第二十九話 「深層存在」
黒い巨人――《イーター》が立ち上がる。
人格の海が大きく波打った。
ドゴォォン……!!
その姿は、人類の悪夢そのものだった。
全身が無数の人格で構成されている。
苦しむ顔。
泣き叫ぶ顔。
笑い続ける顔。
何百、何千という人間が、一つの肉体へ押し込められていた。
そして胸の中央。
そこに、朝霧カイの顔が埋め込まれている。
目を閉じたまま。
まるで核みたいに。
木更は唇を噛む。
「……カイ」
イーターがゆっくり口を開いた。
だが声は一つじゃない。
男。
女。
老人。
子供。
全人格が重なっていた。
『返さない』
『人格核は、我々の進化に必要だ』
巨大な腕が振り下ろされる。
ズガァァァン!!
木更は横へ飛ぶ。
直撃した黒い海が裂け、空間そのものにヒビが入る。
管理AIが叫ぶ。
【危険】
【深層領域崩壊率上昇】
“残響”が言う。
『まともに戦うな!』
『核へ辿り着け!!』
木更は即座に走り出す。
イーターの身体を駆け上がる。
だが。
黒い肉体の表面から、次々と人格汚染体が生えてくる。
「消えろ」
「木更を侵食しろ」
「感情を奪え」
異形たちが襲いかかる。
木更は撃つ。
バン! バン!
吹き飛ばしながら進む。
だが触れるたびに、記憶が流れ込んでくる。
知らない死。
知らない絶望。
人格が削られる。
管理AIの表示。
【羽川木更】
【人格維持率 61%】
まだ下がっていく。
その時。
胸部のカイの顔が、ゆっくり目を開いた。
真っ黒だった。
だが。
ほんの一瞬だけ、元の色へ戻る。
「……木更」
弱々しい声。
木更が立ち止まる。
「カイ!!」
だが次の瞬間。
イーターが絶叫した。
ギィィァァァァァ――!!
人格の海全体が震える。
巨大な目が空に開く。
イーターは苦しんでいた。
カイの人格核が、内部で抵抗している。
“残響”が叫ぶ。
『今だ!!』
『カイはまだ呑まれてない!!』
木更はイーターの胸へ向かって跳ぶ。
だが。
その直前。
空間全体が停止した。
ピタッ。
時間が凍る。
管理AIの声が乱れる。
【上位干渉を確認】
【未登録存在 接近】
黒い空が裂けた。
その奥から。
“巨大な白い瞳”が覗いていた。
イーターですら、一瞬動きを止める。
そして。
空間全体へ、知らない声が響く。
『観測対象を確認』
『人格文明、まだ残っていたか』
木更の背筋が凍る。
イーターが初めて、“恐怖”の声を漏らした。
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