忠犬と狂犬
ヴィクトリアの公爵就任式のそれから暫くして。
ガランドは施設に作った小さな事務所で窓の外を眺めていた。
夜とは言え、喧騒が尽きることはない。
公爵の最初の事業としてこの黄金都市を大々的に吹聴するよう手の内の者へ指示を出した。程なく噂は駆け巡るだろう。
そこまではよかった。
「ガランドさん!ガランドさん!」
と、粟色の髪のメイド。
柔軟な発想で貴族から金を巻き上げる仕組みを作った立役者でもある。
「おう。ニーナちゃん。今日はどんな無理を言いにきたんだ?」
そう。ニーナである。
就任からその後、数々の無茶振りをニーナから受けているガランド。
ある日は王都で流行りのパンが食べたいからダッシュで買ってきてだったり、またある日は虫が出たから都市中の虫を殲滅してほしい。などなど。
言葉の頭にお嬢様が!と、出てくるたびにガランドの心労は増えていく。
「お嬢様が!これから忙しくなるから一旦里帰りして来るようにって!それで、護衛にガランドさんを」
(くっそ!ヴィクトリア様のやろう……絶対面白がってやがる)
奥歯を噛み締めたガランド。
そして回想が終わる。
場面は変わってセプタム領。
黄金都市の喧騒が嘘のような、鶏の鳴き声が響くのどかな村。
そこに、明らかに周囲から浮きまくった、黒衣の男――ガランドが、ニーナの荷物を両手に抱えて立っていた。
「なぁ、ニーナちゃん。俺は一応、王国内で手配書が回っていてもおかしくねぇ身だ。それがなんだこんな場所で目立ってどうする?」
「そういえばそうでした。だってガランドさん、全然悪い人に見えないから。あの時、商人さんに手を上げたのもお嬢様の為ですよね?」
ガランドに荷物を持たせ、慣れた道を進むニーナ。
そのすぐ後ろを追従するガランドだが、こんな田舎に護衛が必要なのかとごちる。
ニーナの言ったことは間違いではないが、それを口にするのは気恥ずかしいガランドは何も答えない。
鳥の鳴き声が聞こえる田舎道をのんびりと歩き、人影にニーナは手を振り、とある木造の家の前で足をとめた。
「到着です。ガランドさん、うちへようこそ」
ただいまー!と、元気よく家の扉をくぐったニーナの後をガランドはついていく。
ガランドはガランドでニーナがどんな環境で育ったのか興味があった。どう育てば闇の王に遠慮なく無茶振りが出来るのか。それは普通のメイドには決して出来ない事であることをガランドは理解している。
「おかえりなさい。ニーナ……と、えっと……」
出迎えてくれたのは穏和そうな粟色の髪をした女性。
ニーナに会えて嬉しい半分と後ろの異様な雰囲気の男に困惑が半分。
「……あーガランドだ。そこの……ニーナちゃんの仕事仲間で、その、今回はお嬢様か、道中の運び屋兼……用心棒を仰せつかった」
(運び屋だと? 闇の王が聞いて呆れるぜ……だが、この母親、ニーナちゃんにそっくりじゃねぇか。毒気が抜かれるってのは、こういうのを言うのかよ……)
ニーナが歳を重ねるとこうなるであろ容姿とはガランドの印象。
母親の反応を見て、ニーナはしまった!と。
ヴィクトリアに付き添い激動の日々を送っていたニーナ。アルフレッドが連れてきたガランドのその雰囲気に違和感を感じる余裕もなかった。
確かに今考えればその鋭すぎる目もグレー混じりの髪も一見キチンとした服装に見えるその格好ですら初見の人間にとっては違和感に見える。かもしれない?と。
「お母さん、そう。私の仕事仲間だよ。んーと、前の公爵を叩き潰した仲間?」
「おい待てニーナちゃん。言い方を考えろ」
公爵の椅子を簒奪したことをニーナは知っている。
ガランドが説明したからだ。俺とアルフレッドの旦那で叩き潰したと。
生きてきて初めてガランドは過去に言った自分の発言を後悔した。
「え?た、叩き潰した?公爵様って隠居なさったって……」
「ああ……お母さん、ちょっと詳しく俺から説明させてくれねぇか」
「そうね。一旦、話を聞かせてください。場合によっては親の私も責任とらないといけないから……」
(ああ!どうしてこうなりやがる!ヴィクトリア様もアルフレッドの旦那も面白がって俺に押し付けたな!)
