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第十五話 再起の朝に

 妖人街は梅雨を迎えていた。


 豪雨が連日のように降り続いている。


 障子越しに聴こえてくる激しい雨音と雷鳴。


 椿は目覚めた。


 見覚えのある部屋だった。ここは北街にある鬼神組の本屋敷。


 椿は両足を包帯で巻かれ、布団に寝かされていた。


 傍らには藤兵衛が座っていた。


「おっ、ようやく目覚めたな。三日も眠っていたんだぞ」


「……藤兵衛、あんたがここに運んでくれたのか?」


「まあな。見つけるのに苦労したぜ」


「ありがと。また面倒をかけちまったな」


「イイってことよ。あとで朱天殿にも礼を言っておけよ」


「……ああ、そうだな」


 椿は仰向けで天井を見つめたまま、上の空といった様子で返事をした。


「どうした?いつもだったら腹が減ったと騒ぐのによお」


 藤兵衛は煙管をふかしながら怪訝そうな顔で彼女の顔を見た。


「……負けちまった」


「ん?」


「……また姉貴に負けちまったよ」


「お前の姉貴は強いらしいな」


「ああ、強いな。独自の技を極めてやがる」


「まあ、お前もまだまだ修業が必要ってことだな。法眼だって最初から最強だったわけじゃねえぞ」


「わかってるけど……負けたら悔しいじゃねえか!」


「気持ちは分からんでもねえ。だが、酷い凍傷だったんだぜ。まずはしっかり飯を食って傷を治せ」


「……わかったよ」


「とりあえず休んでおけ。もう少ししたら朝飯を運んで来てやるからよ」


「ああ」


 藤兵衛は煙管の火を消して懐にしまいこみ、立ち上がるとそのまま部屋から立ち去った。


 一人残された椿は雨音を聞きながらまどろみに落ちた。




 数刻後、ふたたび目覚めた椿は上体を起こし、藤兵衛が運んできた食事に箸をつけた。どれも栄養バランスを考えられた料理だった。


 主食は胃に優しい粥。副菜は大根と人参の紅白なます、焼き魚と山菜。汁物はキノコとお揚げが入った味噌汁だった。


 椿がお揚げで機嫌を良くして食事にがっついていると突然、部屋の襖が勢いよく開かれた。


 部屋に入ってきたのは茨木朱天だった。相変わらず胸元や太ももの露出度が高い道着を身に纏っていた。


 朱天は椿の目の前にどっかりと胡坐で座り込んだ。


「食欲があるのは良いことじゃ。うちの飯はうまいか?」


「ああ、とってもうまい!特にお揚げが嬉しい」


 椿は笑顔で嬉しそうに頷いた。


 朱天は椿の無邪気な一面が面白かったらしく遠慮なく笑った。


「ほう、お前も可愛いところがあるのじゃなあ!」


「うるさいぞ……でも、助けてくれてありがとう」


 椿は赤面しながらも礼を言った。


「礼など不要じゃ。お前は約束通り仕事を全うした。労うのは当然じゃよ。ところでこの料理、誰が作ったと思う?」


「ん?使用人の誰かだろうよ」


「残念。実はワシが直々に作ってやったのじゃ」


「えっ、あんたが!?」


「バカにするでない。これでも八つ子の母親じゃぞ!料理もできずして母とは言えぬ」


「マジで言ってんの?さらに驚きなんだが!」


「先代の組長、要するにわしの旦那は若くして死んでのう。そやつとの間に生まれた息子たちじゃ」


「全員、男なのか?」


「ああ、生意気な悪童ばかりじゃ」


「あんたが母親だったとは思わなかったぜ」


 椿は人の見かけだけではわからないものだと思った。好戦的な鬼妖人の大将である朱天が面倒見のいい母親だったとは想像もできなかったのである。




 食後、椿は自分が眠っていた三日間で何が起こったのかを朱天に訊いてみることにした。


「俺が眠っていた間、妖人街はどうだった?」


「情勢は大きく変わっておるぞ」


