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形を成す黄金都市

 ヴィクトリアとガランドが出会ってから季節が一つ変わった。冬から春へと変わる頃、ガランドが手配した人材によって街の有様が変わりつつあった。

 街の中に広がる石で作られた細いお湯の通り道ができ、宿屋の建設が進んでいる。

 作業用のマントを被りヴィクトリアは、春の陽光を反射する真新しい石畳を、泥のついたブーツでカツカツと鳴らしながら歩く。その腕には串焼きとコロッケが抱えられている。

 その背後には今や大陸で一番忙しい男であるガランドが控えていた。

 昼は現場に出て打ち合わせ、出てくる徴税官を金や暴力で黙らせ、夜はアルフレッドと共に公爵、伯爵、教会、果ては王国に対しての情報操作と激務に次ぐ激務に追われている。


「少しずつ、泥溜まりが形になってきましたわ」


「お嬢様、これでもまだ『骨組み』に過ぎません……おい、お前ら! その配管の継ぎ目、少しでもお湯が漏れたらその指で蓋してもらうからな! 丁寧かつ迅速にやれ!」


 ガランドの怒号が響く。それに応えるのは、街の若者たちと、ガランドが連れてきた手の者。

 彼らは今や、ヴィクトリアから賜った黄金の街の礎を築く誇り高き労働者という肩書きに酔いしれ、狂ったような速度で作業を進めていた。


「お嬢様、見てください! 最初に試験運用する癒しの湯、もうお湯が溜まっていますよ!」


 鼻の頭に少しだけ石灰をつけたニーナが、弾むような声で駆け寄ってくる。

 彼女の手には、工事の進捗を記した分厚い帳簿。かつての自信なげな従者の姿はどこにもない。今や彼女は、荒くれ者たちを笑顔一つで手懐ける現場の聖母にして、ガランドさえも唸らせる若き会計頭になりつつあった。


「まあ、ニーナ。貴女の働きこそ、この街で一番美しい景色ですわ」


「ニーナちゃん、お湯が溜まってるって本当か?」


「はい!こちらです」


 源泉から少し離れたところに作った簡易的な湯船。

 足首ほどまでしか溜まっていないお湯は黄金をかき混ぜたかのように鈍い色をしている。

 源泉から石、砂利、丁寧に編まれた布が連なり不要な泥とお湯の選別をしていた。


「……なるほど。ニーナちゃん、この工程が肝か。泥を捨てずにお湯だけを磨き上げる……。これなら王都の潔癖な連中も、文句の付けようがねぇな」


 ガランドは膝をつき、溜まり始めたお湯に指を浸した。

 鈍く輝く黄金の色。それは地中から湧き出したばかりの熱を帯び、春の冷え込みが残る空気の中で、優雅な湯気を立ち昇らせている


「ニーナ、ガランド様、せっかくですわ。堪能しないと勿体なくてよ」


 そう言ってヴィクトリアは片手で串焼きやコロッケの袋を抱えたまま器用に裸足になり、お湯に足を運んだ。


「まあ!これは……あぁ、気持ちいい」


 ヴィクトリアの言葉を受け、ニーナとガランドは自然と靴を脱ぎ、裸足になりお湯へと足を向かわせる。


「……っ、熱い……。いや、これは、効きますね……」


 ガランドは、激務で凝り固まっていた足先から緊張がふわりと解けていくのを感じた。

 隣ではニーナが「はわわ、とろけちゃいそうです……」と、幸せそうに頬を緩めている。


「見てご覧なさい、ガランド様。不純物を取り除いたこの輝き。これが、わたくしたちがこれから世界に売りつける宝ですわ……日ごろの疲れも、このお湯が流してくれますわね」


 ヴィクトリアは、抱えていた串焼きを一本、ガランドに突き出した。


「ガランド様も召し上がれ。労働の後のこれは、王都の冷え切ったフルコースより、よっぽど価値があるものでしてよ」


「……ハハッ、全くだ。お嬢様の仰る通りだ……こりゃあ、どんなに金を積んでも、ここでしか味わえねぇ贅沢だぜ」


 裏社会の王と、没落したはずの令嬢、そして現場の妖精。異質とも言える組み合わせの三人が横一列に並んで足湯に浸かり、串焼きを頬張る。


「……お嬢様、真面目な話ですが、間違いなくこの街は発展します。王都のケチな通りよりよっぽど。ただ、そうなると公爵が出てきます……勘当されてるんですよね?その時は公爵にこの街を渡すのか、それとも――」


 裏社会の王は猛禽類を彷彿とする鋭い視線をヴィクトリアへと向けた。

 ガランドの予想は正しい。今はまだ骨組みの段階だが、この事業が成功すれば確実に公爵は出てくるだろう。

 足を上下させ、お湯を巻き上げながらヴィクトリアは近い未来訪れるであろう事件を考える。


(お父様……)


「……わたくしに相応しい場所はお父様とは言え渡しませんわ。退場願いましょう」


(退場……なるほど。ここを足がかりに公爵の椅子を簒奪か。まあ、この領にとってはその方がきっといい結果になるだろうな)


 とんでもない勘違いである。

 ヴィクトリアとしてはちょっと説得して帰ってもらおうかな。くらいの発言である。

 ガランドは、串焼きの竹串を噛み締めながら、隣に座る令嬢の横顔を盗み見た。

 泥を落とし、黄金の湯に足を浸して微笑む彼女は、もはや王都で聞く美貌を鼻にかけ我儘放題した結果勘当された愚か者と言う噂。

 そして自分の目で見る自らの美学で世界を塗り替えようとする、若き独裁者の片鱗。どちらが正しいかなど言うまでもない。

 

「……承知いたしました、お嬢様。その退場の筋書き、俺が最高にな内容に書き換えておきます」


「あら、頼もしいですわ。ガランド様にお任せすれば、きっと素敵な舞台になりますわね」


 ヴィクトリアは、まさか自分の父が全財産を失い、社会的に抹殺されるシナリオが進行し始めるとは夢にも思わず、のんびりとコロッケを頬張った。

 一方、少し離れた場所で、お嬢様の足を拭くための最高級タオルを用意していたアルフレッドが、冷徹な愉悦を滲ませる。


(……フフ。ガランド殿、気が合いますね……お嬢様の仰る退場とは、即ちセプタム公爵家の名にこびりついた汚れを濯ぐこと……私もその時に向け準備をしていきましょう)


 有能すぎる執事は、既に主人の言葉を公爵家殲滅の実行命令として受理していた。


「あら、アルフレッド。そこにいたのね顔が怖いですわよ? 貴方もお湯が冷める前に、こちらへどうぞ」


「……恐悦至極に存じます」


 春の柔らかな陽光の下、黄金の湯気が三人の……否、四人の怪物たちを包み込んでいく。

 ヴィクトリアは、温かなコロッケの最後の一口を飲み込むと、満足そうに目を細めた。

 彼女の視線の先には、着々と組み上がる宿屋の骨組みと、活気に満ちた自分の街が広がっている。 

 かつて屋敷で廃嫡という泥を被った令嬢は、今、自ら泥を黄金に変え、世界を塗り替えようとしていた。

 それは、王都の誰もが……そして彼女自身さえもまだ知らない、公爵家の、そしてこの国の古い支配構造の終わりの始まりであった。

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