セプタム公爵家では闇の王と言えど良き同僚だった。
母親に通され、木製の椅子に座るガランド。その横にニーナ。テーブルを挟んでニーナの母親。
粟色のその髪が今にも白くなりそうなほど深刻そうな顔をしている。
「まずは……ニーナちゃんの正当な報酬とお嬢様からのお土産だ」
正当な報酬と言って大きな麻袋をテーブルへと乗せたガランド。
袋の口が傾き、チャリンと中から出てきたのは――金貨、金貨、金貨。
黄金都市でのニーナの報酬としてガランドが用意したものだった。黄金都市の感覚でニーナに渡したのだが、仕送りに使うと。それなら一緒に持っていけばいいかと持ってきたのだが――裏目に出たと。
(公爵を叩き潰した報酬だと受け取られてもおかしくねぇ……)
「えっと……正当な報酬ですか?ニーナ、一体何を……?」
「うーんと、不平等を見せつけて、貴族からお金を巻き上げた……?」
「お願いだから黙ってくれ!間違ってないけど、端折るんじゃねぇ!」
闇の王、魂の叫びであった。
のほほんと事態を軽く見ているニーナと冷や汗が流れるガランド、土気色の顔をしたニーナの母親。
混沌とした場にガランドは懐から1枚の金箔であしらわれたチケットをテーブルに叩き付けた。
「噂は流れてるだろ……いや、こんな田舎にながれてるのか?黄金都市。ニーナちゃんに手伝ってもらったのはその建設と案を出してもらっただけ。重税を何とかしようと現公爵がした最初の事業の立ち上げ。その報酬だ」
満点の答えだとガランドは自負する。
前の公爵が酷いことをして現公爵がそれを改善する為に事業を立ち上げ、それをニーナは手伝った。
そこに違法性など微塵もない。
「えっと、それだけ聞くとニーナ、悪い事はしていないのね?それと、これは?」
「うん。悪い事はしてないかな?これに関しては私も分からない。ガランドさん?」
「あー。これはお嬢様からの土産の一つ。ニーナが作った宿の特別な会員証だ。一番良い部屋の最優先で利用できる永久タダ券とでも言ったらいいか――世界で1枚だけしかねぇからこれはアンタ達家族しか使えねぇ」
黄金都市での常識からニーナの作った宿と伝えたが、特別な貴族しか利用できない会員制の宿である事をガランドは伝えていない。
王国の城でさえ霞むその宿。そこの一番良い部屋となれば国賓級の来客用でしか用意していない。
そして最優先。どれだけの権力者が来ていてもたとえ国王が来ていたとなっても叩き出し、部屋をあてがう。そんなチケットであった。
ニーナ身内は国賓を越えた扱いをするというヴィクトリアのちょっと重すぎる気持ちであった。
(この1枚でとんでもねぇ価値だ……)
「なら、ニーナに会いに行ったらこれを使って宿を取ったらいいのね?それは嬉しいわ」
「そうだね。お風呂も気持ちいいし、ご飯も美味しいからお母さんも気に入ると思うよ!」
「ま、とにかく。ニーナちゃんは立派にやってる。これからはお嬢様――ヴィクトリア様の右腕として、さらに忙しくなるだろうよ」
ガランドはそう言って、お母様が淹れてくれた温い茶を一気に煽った。
母親は「それは良かったですわ。ガランドさん、これからも娘をよろしくお願いしますね」と、穏やかな笑みを浮かべる。
(……忙しくなる、なんてものじゃねぇ。あのお嬢様の事だ、とんでもない事を言い出すだろうよ)
ガランドは窓の外、のどかな村を見上げた。
この平穏な風景も、いずれお嬢様の敷く黄金の道によって一変するのだろう。
不思議と悪い気分ではなかった。
「……さて。そろそろ暇させてもらうぜ。団欒を楽しんだいい。明日には、あの騒がしいに帰らなきゃならねぇからな」
翌朝。彼が村の子供に「黒いおじさん、またね!」と追いかけ回されることになるのは、また別の話である。
また、近い未来タダ券を使い、あまりにも偉そうな人を叩き出し、最上級のおもてなしを受けたニーナの両親が卒倒するのは別の幕間だった。




