこめかみから流れ落ちていく。

 静寂が辺りを支配していた。

 しばしの時が流れた。

 雲に隠れていた丸い月が夜空に浮かび上がった瞬間、朱天は赤い瞳を怪しく光らせて脱兎の如き速さで駆け出した。まるで限界まで縮められた鋼鉄のバネのように地面を激しく蹴り上げながら推進力を生みだし、凄まじい勢いで前方の椿に肉薄してきた。

 激突する寸前、椿はおもむろに風の精霊を刀身に宿して抜刀した。こちらに突進してきた朱天の胴を狙って薙ぎ払った刹那、重い金属音が鳴り、刀身を通して凄まじい衝撃が椿の体を走り抜ける。

 驚いたことに朱天は自分に振るわれた白刃を拳で受け止めたのだ。朱天はすかさず椿の腹部を狙って膝蹴りを繰り出した。

 椿はとっさに後方へと飛び退って回避したが、朱天は立て続けに今度は地面から跳躍して飛び蹴りを仕掛けてきた。巨体とは思えぬ素早い身のこなしである。

 椿は軽快なステップを真横に踏んで躱したが、ギリギリ相手の踵が頬を掠めた。

 朱天は椿の方に振り返ると、呼吸を整えながら再び最初の構えを取り、笑顔で得意げに言葉を投げてきた。

「やはり、お前の剣は凄まじいなあ。だが、わしの体術もなかなかだろ?」

「……っ、確かにな」

 と、椿も苦笑いを浮かべながら応じた。

「さて、これは躱せるかのう?」

 朱天は楽しげにそう言うと赤い瞳を鋭く光らせ、椿に肉薄すると連続で拳を打ち込んでいく。椿も巧みにステップで回避し続け、息継ぎで朱天の攻撃が止むのを見計らって天魔鉄爪斬てんまてっそうざんを繰り出した。風の精霊の大群を刀身に圧縮させたことで振動し、それによって生じた高周波が切断力を高める……はずであったが、いくら朱天の肉体を斬りつけても火花が飛び散るだけだった。

 だが、それは朱天も同じことだった。彼女は殴り技や蹴り技で追い詰めようとするが、身動きが素早い椿に避けられてしまう。

 その後、一時間以上にも渡って戦ったが二人は決着がつけられなかった。朱天と椿は息を切らし、肩で息をするほどの有様である。

 朱天の方から休戦を求めてきた。

「……今日はこの辺でやめておかぬか?実を言うとな、お前と決着をつけるつもりはなかった」

「ハハハハハ……やっぱりな。アンタは最初から俺の腕を試したかったんだろ?」

 椿は愉快そうに笑いながら太刀を鞘に納め、朱天は図星を突かれて苦笑を浮かべる。

「バレておったか。こちらの要求をのんでくれるなら協力しよう」

「それにしてもアンタの体は硬くて斬れやしねえ。でもまあ、姉貴探しを手伝ってくれるなら頼みを引き受けてやる」

「それはありがたいことじゃ。よろしく頼む」

「こっちこそ」

 二人は固く握手した後、大広間の縁側に座って酒を酌み交わした。

 青白い月光の中、朱天は酒が注がれた杯を椿に差し出した。

 椿は酒を受け取りながら


「あんた……最初は俺を天狐組の囮にして、見殺しにするつもりだったんだろ」と朱天の魂胆を指摘する。

 朱天は杯の酒を飲み干すと、隠さず豪快に笑う。

「バレたか。だが、天狐組に潜入させて死なすには惜しくなった。お前が東に潜入して陰摩羅鬼組の組長を暗殺し、その混乱に乗じて残党どもを我ら鬼神組が攻め滅ぼす作戦じゃ。成功すればお前の姉について探らせよう。実はいずれ来るであろう決戦に備えて忍びどもを放っておる」

「そいつはありがてえ。まったくあんたは食えねえやつだな」

「それが政治というものよ」

 二人は朝まで酒を飲みながら語り合った。

 

かくして、椿は鬼神組と協力関係を結ぶことになった。

椿が向かう先に待ち受けるものは果たして……

今後の展開にご期待ください!

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