第五話 武闘大会 前編
季節は初夏を迎えていた。
天気は晴天。
日を追うごとに日差しは強くなっている。
すっかり傷が治った椿は北街に足を踏み入れていた。
北街は全ての街路が石畳で整備されており、区画も碁盤の目のように整備されていた。街の中心部に位置する賭博通りは他の街区からくる者たちの往来も多く、お祭り騒ぎのような熱気に包まれ、身動きが取れないほどの人だかりができていた。
通りに沿って多くの賭博場が乱立していた。どこの店も満員御礼で大勢の博打好きたちで賑わっており、街角には多くの屋台や茶屋も並んでいた。
辺りの楽し気な雰囲気とは裏腹に屈強な鬼神組の警備兵が巡回しており、面倒ごとを起こす輩を叩きのめしていた。その影響なのか北街の治安は高く、賭博場からの収益で潤っているために庶民に課せられているみかじめ料も安い。権力構造も組長のみを頂点としており、鬼神組のみで統一された盤石な支配体制が築かれていた。
雑踏の中、にっこり笑顔のえびす面をかぶった男がチラシを配っていた。椿は屋台で買った串焼きを頬張りながらチラシを受け取る。
チラシは藤兵衛が言っていた武闘大会に参加するモノノフを募集するものだった。この武闘大会は、富裕層はかけ金を突っ込んで大勝ちを狙い、参加者たちは賞金と名声を求めて互いに死闘を繰り広げる。武闘大会こそ弱肉強食の妖人街を体現するもののひとつであり、力と富を求めて殺し合うさまは修羅の世界だと藤兵衛は言っていた。
屈強なモノノフどもが勢ぞろいする大会は相当な過酷さが予想されるが、逆に勝ち残ることができれば賞金だけではなく、自分の名を上げることにもつながる。そうなれば妖人街全体に名声が広がり、いずれは姉の牡丹の耳にも届くだろうと椿は期待した。
椿はチラシの地図を頼りに闘技場を目指して歩き出した。
闘技場は賭博通りの最奥に位置しており、地上部分は鬼瓦などの装飾が目立つ大屋根の建物になっていた。それは江戸の芝居小屋の外観に酷似しているが用途は異なっている。この大屋根の建物の目的は閲覧希望者から入場料をとる場所であり、同時に賭博者にとってはかけ金を支払う受付場でもあった。
地下へと続く巨大な石の階段を降りた先に闘技場はあった。妖人街では別名“地下闘技場”と呼ばれている。
大空洞に建てられたこの大理石の建造物は古代ローマのコロッセオを模して造られた。
何本もの太い石柱によって支えられた巨大な円環が、幾重ものアーチを重ねてそびえたっていた。無数の観客席がすり鉢状に広がり、中央の砂舞台でモノノフたちが死闘を繰り広げる。
地下は巨大な篝火がいたるところに設置されており、爆ぜる音をたてながら闇を煌々と照らしていた。
闘技場の裏口には参加希望者が列をなしている。モノノフといっても大半は賞金目当ての荒くれ者であり、粗暴な輩が多かった。参加受付が始まって一時間後、ようやく列の最後尾にいた椿の順番がきた。
門前に設置された受付で牛頭の妖人の男が「流派は?名前は?」と訊いてきた。
「風華一閃流、赤桐椿。優勝を取りに来た!」
「……ゆ、優勝?お嬢ちゃんが⁉」
自信に満ちた顔で優勝宣言した椿に対し、牛頭男はいきなり腹を抱えながら笑い出した。
「ハハハハハっ!!冗談にしちゃきついぜ」
牛頭の言葉に周りの参列者たちもつられて笑い出す。
「まったくだぜ」
「ここは遊び場じゃねえぞ」
椿は周囲の態度に少しムッとした。
「何がおかしい?」
「ここはお嬢ちゃんのような小娘が来るところじゃねえ。悪いことは言わねえからさっさと帰んな」
牛頭男は嘲笑交じりに猫か犬でもあしらうように手を振るしぐさをした。
「ほう。これでもダメか?」
椿は殺気を漂わせながらも刀を抜かず、鞘の切先を牛頭男の喉元へ突きつける。鞘の先端が喉仏に触れた瞬間、相手の笑みが凍りついた。
「……だっ、ダメではありません。どうぞ、お通り下さい」と牛頭は冷や汗をかき、無理に愛想笑いして頭を下げた。
───後で吠え面かかせてやるぜ
椿は心の中でそう呟き、不敵な笑みを浮かべながら自分を馬鹿にした連中を見やる。己の腕に自信が無い者は視線を逸らしてうつむき、己を強者だと思っている者は彼女に向かって中指を突き立てて挑発した。
椿が門をくぐると係員が待っており、闘技場に用意されている参戦者の控え室に案内してくれた。
