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公爵とお嬢様

 黄金都市の名前が王国に浸透しきったのは開幕からたった一月の時間しかかからなかった。

 ガランドの情報網を使い常にあらゆる情報を王国中にばら撒き続けた結果だろう。

 そして、勿論、公爵の耳にも入ることになる。

 王国で一番金が集まる辺境の地へと変貌した黄金都市。なのになぜか税が集まってこない違和感。

 ダレンが徴税官を言いくるめた結果なのだが、公爵にとってそれはどうでもいいことであった。


 何故か伯爵家と仲違いをし、王国は教会の幹部を城へと招集。公爵の計画が止まってしまっている現状に歯噛みをしているところに自領で金の匂い。

 運が味方したのだと公爵は確信する。

 旅路を整え、数日馬車に揺られ辿り着いたそこは石で出来た巨大な柵に囲われた巨大な施設であった。

 市場が並び、人が溢れかえり、金を落としていく。

 その奥には宿屋が併設され、身なりのいい貴族が城では見たことのないだらしのない顔をしている。


(一体誰が……いや、どうでもいい。ツキが巡ってきた)


 数人の共を連れ、公爵は黄金都市へと足を踏み入れた。

 街に一歩足を踏み入れた公爵が最初に感じたのは、不快な泥の臭いではなく、鼻をくすぐる焼きたてのパンと、微かに香料の匂いだった。


「……なんだ、この清潔さは?路地裏に乞食の一人もおらんとは」


 舗装された石畳は、まるで今朝磨き上げられたかのように鈍い光を放っている。公爵の知る地方の活気とは、もっと泥臭く、無秩序なものだったはずだ。だが、ここは違う。行き交う者たちの足取りには迷いがなく、その表情には飢えの影すら見当たらない。

 王都ですら路地裏に入れば乞食は存在する。どこにでもいるもの。そんな公爵の常識が破壊される。

 同時にこれは使えるとほくそ笑む。


「おい、そこの。この街の主はどこだ。儂が直々に会ってやろうと言っているのだ」


 公爵は傍らを通り過ぎようとした商人に、尊大に声をかけた。だが、商人は足を止め、怪訝そうな顔で公爵を一瞥しただけだった。


 「……ここの主ですか? ああ、今はお忙しいですし、どこにいるかもわからないですね。第一、予約もなしに会えるようなお方じゃありません。お客人、ここは初めてですか?それなら、案内所が近くにありますよ」

 

「な……っ! この儂に向かって何を……!」


 権威があしらわれる街。その事実に、公爵の額にピキリと青筋が浮かぶ。

 商人はそれなりに偉い人なんだろうと当たりをつけ、小さく頭を下げてからその場から立ち去った。


 公爵は頭を振り、都市で一番大きな施設の隣、豪華な装飾が施された宿屋に当たりをつける。


(なるほど。儂を迎え入れる準備はしてきていると。重畳)


 そんな事はない。

 ただ、ニーナの発想とガランドの手腕によって出来たそこは貴族に金を落としてもらう為だけの会員制の宿屋である。


(しかしこの市場……下賎な食い物しか置いてない。ここは改善すべきか。儂が管理する様になったら解体してシェフを呼べばいい)


