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老執事と悪巧み

 ニーナから報告を受けた夜。

 専属としてあるいは肉壁としてニーナをヴィクトリアに貼り付かせたアルフレッドはヴィクトリアの部屋からニーナの悲鳴にも似た絶叫が聞こえなくなってから庭に出た。


 月明かりに照らされた庭園は月光の光を花弁、葉それぞれが反射し昼とは違った雰囲気を醸し出している。

 季節で顔を変える庭園。冬本番にさしかかる今だからこそ見れる植物の脇をアルフレッドは注意深く歩いていく。


(ニーナの報告にあった木は……)


 無数に生えている木の中でもとりわけ大きな木の元に辿りついたアルフレッドはゆっくりと膝をおろし、月明かりだけを頼りに木の根元を確認していく。 


(これですね……下手くそな埋め方ですね。これでは掘り返したと一目で分かります。これでは掘り返しましたと、宣伝しているようなもの……ニーナにはそういった教育も必要かもしれませんね)


 一箇所だけ不自然に土が盛り上がっていた木の根元に白手袋を外し、ポケットにしまったアルフレッドは汚れることも厭わず手を入れていく。

 ニーナが埋め直したからか昼よりもやや浅いところでアルフレッドの指先に冷たい金属の感触が伝わった。


(嘘であってほしかったのですが……)


 アルフレッドは筒を引き抜き、立ち上がり、蓋を外した。

 中の羊皮紙を取り出し、広げ、内容を改めたアルフレッドの手を震える。くしゃりと羊皮紙の端に皺が走った。


 内容としては金。

 ただ、大きく分けて3つの内容がある。

 献金との名目で教会に多額の寄付、隣の伯爵家、更にその奥にそびえる隣国への送金の履歴。 


「なるほど……」


 教会はこの国だけでなく大陸全土に信者を抱えるイリス教のものであるとアルフレッドは推測する。

 女神イリスを主として仰ぐイリス教の歴史は古く、起源は約300年程前まで遡ることになる。節制と救済を美としている集団だが、この献金を見てそれは何も知らない信者だけなのだとアルフレッドはより深く推察した。


(節制……救済……フフ、よく言えたものですね。聖別されたはずのこの紙に染み付いたのは、神への祈りではなく、教会、伯爵て……そして公爵様の金貨の脂汚れですね)


 神への信仰心など毛ほどもないアルフレッドは脂汚れと一蹴し、感情の消えた瞳で更に読み進めていく。

 隣の伯爵――ジュリアン・モルテール伯爵領への送金。


(……モンテール伯爵はお気づきではないかもしれませんが――いや、あるいは共犯者ですか……)


 公爵家より湿地帯を挟んだその奥に連なるモンテール伯爵領だが、王国としてはセプタム公爵家に次いで歴史が古い名門貴族でもある。

 セプタム家とモンテール家、血の繋がりは無いとはいえそれなりに交流していると認識していたアルフレッドだったが見えていない。見せてはならない交流もあるのだとアルフレッドは認識を改める。

 そして、その奥の広がる隣国。ゼノスレギウム王国。イリス教の総本山を抱えているこの国は政治にすらイリス教が関わっている宗教の国。歴代の王も教会が指名する権利を持っているの国でもある。

  節制を説く司教たちが、その肥え太った指で伯爵、公爵と杯を交わす姿が、アルフレッドの脳裏にありありと浮かんだ。

 

(――これは……なるほど。そうですか旦那様……いえ、セプタム公爵)


 教会、モンテール伯爵、そしてゼノスレギウム王国。

 たった1枚の羊皮紙から最悪のシナリオを想像したアルフレッド。そしてそのシナリオは間違ってはいない。

 羊皮紙を引き裂きたい気持ちをこらえ、筒の中に戻し、土に埋め直す。掘り返した事を気付かれないよう地面をならし、乾いた砂を振りかけ、手を払った。


(金が、権力が、セプタム公爵を狂わせたのか……それともセプタム公爵そのものがそうであったのか……セプタム領、モンテール領は手土産というわけですか)


 踵を返し、庭園を歩き始めたアルフレッドはその瞳に孕んだ怒気を隠さない。なぜなら誰も見ていないから。なぜならヴィクトリアがそこにはいないから。


(金の力で亡命。否、裏切りですね。ゼノスレギウム王国は教会の権威が強い国。莫大な献金……公爵、貴方は金の力で王になりたいのですか)


 コツコツと規則正しく石畳を歩く音だけが響く庭園。


(お嬢様をどう逃がしましょうか……公爵の遣いと偽り王へ謁見し助けを乞いますか、だめですね。下手すると王国と公爵家の戦争になりかねません……ああ、ニーナも逃がしてあげないといけないですね)


 そう独りごち、角を曲がった瞬間。

 月光を背負い、一人の男が立ち塞がっていた。


「――アルフレッド。夜風を浴びるには、少々冷え込みが過ぎるのではないか?」


 その声に、アルフレッドの脳内から一瞬で怒気が霧散した。代わりに立ち上がったのは、数十年の歳月で磨き上げた、完璧な執事の仮面。


「……これは、旦那様。……左様でございます。ですが、お嬢様が愛されるこの庭園は、凍てつく冬の夜にこそ、不細工な雑草を枯らす厳格な美しさを見せるのでございますよ」


「ふん。何でもいいが……ああ、アルフレッド。詳しい日程は追々伝えるが、ヴィクトリアをエリックにくれてやる。それを周知する為の社交界を開くのだが、お前が仕切れ」


 育てたお前も嬉しいだろうと。付け加えた公爵の首を絞めたくなる衝動を拳を握る事でこらえたアルフレッドは小さく頷いた。

 ここで反論したとしても公爵の結論が覆ることはないと知っていたからだ。


「畏まりました」


(……エリック。エリック・ウォーカー。あの不細工な脂ぎった商家の息子に、お嬢様を……?)


 アルフレッドは、去りゆく公爵の背中に一礼を捧げながら、脳内でその男の素性を引きずり出した。

 ウォーカー商会。様々な商品を扱う王国でも指折りの大店であることは間違いない。数年前から公爵が懇意にしていることもアルフレッドは把握していた。

 くれてやると言っても、実際は買取であろうことは容易に想像がつく。


(お嬢様をエリック・ウォーカーに売り付け、その金を教会、果てはゼノスレギウム王国へと……決して許されることではありません)


 アルフレッドの内心は怒りで燃え滾り今すぐにでも公爵を後ろから刺したいと思ってはいるが、事態は解決したとしてもそれが良い方向に転ばないと理解しているアルフレッドは自分の手を見つめた。

 その白手袋はほんの少し赤く染まっていた。


(……お掃除が必要ですね。廃嫡させようと嫌がらせに加担させた脂ぎったゴミも、欲にまみれた神も、そして……権力と野心に溺れた父親も……)


 老執事は、返り血のようなその赤を、暗闇の中に静かに隠した。


 ヴィクトリアに忠誠を捧げた老執事はこれより、誰にも見えない。見られない静かな戦いが幕を上げることになる。

 

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