煮え返るような熱気と歓声の中、闘技場にて武闘大会の予選開始を告げる銅鑼が打ち鳴らされた。
牢屋のような控室に押し込められていた椿を含めた十人のモノノフが砂舞台に放たれた。ほとんどは獣の特徴を持っている人型の妖人だが、中には胴体が異常に長くて腕が無数に生えていたり、巨大な両翼が生えているなど異形の者も混じっている。
多くの参戦者が手近な敵と潰し合う中、椿は冷静に周囲の様子を観察していた。モノノフたちが激しく振る刀剣類に周りの篝火の灯りが反射し、まるで海を泳ぐ白魚のように揺らめいていた。
椿が冷静に立ち回っていると、一人のモノノフが近づいてきた。
相手は百足妖人の六蔵。顔は人面だが異様に黒くて長い胴体と、節くれだった六本の腕が特徴的だった。それぞれの腕には曲刀、短刀、鉈、鎌、太刀など大小さまざまな刃物が握られていた。気づけば参戦者の多くが六蔵によって戦闘不能にされていた。
「おい、キツネ耳の娘。降伏するなら命だけは助けてやってもよいぞ」
「ふん。誰が虫野郎なんかに下げる頭はねえ」
「む、虫だと⁉ もう勘弁ならん。ええい、貴様をひき肉にしてくれる!」
六蔵は六本の腕を前方に突き出し、甲冑を装着している体を丸めると椿をめがけて車輪のように転がり出した。鋭利な刃をもった車輌は古代の戦車のように破壊力があり、これによって他のモノノフたちは血祭りにされた。
凄まじい速度で突っ込んで来たが、椿はぎりぎりの距離でひらりと横に躱した。
──おのれっ!この技をよけおったな
六蔵はとんぼ返りしては突撃するという行動を繰り返すものの、そのことごとくが回避されてしまう。
観客席から見た椿は逃げ回っているように見えていたが、彼女は相手に隙や弱点がないかと観察していたに過ぎなかった。すでに見切っており、容易に避けることができた。
六蔵は突撃した後、必ず息継ぎと絡み合った腕を解くために丸まった姿勢から元に戻る。
椿はこの瞬間を待っていたのだ。
六蔵は六度目の突撃に失敗すると件の挙動を見せた。
椿はすかさず草薙を繰り出す。風の刃によって多くの腕が吹き飛び、切断面から紫色の血が噴き出した。
「ぐわあああああああああああああああああ!!」
六蔵は叫び声を上げ、苦しみ悶えて倒れ込んだ。
椿はトドメとばかりに天魔鉄爪斬で鎧の装甲ごと相手の体を縦切りに両断した。真っ二つになった体から大量の血液と臓物が砂舞台にこぼれ落ちる。周囲の灯りに照らされたピンク色の臓物が血だまりでぬらぬらと光っていた。
血だまりの中、納刀した状態で佇んでいた椿を生き残った三人のモノノフたちが取り囲む。三人は目配せした刹那、一斉に斬りかかってきた。
椿は腰を屈めて抜刀。彼女を中心に風の刃が遠心状に放たれ、周囲のモノノフたちを横一文字に両断した肉塊と血だまりが砂にこぼれ落ち、赤桐椿の予選突破は確定した。
一瞬の出来事に闘技場は静かになった。だが、すぐ堰を切ったように割れんばかりの歓声が上がった。観客席では六蔵や他の参戦者に賭けていた者たちが絶望と憤慨、冗談半分で椿に賭けていた者たちが驚きと歓喜で叫んでいた。
観客席の最上段に座っていた鬼妖人の女が大きな盃で酒を飲みながら愉快そうに一部始終を眺めていた。3メートルもある巨躯に胸元がはだけたチャイナ服のような道着が印象的な恰好をしている。スリットから太ももが露わになっていてもかまわず、堂々と足を組んで座っているこの女こそ鬼神組組長、茨木朱天であった。肌の色こそ人のものであるが銀色の長髪、頭部の二本角、血のように赤い瞳は紛れもなく鬼の特徴である。彼女の家は鬼の王酒吞童子の御落胤を祖にもつ家系であり、人の混血であることを理由に虐げられて妖人街に移り住んだ。
「今回の大会、なかなか面白くなりそうじゃな?」
「まったくですな」
楽しげな様子の朱天の問いに隣で座っていた配下の鬼妖人の男が頷く。
「今日の酒は美味じゃのう」
朱天は一気に飲み干すと空になった盃を配下の男に差し出す。男は恭しく瓢箪に入った酒を差し出された杯に注ぐ。
「あの者、風華一閃流と名乗ったか?」
「はい。登録名簿には風華一閃流、赤桐椿とありました」
「ほう、赤桐か? あの者の素性、しっかりと探っておけ」
「はっ。ただちに忍びに探らせましょう」
「今宵の決勝戦が楽しみじゃ」
朱天はぐいっと杯を傾けて酒を口に流し込み、不敵に微笑んだ。