 庶民の飲食を下賎と一蹴した公爵は市場の通りを抜け、人混みをかき分けて宿屋へと向かっていく。

 道は譲られるものだと信じて疑わない公爵は何度か人にぶつかりながらも宿屋の前へと辿り着く。

 豪華な装飾が施された扉に手をかけ、開いたその先は公爵にとって――否、初見の人間にとって情報の暴力であった。


「なっ……あ?」


 毛の長い深い藍色の絨毯が受付まで伸び、そこから左右の階段に向かって分かれている。

 その通路の左右、待合のような場所であっても質の良い調度品、沈み込むようなソファ、壁であっても金箔を嫌味のない程度にあしらって輝いている。

 ガランドが予算を度外視し品を集め、作り上げたそこは城ですら霞むほど。

 足音がならない絨毯を進み、受付の元へと。

 そのカウンターですらしっかりと作られ、その奥にはアルフレッドが教育を施した受付の小綺麗な女性。


「いらっしゃいませ。当館は完全会員制となっております。招待状、あるいは会員証のご提示をお願いいたします」


「……は? 会員証? この儂を誰だと思っている、領主だぞ!」


「左様でございますか……ですが、あいにく当館の台帳には公爵様という名の会員様は見当たりません。身分よりも先に、当館の決まりをご持参くださいませ」


 公爵であったとしても決まりは決まりだと言い放つ受付に公爵の脳が沸騰する。

 自領で、その民に、入店を拒否されるなど公爵の人生で一度たりとも経験したことが無かった。


「身分より先に会員証だと?儂はこの地の領主だ。儂の一存でここをどうとでもできる……その儂をこの入口で止めると言うのか!」


 公爵がさらに激昂し、供の者に力尽くで通るよう命じようとしたその時――

 コツンコツンと喧騒を裂いて、階段を降りてきたのは――


「あら、お父様じゃないですの。他のお客様の迷惑ですの。こちらで話を聞きますわ」


 黒いドレスの上から旅人のようなマントを羽織ったヴィクトリアは、こちらへ。と一言。

 公爵は何故娘がここにいるのか、何故当たり前のように案内するのか情報を処理しきれないままヴィクトリアについていく。

 案内されたのはそれなりに豪華な応接室。

 正面に足を組み、腰掛けるのは実の娘。その奥に控えるアルフレッドと猛禽類を彷彿とさせる鋭い眼光をした男――ガランドである。


「さて、お父様。この場所を楽しんでいただけましたかしら?」


「我儘娘がよくぞここまで。褒めてやろう。エリックとの婚約破棄も不問にしてやる。戻ってきたらいい。後は儂に任せて屋敷に戻れ」


 その言葉にヴィクトリアは口元に指を当て、首をかしげる。

 何故、その様に言われているのか分かっていない様な素振りであった。


「屋敷に戻れ?儂に任せて?何故ですの?ここはわたくし達が作り上げた施設ですの。何よりわたくし勘当されてますわ?」


 ヴィクトリアとしては屋敷に戻るつもりなどさらさら無かった。

 今の仲間と毎日汗を流して泥をいじり、買い食いをする生活の方が屋敷でお茶を嗜むよりよっぽど楽しいとすら思っている。


「相変わらず、か。父親の言う事を聞けないとなると……分かっているのだろうな?」


「あら。わたくしの箱庭を取り上げると言うのですか?まぁ怖いこと――お断りしますわ」


 その青い瞳には並々なる決意。

 実の父親とは言え、この都市を守り通すと。


「正直なところ、わたくしの短い腕ではこの街を守りきれませんわ」


 けれど、と。鈴を転がしたような声が響く。


「その短い腕で掴んだ人達はどうやら優秀みたいでしてよ。アルフレッド、ガランド様、お父様の説得を任せてもいいかしら?わたくしよりよっぽど上手く折り合いをつけてくれるでしょう?」


 アルフレッドが深く頷き、ガランドは獰猛に笑う。

 公爵にとって事実上の退任勧告であるがヴィクトリアはそのつもりなどない。

 自分が伝えるよりアルフレッドとガランドに任せた方が話が丸く収まると。ただ、それだけのつもりだった。

 だがしかし、この二人、王国、伯爵家、公爵家、教会に情報を流し場をかき乱し、更には公爵の耳に入れた噂もガランドの手の者。

 黄金都市に誘い出したのもこの怪物二人であった。


「それではお父様、ご機嫌よう。また会える日を楽しみにしていますわ」


 そう言い残し、ヴィクトリアは応接室を後にした。

 残された公爵と僅かな共、アルフレッド、ガランド。一番最初に動いたのはガランドだった。

 ヴィクトリアが座っていた椅子に浅く座り、足を組み背中を背もたれに預ける。

 悪すぎる態度に公爵が異を唱えようとしたが、ガランドの台詞によって遮られた。


「てめぇがお嬢様に捨てられた父親か。こんなのが公爵とは王国ももう落ち目か?まぁいい。商談を始めようか。お父様?」


 ――地獄の蓋が音を立てて開いた。

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