第十三話 氷結の剣士
椿は排水トンネルの出口に向かって歩き出した。
出口にさしかかった瞬間、眩い陽光が差し込んだ。
椿は突き刺さるような光を避けるため、手のひらをひさしのように額にかざしながら外へ出た。
眼前には海岸線が広がっていた。
西街の城壁外、海岸沿いの道。
今まで追いかけてきた地下水路は岩壁で途切れ、水路を流れていた淡水も海面に落ちていく。
「はあー。やっと地上に出たぜ」
心地よい陽ざしの中、椿は大きく背伸びをしながら深呼吸した。
爽やかな朝の空気が肺を満たす。
黴臭く、饐えた地下の空気とは天と地ほどの差があった。
────やっぱ、人を地下に閉じ込めるのは最悪だな
椿はあらためて西街で行われていた地下強制労働に嫌悪感を抱いた。
その身分制を敷いた陰摩羅鬼はもういない。
残りの斬るべき相手は東街の天狐組に与する実の姉、牡丹一人だけだった。
牡丹がいかなる善行をしようとも師を殺した罪は消えないし、何の罪もない女や子供を殺した事実は変わらない。
この世には悔い改めるだけでは済まない罪があるのだ。
身内の不始末だからこそ、この手で斬らなければならない。
それが椿のモノノフとしての矜持であった。
彼女があらためて覚悟を決めた時、目の前に追い求めてきた仇敵が佇んでいた。
「少し見ない間にいい顔つきになってきたようですね」
氷のような凍てついた視線を向けてきたのは赤桐牡丹だ。
相変わらず表情に感情が見えない。
雪輪紋様と牡丹の柄が入った水色の着流しという服装で海風に白くて長い髪を靡かせていた。
腰には師匠から奪った太刀【雪風】を腰に差していた。
鞘の色は黒、柄は金で縁取られた白という装飾がほどこされた刀剣であり、氷と風の低級精霊が宿された神器でもある。
椿は驚きながらも牡丹の顔を睨みつけた。
「姉貴、なぜ俺がここにいると分かった?」
「私に知らないことはありません。それに地下労働区に落ちたあなたを助けるように親子に指示を出したのはこの私ですからね」
「なぜそんなことをする!?」
「それはね……剣士として強くなったあなたと戦いたいからですよ。椿」
「なるほどな。だが、いくら俺を逃がすためと言っても労働者たちの蜂起を黙認したのは理解できない。陰摩羅鬼組とは同盟者じゃなかったのか?」
「そうですね。だけど彼は敗れました。そんな弱いものの組織がどうなろうと知ったことではありません」
「そんな個人的な行動が許されるのか。かりにも姉貴は天狐組に属するモノノフだ。組長が許すとは思えねえ!」
「組長?ああ、そんなものもいましたね。あまりうるさいので少し前に消えていただきました。鬼神組との戦争に消極的な方でしたからね。でもまあ、今では私が支配者ですけど」
「そうか。姉貴はあくまで戦いを望むんだな」
「当然です。戦わずして何がモノノフでしょうか?偽りの平和に意味などありません。そんなことよりも私と戦いなさい。あなたの成長した剣を見たい」
「もちろんだぜ。今日こそケリをつけてやる!」
二人は波が打ち寄せる砂浜に移動し、間合いをとって対峙した。
太陽の光が水面に反射し、海原をキラキラと輝かせていた。
青空を鳥の群れが飛び交っている。
最初に動いたのは椿だった。
太刀の鯉口を切って駆け出した。
砂を巻き上げながら一気に間合いを詰める。抜刀して牡丹に肉薄し、縦に太刀を振り下ろした。
牡丹は神速で抜刀し、椿の太刀を受け止めた。
ガッ!
キーン!
鋼の刃がぶつかり合って火花が散った。
両者は白刃を煌めかせながら数合ほど斬り結んだ後、互いに息を乱しながら後方に飛び退って間合いを取った。
「次で決着をつける!」
「そうしましょう」
牡丹は上段の構え、椿は中段の構え、と二人は呼吸を整えながら構えなおした。
しばしの静寂の後、
今度も最初に動いたのは椿だった。
椿は天魔鉄爪斬を狙って刀身に膨大な風の精霊を装填し、牡丹に向かって一直線に走り出した。
一方、牡丹はその場から動かず、上段をとっていた太刀の切先を逆さまに反転させて地面に突き刺した。
その瞬間、牡丹が手にする雪風の刀身が雷光のように青白く煌めいた。
閃光とほぼ同時、牡丹を中心に五芒星を描いた方陣が砂浜に大きく浮かび上がる。
椿は構わず方陣内に足を踏み入れた。
彼女はそのまま牡丹に斬りこもうとするが動けない。まるで金縛りにあったかのように身動きができなくなった。
両足が凍結しており、一歩も前に踏み出せないのだ。
牡丹は身動きできなくなった椿の目の前まで移動した。
「なっ、何をした!?」
「椿、残念です。まだまだ修業が足りませんよ。次に会う時まで鍛えておきなさい」
「ちくしょう!」
牡丹は太刀を納刀した後、鞘の先端で椿の腹を強打した。
「うっ……!」
椿は立った姿勢のまま気絶した。
同日の夕刻。
夕日によって空と海原は茜色に染まっていた。
夕闇が迫る中、時間の経過とともに椿の凍結は解けた。同時に椿の体がうつぶせに倒れ込んだ。
そこに椿の行方を探っていた藤兵衛がやってきた。
「ここにいやがったか。まだ息はあるみてえだな」
藤兵衛は安堵から笑みをこぼし、見た目以上の怪力で椿を抱えて歩き出した。
その夜。藤兵衛は北街の鬼神組本屋敷を訪問し、組長の茨木朱天に椿の庇護を頼んだ。朱天は承諾して椿を屋敷の一室に運ばせた。




