第四話 「地下鉄の女」
壊れたドアの向こう。
“カイの顔”を貼りつけ始めた模倣者が、ゆっくり部屋へ入ってくる。
肌は白い。
目も鼻も曖昧なのに、輪郭だけがカイに近づいていた。
「――ッ!!」
カイは反射的に部屋を飛び出した。
廊下は非常灯だけが点滅している。
赤い光。
長く伸びる影。
後ろから、模倣者の足音が追ってきた。
カツ……カツ……。
歩く速度は遅い。
なのに距離が縮まる。
スマホには通知。
【模倣率:62%】
《対象:朝霧カイ》
「ふざけんな……!」
エレベーターは止まっていた。
カイは階段へ飛び込む。
その瞬間。
上の階から、人間じゃない笑い声が降ってきた。
ケケケケ……。
白い影が手すりの向こうに見える。
「……っ!」
上にもいる。
カイは下へ駆け下りた。
三階。
二階。
一階。
だがマンションの出口付近には、黒い霧が溜まっていた。
霧の中に、人影が立っている。
全員、顔がない。
スマホをこちらへ向けている。
まるで撮影しているみたいに。
その時。
背後から模倣者の声。
「捕マエタ」
振り返る。
そこにいた“カイ”が、口を裂くように笑った。
終わった。
そう思った瞬間――
銃声が響いた。
バァン!!
模倣者の頭部が吹き飛ぶ。
白い肉のようなものが壁に散った。
カイは呆然とした。
階段の下。
黒いロングコートの女が立っていた。
長い黒髪。
鋭い目。
片手には大型拳銃。
そして右脚には、黒い義足。
「ぼさっとするな」
女は冷たく言う。
「死にたいのか?」
模倣者の身体が痙攣する。
吹き飛んだ顔が、ぐにゃぐにゃと再生し始めていた。
「再生……!?」
「頭を潰した程度じゃ止まらない」
女はカイの腕を掴む。
「走れ」
次の瞬間。
模倣者が異常な速度で跳んだ。
床を這うように迫ってくる。
女は振り返りもせず、二発撃つ。
バン! バン!
脚を撃ち抜かれ、模倣者が転倒。
その隙に二人は外へ飛び出した。
黒い霧の街。
静まり返った道路。
遠くからサイレンが聞こえる。
だが近づいてこない。
「……あんた誰だよ」
走りながらカイが聞く。
女は前を向いたまま答える。
「羽川木更」
「生き残り側の人間よ」
地下鉄入口のシャッターは半分壊れていた。
木更は躊躇なく中へ入る。
暗い階段を下りる途中、彼女が言った。
「この区域には“段階”がある」
「夜が進むほど、化け物は学習する」
「そして三日目には、人間を完全に真似る」
カイは息を呑む。
「……じゃあ、もう誰も信じられないのか?」
木更は少しだけ黙った。
そして小さく答える。
「最初から、人間の方が怖い場合もある」
地下へ降りた瞬間。
暗闇の奥から、複数の視線を感じた。
ライトが点く。
そこには十数人の生存者がいた。
だが。
全員の表情が凍っている。
その理由を、カイはすぐ知ることになる。
壁に、大きな赤文字が書かれていた。
『この中に模倣者がいる』




