とあるティータイム
市場調査から10日。ヴィクトリアの日常は変わらない。好きなところで紅茶を嗜み、庭園を散歩し、アルフレッドに無理難題を押し付ける。
ヴィクトリアの日常は変わらないが、大きく日常が変わった人物が一人。
(終わった……今度こそ終わった。もう何回終わったか分からないけど!!)
巻き込まれ体質のニーナである。
我儘なお嬢様に気に入られ、事あるごとに呼出されては相手をさせられている。
ティータイムの相手から着替えの手伝い等々メイドの仕事から逸脱したことまで様々な事をニーナは対応しなければならくなっていた。
メイド仲間からはどう取り入ったのかと嫉妬が混じった失礼な質問攻めにあい、それを知らない分からない。むしろ自分が分からないと。
そして先日、ついに一緒に入浴するという大偉業を成し遂げた彼女。
恋愛の対象は男性であるニーナでも、これはこれでアリかも……むしろイイ!と思ってしまったヴィクトリアの美貌と濡れ髪、四肢、頭を洗ってもらった話は墓場まで持っていくつもりである。
(ああ、お風呂気持ちよかったなぁ……じゃなくて!!)
お昼下がり、屋敷の庭のテーブルでお茶の準備をしていたニーナだったが落としてしまった。お嬢様の、大切な、ティーカップを。
「申し訳ございません!!弁償いたしますので、どうかご容赦を!」
目尻に涙を溜め、必死に頭を下げるニーナにヴィクトリアは、はて?と。
「仕方がないですわ。ほら、早いこと片付けてティータイムにするわよ」
「……畏まりました」
ニーナはこの10日で理解したことがある。
ヴィクトリアは我儘である。だが、決して沸点が低いわけではない。ダメだと言われたらそれを受け入れられる度量も持ち合わせている。
見た目こそ苛烈そうな見た目をしているが、意外と優しい人でもある。
総括すると天然の魔性。
(ほんと、この方は……今は私が振り回されているけどこれが別の人だったら……ああ、なるほど。そっか。だからアルフレッド様がお嬢様のお世話をしているんだ)
せっせと割れたティーカップを拾い重ね上げながらニーナは1人納得する。
「ニーナ、破片はテーブルに置いておいていいから一応奥の方へ破片が飛んでないか確認なさい。誰かの血でわたくしの庭を汚す事は許さないわ」
それもそうだと納得したニーナは一礼をし、庭の奥、その茂みへと足を運ぶ。
そしてその途中、見つけてしまった。
木の根の側に何か掘られ、埋め直されたような土跡。
「……一体何が?」
屈み、その根本へと手を伸ばす。
土は抵抗なくニーナの手を受け入れその中へと誘う。
ニーナの手首ほどまで進んだ土はそこで筒状の固い材質へと姿を変えた。
(……筒?誰が?)
見る人が見るとやめておけばいいのに――と言うシチュエーション。当のニーナは特に深く考える事なくそれを引き抜いた。
黒い鉄で出来た蓋がしてある筒。
絶対良くないものだと確信はしていたが、その手は止まらなかった。
中から出てきたのは羊皮紙が数枚。そこには何やら数字と他家の名前、別の国、教会の名前。そんな羅列。
(……教会の蝋封に、隣国の公印? ……見ちゃいけない。これ、一介のメイドが目にしたら。逃げないと……巻き込まれる前に逃げなきゃ)
仮にも公爵家のメイドである。この羊皮紙がどのような意味を持つのかそれを見たことが明るみになるとどうなるのか理解はしている。
一旦、それを土の中に戻し、上から土を被せる。
「お嬢様!お待たせいたしました!大丈夫そうです!」
戻ってきたニーナの手を見て、ヴィクトリア様が目を細める。
「ニーナ。……貴女、破片を探すのに、爪の間に土が入るほど不細工に地面を這いつくばったのかしら? ……それとも、何か面白いものでも見つけましたの?」
「いえ。あっと思ったら平たい石だっただけです」
(初めて嘘をつきましたわね。まぁ、いいですわ。ニーナが必要と理解したのでしょう追及することはしませんわ)
ヴィクトリアはヴィクトリアでニーナの人となりはそれなりに理解していた。
メイドとしての技量は及第点。アルフレッドと比べると天と地ほどの差がある。その点に関してはヴィクトリアは全くと言っていいほど重要視をしていない。
自分の発言を逆手に取って自分の我を通そうとしてくる強かさ。それがヴィクトリアにとって新鮮であった。
ヴィクトリアに我儘を言える人物こそメイド、ニーナだとヴィクトリア自身は認識している。
そして、何より必要ない嘘はつかない。
この嘘をネタに市場までダッシュで串焼きを買いに行かせるくらいはするが。
「そう……ニーナ、手を洗ってらっしゃいな。そんな汚れた手でわたくしと紅茶を楽しむつもりかしら?」
ヴィクトリアの許しを得て、ニーナは脱兎のごとく屋敷へと駆け戻った。
目的は手洗いではない。この爆弾を、本物のプロに預けるためだ。
「……アルフレッド様! アルフレッド様、いらっしゃいますか!?」
使用人通路の影から、音もなくグレーの燕尾服が現れる。
「……ニーナ。声を張り上げて。お嬢様の優雅な午後のティータイムを汚すつもりでしょうか?」
「そ、それどころじゃないんです! ……聞いてください」
と、声のトーンを落とし、ニーナが爪の間の泥も構わず、記憶をした内容を支離滅裂に話した瞬間。
アルフレッドの瞳から、一切の温度が消え失せた。
「ニーナ、確認ですが、これをお嬢様には?」
「言ってません。言えるわけないです!」
語気が強くなるニーナ。彼女は理解している。
あの直情的なお嬢様にこの事実を伝えると間違いなく公爵の執務室へと乗り込む事になる。それを自分は止めることは出来ない。間違いなく口封じされるだろう。
「よろしい。であれば、ニーナ、辞令を出します。貴女は今後お嬢様の専属となりなさい」
「……っ!?」
声にならない声がニーナの喉から漏れた。
(専属……? つまり、24時間お嬢様の横にいて、この秘密を抱えたまま、アルフレッド様の監視下で、いつ爆発するか分からない爆弾を抱えていろってこと!? ……出世どころか、これ、公開処刑の待機列じゃない!!)
「分かっていると思いますが、辞職などと考えないことです。よろしいですね?」
(……さようなら。私の平穏な人生……)
「ええ。ええ、ええ。分かってますよ。アルフレッド様、もう一つ報告なのですが、お嬢様は私の嘘を気づいています」
「嘘ですか……?」
アルフレッドの瞳が、さらに鋭く細められる。その射抜くような視線を受けながらも、ニーナは震える膝を踏ん張った。
「何かあったのかと聞かれたのですが、何もなかったと。泥だらけの手とあの態度ですので……申し訳ございません」
「いえ。それは仕方のないことです。むしろよくやりました。褒めるべきことですよ、ニーナ」
アルフレッドは懐から真っ白なハンカチを取り出し、ニーナの手についた泥を拭っていく。
「この件に関しては私が預かります。貴女は何も見ていない。何か聞かれたらお嬢様に気に入られて専属になったとだけ伝えなさい。さて、お嬢様がお待ちです。ニーナ、くれぐれもお嬢様のこと、よろしくお願いします」
あっという間に綺麗になったニーナの手をアルフレッドは離し、踵を返す。
その目は鋭く、まるで獣のようだとニーナは感じたのだった。




