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第六話 武闘大会 後編

 椿は予選を突破し、本戦も難なく勝ち残った。最終的に椿と蝙蝠こうもりの妖人が決勝戦を争うことになった。

 

 すでに夜は深まっている。

 闘技場のどよめきはほとんどが予選で大損をした者たちの野次や怒声、もしくは女の血に飢えた熱狂的な観戦者の叫び声であった。

「女を殺せ!」

「血を見せろ!」

 椿は観客席から浴びせられる敵意に動じることなく、控室から闘技場の砂舞台に登場した。すでに対戦相手の蝙蝠妖人・音羽調おとわ しらべが待っていた。人の姿にコウモリの耳、巨大な漆黒の翼という特徴的な外見をしており、長身ですらっとしたその身を黒と紫を基調とした忍び装束で包んでいる。だが、武器らしいものは持っていない。手にしているのは朱色の尺八だけだ。

 音羽調は異常に細長い眼をさらに細めて椿の顔を見つめると、口の片端を吊り上げてほくそ笑んだ。

「何がおかしい?」

 椿は苛立ちながら訊く。

「イヒヒヒヒ」

 音羽は嘲笑うように甲高い笑い声を上げた。

 椿は相手の装いを怪訝そうに見つめる。

「お前、武器を持たずに大した余裕だな。体術の使い手か?」

「武器ならあるぜ。今にわかるさ。キヒヒヒ」

 音羽は飄々とした態度で不敵に嗤った。

 二人がそんなやり取りをしていると審判が姿を現した。審判は肥満気味な鬼妖人の男だった。


 男は対峙する椿と音羽の間に立ち、観客席全体を見渡したのちに大音声で口上を述べ始めた。

「武闘大会にお集まりいただき誠にありがとうございます。今宵、この決勝戦にて今回の優勝者が決定致します。さあ、皆さん盛大な喝采をっ!!」

 審判の声に反応して観客席全体から拍手と喝采が沸き起こった。

「これより風華一閃流の赤桐椿、魔笛爪破流の音羽調、両名の真剣勝負を開始!」

 開始の合図である銅鑼の音が闘技場に轟いた。審判の男は砂舞台の片隅に引き下がる。

「さあ。キツネ耳の姉ちゃん。キヒヒヒっ、俺様の調べに絶望しな!」

 音羽は砂塵を巻き上げながら両翼を羽ばたかせて空中に舞い上がる。そして、手にしていた尺八を椿に向けて吹き鳴らした。

 音羽が尺八の歌口に息を吹き込んだ瞬間、耳をつんざくほどの金属音と共に凄まじい衝撃波が椿を襲った。

 ──これは超音波攻撃であった。魔笛爪破流とは腕力が足らずに刀剣や槍を扱えない者のために編み出された音撃武術。楽器の音を美しい調べではなく、敵を破壊する超音波を発生させるために用いるのだ。特に音羽調が手にしている神器【響】は音域と破壊力を増幅させる力がある。

「うわあああああああああああー!」

 椿は耳に激痛を感じると同時に、砂ぼこりを巻き上げながら襲ってきた衝撃波によって後方へと吹き飛ばされた。背中を砂舞台に打ちつけられた衝撃で一瞬、意識を失いかけたがすぐに持ち直した。耳からは出血しており、全身に細かい切り傷を負っていた。打掛の着物は襤褸切れのようにズタズタに引き裂かれていた。

 ────厄介な相手だぜ。空中に舞い上がり、見えない刃をぶつけてきやがる!

 椿はボロボロになった打掛を脱ぎ捨て、白い道着姿を露わにした。耳から血が滴り落ちる。

「キヒヒヒ。いいざまだぜ。もっとズタズタにしてやるよ」

 音羽は下卑た笑みを浮かべながら神器【響】による超音波を繰り出した。再び砂ぼこりと一緒に超音波が椿に襲いかかった。

 椿は太刀の切っ先を地面に突き刺し、神器【鎌鼬かまいたち】の力を発動させた。風の結界によって超音波攻撃から身を守ったが、この技はかなりの量の体力と精神力を消費する。それに消耗が激しい防御技ばかりを使っていては攻勢に出ることなど不可能であり、いずれは心身ともに限界を迎えてしまうのは明白だ。

 ────どうすりゃいいんだ?

