セプタム公爵領
黄金都市と裏社会。結果としてこの二つを結果的に手中に収めたヴィクトリアの日常は一変した。わけではない。
ヴィクトリアは二つだけ指示を出した。
領民に1年間、あるゆる物に対しての免税と技術者の募集。
領民から前公爵が巻き上げたものを返す事と黄金都市の全てにおいて人手が足りない状態になりつつある事から踏み切った募集だった。
折角募集するなら自分の自信がある技術で勝負したらいいと建築から料理、果ては読み聞かせまで募集要項は何でも可として広く求人の依頼をかけた。
「お嬢様……公爵様?ただいま戻りました」
朝方、家出をした際に借りていた宿屋の一室。
のんびりと街の外を眺めていたヴィクトリアの元にニーナが戻ってくる。
後ろにガランドもいたが、ヴィクトリアも初めて見るガランドの疲労した顔を見てガランドに暫く休みを言い渡す。
「おかえりなさい。公爵様なんて言い方しないでほしいわ。ヴィクトリアと、呼び捨てでいいのよ?」
「うーん。それでいいかもしれないですね……なんて」
(二人ならいいと思うけど、公的な場でポロっと呼び捨てにしそうだし……無しかなぁ)
初めて会った頃のびくびくとした面影はない。
ヴィクトリア以上に成長したニーナは小さく笑って向かいのベッドに腰掛ける。
主人に断ることも無くベッドに腰掛けるニーナだがそれを無礼と咎めることをしないヴィクトリア。2人の間に些細な礼儀など存在しない。
「そんな事よりお嬢様、お住まいなんですけど公爵が宿を借りてのんびりってどうなんです?」
そんな事と片付けたニーナは一つ議題を持ち出した。
技術者が走り回り、少し歩いた距離には黄金都市の入口が見える窓の外を眺めたままヴィクトリアはうーんと、指先を口元に当てる。
実際、ヴィクトリアの住まいは借り上げた安宿のままだった。
都市の建設に動き回って毎日疲れて戻ってきたヴィクトリアのただ、寝るだけの部屋になっていた。
「わたくしとしてはそれでもいいと思うけど……そういうわけにはいかないわね」
「じゃあ屋敷に戻ります?」
「冗談が上手くなったわね。ニーナ、あの屋敷とここ、どっちがいいかしら?」
屋敷に戻るかと聞いたニーナを一蹴するヴィクトリアにとってこの都市は快適そのものであった。
温かい風呂に出来立てのご飯。もとい買い食い。仕事をして好きな物を食べて寝る。最高の生活だとヴィクトリアは考えていた。
今更、屋敷になど戻るつもりなど皆無であった。
窓から視線を外し、ベッド腰掛けたヴィクトリアはニーナにこちらへと。
言われるがままニーナはヴィクトリアの横に腰掛け直し、頭をヴィクトリアに預ける。
「そういえば、こうして撫でるのも久しぶりね。貴女も忙しかったものね」
優しく撫でるヴィクトリアと気持ち良さそうに目を閉じるニーナ。
ヴィクトリアも激務であるが、ニーナはそれ以上に激務の日々を送っていた。
いつの間にか現場監督に祭り上げられ、打ち合わせから現場での指示。ヴィクトリアの身の回りの世話をそれなり。ガランドとどうすれば貴族からよりお金を巻き上げられるかの悪巧み。各方面への支持出しなどなど。
ガランドがニーナに渡したありったけ詰まった金貨の袋は文字通り正当な報酬であった。
「本当は……本当は良くないんですけど、やっぱりここが落ち着きますね。あの屋敷広いだけで寒かったですもん」
「ええ。本当に……決めましたわ。あれ、ぶっ壊しちゃいましょうか」
ぶっ壊しちゃいましょうか。と。
都市で過ごしたお嬢様。ほんの少し物騒な言葉を使えるようになっていた。
ニーナの愚痴で取り壊しが決定した屋敷。話は進んでいく。
「壊すのはいいけど、壊して何に変えようかしら?商店を並べるとか?」
「いいですね!せっかくなら森を切り開いて初めてお嬢様と行った市場とも繋げませんか?」
ガランドが知らないところでガランドの苦労が決定した。
本人は商人でないと言い切るのだが、闇の王の力は大体が商売に使われているのであった。
「いいですわね!でしたら……甘味とかどうかしら?この街に甘味は少ないし……でもそうなると日持ちするものが中心?……せっかくなら王都で流行っているケーキとか食べたいわ」
「うーん……ここまで時間がかかるのってやっぱり馬車が森を大きく迂回するのと、道がガタガタなのが原因なんですよね。例えばですよ?この街の道ってガランドさんの指示でしっかり舗装してるじゃないですか?森を一直線に切り開いて舗装すれば、片道ならその日中に行ける距離だと思いますよ」
ころんとヴィクトリアの膝に頭を預けながらニーナはヴィクトリアの我儘に火をつける。
黄金都市はまだ未完。その上、並行して森を開拓し、道を舗装して屋敷跡に商店を誘致する。そんな事業計画が安宿の一室で芽が出てきた。
当のニーナは粟色の髪を行き来する指に心地よさそうに目を細めている。
「でしたらケーキも食べれるわね……あ!」
そう。気付かなければいいのに。
余計な事を気付いてしまったヴィクトリア。
「せっかくなら領内全ての道を舗装したらいいわね。わたくしの最初の事業としてはいいかもしれないわ」
「さすがですお嬢様!」
暴走し始める2人を止める人間はここにはいない。
簡単に言っているがどれだけの人、金、物が動くのか計り知れない。
「ああ、それとわたくし達の屋敷も考えないといけないわね。あの屋敷の様に無駄に大きくなくていいわ。わたくしとニーナ、アルフレッドとガランドが住めるくらいの小さな屋敷にしましょう」
ヴィクトリアは住処に権威を求めない。
偉ぶる必要などないと思っている。不自由なく住めたらそれでいいとしか考えていない。
領民から大反発をくらう未来をニーナは予言する。
(お嬢様はそれでよくても多分反対されるだろうなぁ。お嬢様、この街の人に好かれているし。そんな人が小さな屋敷だなんでお嬢様がよくても街の人が許さないんだろうなぁ……)
「それなら普通のお家でよくなりません?」
「あら、普通のお家でいいじゃない。何か問題でも?」
「いいえ。お嬢様が良ければ私はそれでいいですよ」
ニーナはお嬢様を肯定する。
ヴィクトリアがしたい事をすればいいと。自分はそれについていくだけであると――
黄金都市の建設を経て成長したニーナ。なるべく穏便に済むよう根回しをどうするかも考える。
「でしたらお嬢様。やる事は前公爵の屋敷の取り壊し、森の開拓と道の舗装、商店の誘致ですね?この街の建設と並行して進めます」
安宿の窓から差し込む朝日は、かつての古い歴史を焼き捨て、新しい黄金の時代を照らし始めていた。
膝の上で満足そうに微笑むニーナと、その髪を慈しむヴィクトリア。
小さな願いを乗せて、セプタム公爵領は石畳と甘味に満ちた、未知の領域へと進み始める。
余談であるが、同時刻。ガランドは背筋に謎の寒気を感じていた。
それが何なのか知るのは日が頂点に登る頃だった。




