セプタム公爵ヴィクトリア
視察と言う名の買い食いを済ませたヴィクトリアは報告を聞きに会員制の宿屋へと戻る。
応接室へと戻るとアルフレッドが跪き、ヴィクトリアを出迎える。
「え?は?アルフレッド?」
「お帰りませ。お嬢様……いえ、セプタム公爵閣下」
椅子に座るガランドは現状に混乱しているヴィクトリアを見て笑う。
悪戯が成功して喜ぶ子供の様な笑いだった。
「アルフレッド?何を仰ってますの?お父様との相談は?はえ?その言い方、まるでわたくしが公爵みたいな……」
目を白黒とさせるヴィクトリア。
ヴィクトリアが頼んだのはお父様との話し合い。それがどの様な内容なのかは知らないが、自分がセプタム公爵になるなど予想してなどいない。
社交界のその日、アルフレッドに言った『掃除をすらように』その台詞が今、盛大な勘違いな大掃除が先程終わった事にヴィクトリアは気付くことはない。
「ええ、滞りなく。前公爵様この都市を作り上げたお嬢様ならば全てを任せられる。隠居して静かに暮らしたいと、全ての権限をに譲渡されました」
「え?ちょっと!ちょっと待ちなさい。わたくしは話し合いをするよう頼んだのであって、お父様を隠居させる説得をするなんて頼んでないですわ」
もっともである。
アルフレッドが差し出した羊皮紙には、確かに父の筆跡で、震えるような署名がなされていた。アルフレッド曰く、感動のあまり手が震えていたと。
「お嬢様、本日の夜式典がございます。今ニーナを走らせて人を集め、市民に集まるよう呼びかけておりますが手が足りないようです。私も手伝って参ります――ガランド殿、お嬢様の話し相手をお願いします」
立ち上がり、深い一礼をして最高の笑顔で応接室を後にしたアルフレッドだった。
今だに混乱しているヴィクトリアと楽しそうに笑うガランド。
「お嬢様……いいや、公爵閣下。アルフレッドの旦那の依頼はしまいだ。もう商人のふりはしなくていいよなぁ」
ガランドは椅子の背もたれから身を剥がし、野性味溢れる動作でヴィクトリアの前に立った。
視線が交差する。混乱に揺れるヴィクトリアの瞳と、全てを見透かしたような、それでいてどこか清々しいガランドの瞳。
「ガランド様……貴方までアルフレッドのようなことを……わたくし、本当にあの方を説得して、話し合いをしてほしかっただけなのですわ。お父様を追い出して、その椅子を奪うなんて、そんな……」
「……あー、分かってるよ。あんたはそういうお嬢さまだ」
ガランドは頭を掻き、窓の外――走り回るアルフレッドや民衆の喧騒を顎でしゃくった。
「俺も平民だからよ、税も払うし、明日の飯も考えないとならねぇ。食わせてやらねぇといけない仲間もいるしな」
と、区切り一息つく。
「アンタの親の事をとやかく言うつもりはねぇ。けど、重税を課して生活を苦しめる領主より、こんな馬鹿げた都市を作り上げる領主……その方が楽しいに決まってる」
穏やかに話す闇の王。ガランドもまた月明かりに惹かれた一人だった。
最初は金の為。しかし、都市を作っていくうちに貴族らしくないヴィクトリアの人となりを理解し、それをよく思ってもいた。
「ガランド様……貴方もここをこの都市を楽しいと思ってくださるの?」
「ん?ああ、今までで一番楽しい仕事だったよ」
嘘ではない。ガランドにとって金を人を回し作り上げた黄金都市。ニーナに振り回され、ヴィクトリアに振り回され、アルフレッドと悪巧みをする。そのすべてが、殺伐とした彼の人生に差した、奇妙に明るい光だった。
「……左様でございますか。ふふ、貴方にそう言っていただけるなんて、光栄ですわ。そうですわね、楽しい方がいいですわ。ええ、これからもっとここは……セプタム領は楽しくなりますわ」
「……へっ。言ってろ」
ガランド様と、ヴィクトリアがガランドを見つめる。
ガランドとヴィクトリアの視線が交差し、ほんの少しの静寂。
「ガランド様、セプタム公爵が命じます。貴方、わたくしの為に働きなさい」
「……は?公爵様よ、俺が王都で何て呼ばれてるか知ってるか?闇の王だぜ?俺を雇う?やめておけ。新しい公爵の裏に闇の王なんて悪い噂しかたたねぇよ」
とうとう自分が何者か何者なのか白状したガランド。
王国の影を支配する闇の王。清廉潔白であるべき公爵が、最も近づいてはならない存在。
だが、ヴィクトリアは怯えるどころか楽しそうに笑い、一歩ガランドの方へと近づいた。
「噂?したければすればいいわ。わたくし、没落した令嬢って噂が流れているのよ?わたくしが光になりますわ。光が強くなれば影も濃くなるものその影を支えるのはガランド様……いいえガランド、貴方しかいませんわ」
眩いばかりの自信。一切の偏見も、恐怖もない、真っ直ぐな瞳。
ガランドは毒気を抜かれたように目を見開き、やがて呆れたように天を仰いだ。
「……ハッ。これだ。これだからあんたの側にいると調子が狂う……いいぜ。あんたがそこまで言うなら、俺の闇、まるごとあんたの黄金に捧げてやるよ」
ガランドはこれまでの商人の礼ではなく、騎士が主君に捧げるような、どこか野性味のある、それでいて重みのある一礼をしてみせた。
(ああ……アルフレッドの旦那やりやがったな。最初からこうなる事を見据えて俺をこの場に残らせた……いいや、違う、初めて会った時からかもしれねぇ)
「さあ、始めましょう。ガランド、わたくし達の時代を始めますわよ!」
ガランドが窓を扉を勢いよく押し開く。
部屋に流れ込むのは、松明の熱気と、自分を待ちわびる民衆の咆哮。
窓から身を乗り出すヴィクトリア。その背後には、影のように寄り添うガランドと、最前列で深々と頭を下げるアルフレッドとニーナ。
「皆様、お聞きなさい! 本日より、わたくしがセプタム公爵ヴィクトリアですわ!」
爆発するような歓声――こうして、光と闇を従えた、史上最も型破りで馬鹿馬鹿しい公爵の伝説が幕を開けた。