 椿は数多くある剣技の中から有効なものがないか思案した。空中の敵を想定したものは限られる。すぐに思いつくのは風神であった。これは神器の力で風の精霊に竜巻を発生させ、周囲の敵を殲滅させる対集団用の大技である。だが、一人の敵にぶつける技としては極めて命中率は低い。

 ────いや、待てよ。ぶつけるんじゃなく、強い風で引き込めばいい

 

 椿は音羽が息継ぎで攻撃を止めた瞬間、滞空している相手の真下に移動した。すかさず抜刀し、草薙と同様に太刀を片手に持ちながら舞うように回転。すると椿を中心に竜巻が空中の音羽がいる高さまで立ち昇った。凄まじい吸引力を有しており、この風に巻き込まれた音羽の体を徐々に引っ張り始める。

「なっ、何だ、この風は⁉」

 音羽は焦って翼を羽ばたかせ、脱出を試みるが出られない。次第に翼の動きも機能しなくなって揚力を失い、竜巻の中に吸い込まれた。風の刃が体と両翼の皮膜をズタズタに引き裂いていく。

「うおおおおおおおお!」

 音羽はぐるぐる回転しながら地面に向けて急激に下降していった。

 椿は音羽が地面に向かって落下し始めた直後、すぐに術技を止めて後方へと飛び退った。

 数秒後、音羽は飛び立つ余裕もなく、轟音と共に勢いよく砂ぼこりを巻き上げながら地面に叩きつけられた。

 彼は手足は折れ、翼も捻じれた状態で骨折しており、青ざめた顔で口をぱくぱくさせながら仰向けで倒れている。そこに椿は太刀を手に近づいた。

「たっ、助け……」

 音羽は内臓が破裂しているらしく、口から血の泡を吐きながら椿を見あげた。

「すぐに楽にしてやるよ」

 椿は両手で太刀を逆手に持ち、相手の胸に向かって深々と突き立てる。刀の切っ先がずぶずぶと湿った音とともに体内に潜り込み、的確に心臓を刺し貫いた。音羽の口と胸の刺し傷から大量の血しぶきが噴き出した。

「……ぐはっ!」

 音羽はうめき声をあげて絶命した。

 椿は刀身を一振りして血を払い落とし、静かに納刀した後に手を合わせて合掌した。


 審判の男は音羽に近づいてその死亡を確認すると声高に叫ぶ。

「音羽調、敗死。勝者、赤桐椿!!」

 闘技場の全観客席から歓声が上がった。もはや椿の強さに感服しており、野次を飛ばす者は無い。気まぐれで彼女に大賭けしていた者は狂ったように歓喜していた。

 闘技場全体を見まわしていた椿は偶然、観客席の最上段に座っている茨木朱天と視線が合った。

 ────あれが鬼神組組長だな

 もちろん、椿は彼女と面識はないが、死線を潜り抜けてきたモノノフには分かることがあった。それは相手から発せられる殺気であり、強い者ほど殺気は大きい。ただのチンピラでは巨大な殺気を発することはない。

 ────是非とも手合わせを願いたいところだ

 椿は恐れることなく視線を逸らさず、朱天の顔を眺めていた。


 朱天は酒を飲みながら配下の者から話を聞いていた。

「ほう。やはり、あの天狐組の白狐の妹であったか」

「はい。間違いないでしょう。白狐は育ての親でもある師を殺したようです」

「ならば、あの赤狐は仇討ちの為に動き回っているということかのう?」

「ええ。妖人街を歩き回りながら白狐の行方を探っているようです」

「ほう、それは都合がよいな。後ほどあやつを我が屋敷に呼び出せ。今宵は酒盛りぞ!」

「はっ、ただちに手配いたします」

 配下の者は恭しく頭を下げてその場から立ち去った。

 朱天はなみなみと杯に注がれた酒を一気に飲み干す。

「今宵は楽しくなりそうじゃ!」

 朱天は砂舞台からこちらに視線を送ってきた椿の顔を眺めながら独り言ちた。


 翌日の晩、椿は賭博通りに近い宿の一室で休んでいた。畳の上に寝転がった姿でウトウトしていると襖の外から突然、階段を駆け上がる足音のあとに女将の甲高い声がした。

「赤桐様、お客さんがお見えですよ!」

「わかった。部屋に通してくれ」

「はい。ご案内致します」

「ああ」

 椿は気だるそうにあくびをしながら起き上がり、来客が現れるのを待つことにした。

 それからしばらく間があった後、階段を上がってくる音が聴こえてくる。足音は二人分だ。女将と来客のものだろう。

 女将は愛想のある笑顔で襖を開けると、来客を連れて部屋に入ってきた。手短に挨拶を済ませると女将はすぐに退室した。

 来訪者は鬼神組から遣わされた鬼妖人の若い男であった。鬼妖人にしては小柄な体格だった。

 椿がいつも通りに胡坐をかいて座っているのとは対照的に使いの男は正座で座り、慇懃な態度で要件を伝える。

「うちの組長があなたの武勇を気に入っております。よろしければ賞金の授与だけではなく、その疲れをねぎらうための酒宴に招きたいと仰せでございます。ご足労を願えますでしょうか?」

「いいぜ。金もらえるし、ただで酒が飲めるのも魅力的だ」

「では、わたくしめがご案内いたしましょう」

 椿は使いの男の案内で鬼神組の本屋敷に向かうことにした。




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