 朱天は鬼神組の冷静な指揮官として淡々と説明をし始めた。




 まず、西街は首魁の陰摩羅鬼と上級幹部が死んだことで陰摩羅鬼組の支配力が低下。地上と地下の労働者たちが反乱軍を組織して打倒した。


 西街の騒乱を知った朱天は反乱軍に交渉をもちかける。


 その内容は『妖人街を統一したら国民として彼らを守る』というものだった。


 反乱軍はこれに応じ、西街が鬼神組の領地として併合されることを受諾する。


 ただし、地下の労働者たちは牡丹に恩義があるとして参戦だけは辞退した。朱天は彼らの義理堅さを称賛して辞退を受け入れる。


 南街は伊佐々王組が壊滅した後、商業連盟が暫定的に統治していた。


 だが、複数のごろつき集団による覇権争いが激化しており、これに手を焼いた商業連盟は鬼神組に救援を要請してきた。


 朱天は南街の支配権を譲渡するなら助けると持ち掛けた。


 協議を重ねた結果、朱天は王国が樹立したあかつきには商業連盟による自由貿易を認め、連盟の所属幹部らを外務卿と大蔵卿に任命すると約束し、商業連盟はこれを受諾した。


 鬼神組はただちにごろつき集団を討伐し、南街と商業連盟は鬼神組に併合された。


 妖人街のほとんどを掌握した鬼神組は一ヶ月後に東街の天狐組への侵攻を予定しており、現在は練兵や兵糧の準備を進めているという。




「随分と大きく変わったな。俺の姉貴はどうしている?」


「安心しろ。シノビに調べさせてある。牡丹が天狐組の組長なのは間違いない。拠点の摩天楼で組の指揮を執っているそうじゃ。討ち取るならばわしら鬼神組とともに東街へ攻め入ろうぞ!」


「俺に姉貴と戦わせてくれるなら従うぜ」


「もちろんじゃ。わしは約束をたがえぬ。敵の領内に攻め込んだ後、おぬしが敵将の牡丹を討ち取るがよい」


「決まりだな」


 二人が握手しようとした瞬間、藤兵衛がそれを制止した。


「藤兵衛、なんのつもりじゃ?」


「邪魔すんじゃねえよ」


 椿と朱天が藤兵衛を睨んだ。彼はそれに呆れ気味な口を開く。


「鬼神組の強さは間違いねえ。問題は椿、お前の未熟さだ」


「一カ月間、修行すればいいんだろ?」


「普通の修行じゃだめだ」


「どうすりゃいい?」


「法眼の師、剣仙様の元を訪ねろ」


「あの剣聖と呼ばれる仙人のことか?」


「そうだ。あの方ならお前を鍛えてくださるだろう。ただし、覚悟しておけ。剣仙様は北門から遥か最北に位置する山脈の頂に隠遁されているからな。行くだけでもひと苦労だがお前ならやれるだろう」


「心配はいらねえ。姉貴に勝てるなら何でもするぜ!」


 椿は掛け布団を払いのけて立ち上がり、拳を強く握りしめた。


 朱天も立ち上がると椿の肩を叩く。


「行って来い。開戦まで一カ月しかないが強くなれ!」


「ああ、必ず強くなって帰ってくる」


 椿と朱天はあらためて互いの手を握り合った。


 藤兵衛は頷きながら二人の様子を見守っていた。




 一週間後、椿は傷が全快した。


 その日は快晴だった。


 梅雨の中休みらしい。久しぶりに眩い陽光が降り注いでいた。


 椿は鬼神組から携帯食料と必要な装備が収納された背嚢をもらい受け、それを背中に背負って屋敷を出た。


 門前には藤兵衛と朱天が待っていた。


「準備はできたか?お前ならやり通せる」


「しっかりと修行を積んでくるのじゃぞ!」


 二人は励ましの言葉を送ってくれた。


「二人ともありがとよ。必ず強くなって見せるぜ!」


 椿は笑みを浮かべながら礼を伝えた後、背中を門に向けて歩き出した。


 朝日に照らされた彼女の背中には生気と頼もしさが満ち溢れていた。





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